銃口

@youdai0428

不穏な日常


 〜〇〇帝国領〜


 冬が過ぎ、雪解けが始まりつつある立春。

 地面には残雪が点在し、表面にはびっしりと足跡が付けられている。

 そして今この瞬間にも足跡は増え続けている。

   

    ザッ   ザッ   ザッ



「明日こそ、、、明日こそ仕留めてやる、、、」

 俺は強い焦燥に駆られ、そう呟きながら歩みを進める。

 まるで狂人だと自己嫌悪に陥りそうになるが、勿論、経緯がある。俺は今日も獲物を上手く仕留めることが出来なかった。ここ最近、どうも思い通りの狩りが出来ずにいる。

「パンッ!」手袋同士がぶつかり合う乾いた一拍手が聞こえた。

「クラウス、考え過ぎだ。」

 横を歩く父にそう咎められ、さっきまでの焦燥が嘘のように消えていく。

 しかし振り子のように先ほどの感情が戻って来る。

「で、、でもここ最近ずっと不猟だ。今日もだ。こんな調子じゃダメだって分かってるのに。。。」

 そう言うと父は優しく微笑み、

「撃ちたい、撃ちたいと思い過ぎるとその雑念に頭を支配されちまうんだ。そうすると集中力が落ちたり、周りの視野が狭まったりするんだよ。例えばこんな。」と自分が肩に担いでいた排莢不良の猟銃を指差しながら言った。「えっ、あっ。」と情けない声を漏らしながら、詰まっている薬莢を急いで取り除く。銃の修理に集中していると父の歩速に置いていかれそうになり、逆に父に追いつこうとすると詰まった薬莢は一向に取り除けない。玩具を弄りながら親についていく稚児のような様に自己嫌悪は加速した。

「欲を捨てて感情を落ち着かせりゃ、周りも見えるし、獲物も楽に撃てる。狩りの基本であり、命だ。」

「え、あぁ、うん。。」突拍子もない発言に困惑し、そっけない返事をしてしまった。しかし、いざ反芻してみると想像以上に核心をついていることに気が付き、これが“格言”というやつなのか、、、と謎に感心しつつ、重いような軽いような足取りで父の横を目指す。

 やっと父の横に着いたところで父は前方からやってきた通行人と既に雑談を開始していた。

「よう。狩りの帰りか?」

「おう。今日は上手くいかなかったよ!」

と父は言いながら叫喚にも似た大笑いをかました。

「お、クラウスも一緒だったのか?」

 名前を呼ばれ、何故か体がブルっと震える感覚に襲われた。その反応に違和感を感じながらも今はさしあたって挨拶を返すべきだと感じた。

「こっ、こんにちわ、、、」

「相変わらず覇気がねえなぁ。そんなんで兵士になれんのか?まず今は戦争中だって事すら知ってんのか?」

 通行人にそう言われ頭にきた。そう。今帝国は連邦との戦時下なのだ。8年近く前、グライト事件という暗殺事件から始まったこの戦争は約8年続いた現在も攻防をくり返している。この戦争はもはや民衆の中で常となりつつあったが、それでも起きている事は間違い無く理解していたし、なんなら人一倍関心がある方だ。

「おい、徴兵前の息子にそんな言葉をかけないでくれよ。」父が明らかに怒りの込もった口調で言う。頭に来ていたのは自分だけではなかったようだ。しかしこれは良い雰囲気ではない。俺は絶対に余計な事はせずに黙っていようと心に決めたが、

「今の若者はほとんどそうだ。自分は関係ねえと思ってて、どこか兵役を舐めてんだ。そんな腐った兵役どものせいで戦況は一向に回復しねえ。このまま降伏した方が楽だと思う。」通行人は吐き捨てるように言った。彼は自分の子供が戦死した過去を持っており、戦争や兵役に私怨を抱えていた。しかしその一言は確実に悪手だと信じて疑わなかった。愛国者の父にとって息子への侮辱と祖国の敗戦を謳う発言など怒らない理由がない。前にも何度か他の通行人とトラブルになったという話を小耳に挟んでいたので殴り合いにでも発展してしまうのではないかと悍ましい想像を頭に浮かべたが、その心配は杞憂だったようだ。

「まあ戦争に行きたくない気持ちは分かるけどな。」

父のゆったりとした口調が戻り、その一言で場の雰囲気がまた落ち着いていくのを感じる。

軽く手を振り、互いに通り過ぎていくのを確認すると父のおかげで面倒事に巻き込まれず、済んだという安堵で肩の力が抜けていく。

「ああは言ったが、誰だってそんな時期はあるもんだ。それに上手く獲ってやろうっつう気概があるから、その延長線上で今は迷ってるだけだ。そのうち一端の猟師になってるよ。俺はその成長を支え、遠目から見守れるだけで十分だ。」

 その父の言葉に嬉しさが込み上げる。もしも他人に同じ言葉を同じシュチュエーションで言われたとしも何か言葉の裏があるのではないかとくだらない懐疑心を抱いてしまい、素直に受け取れずに喜べないだろう。

それほど、親の言葉は子の人格を形成する上で重要であり、影響力を持ったものであることが俺の反応から容易に想像できるだろう。

「親の願いとしてはその才能を人の役に立つことだけに使ってほしいがなぁ。。。」

父の表情に曇る。

「上のお偉いさんには戦争に熱中するより、国を豊かにすることに注力してほしいがそうも言ってらんねえよな。そういやクリスはどうしてるかな。あいつが徴兵されてからもう1年半経つのか。」

何を言い出したかと思えばまたそんなことか。

「しょうがないよ。確かに時代が時代だけど今更言ったって戦争が終わるわけじゃない。民衆は兵士か生産者になるしかない、どっちみち犠牲になるのは俺ら国民だよ。」

俺がフォローでもない言葉をかけると、

「俺も戦争に出たいが、この老体じゃただの使えん自滅兵だ。それに徴兵前のお前を一人残すわけにもいかねえ。」

父の残念そうな発言に同意はしたものの、この時の俺に想像の余地のなどなかった。


この戦争の本質と大きな特異点を、、、

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