記憶喪失
僕が助けた女性。
それはスーツを身にまとうちょっとだけ怪しげな雰囲気を持つウルフカットの女性だった。
長い襟足の内側だけを赤く染めた黒髪と、耳に幾つも開けられたピアスから……こう、どうしてもなんか怪しげなお姉さん感を感じてしまう。
「あ、ありがとう」
そんな女性が差し出した僕の手を取り、立ち上がる。
「あっ」
「おっ」
だが、すぐに女性は足をもつれさせ、そのまま僕の方へと倒れてくる。
「……っ」
普段、関わることのない属性の女性。
それも、異世界でも見たことがないほどに顔が整っているその女性に接近したことに僕は思わず頬を赤らめる。
ふわっと香る甘い匂いも、少し反則だった。
「ご、ごめんねっ。ちょっと、まださっきの攻撃からの余韻が抜けてなくて」
思わず硬直してしまった僕から女性は慌てて離れ、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「……い、いえっ」
「うぅん。えっと、最初はやっぱり自己紹介からよね。私は早見玲奈。ついさっきは助けてくれてありがとう。おかげで死なずに済んだわ」
「いえいえ、こちらこそ……えっと、自分の名前は一条蓮夜です。よろしくお願いします」
まだドキドキとした気持ちは残しながら、早見さんへと僕は頭を下げる。
「それで、あの……答え、にくいかもしれないけど。男の子、よね?」
「えっ?そ、そうですけど……」
待って?何その質問。
そんなに僕ってば女に見える?確かに高校生男子にしては小柄な部類ではあるけど……だからと言って、女性に見間違えるようなことはないと思うんだけど!?
自分が着ている服も普段使っている高校の制服だ。
スカートというわけではない。
「ど、どういう?男性は魔法を、使えないはずじゃ……あ、貴方。ま、魔法、少女ではないわよね?」
「……?」
ヤバい。早見さんの言葉の何もかもがわからなかった。
魔法少女?……魔法少女?何?いつの間に日本にはあの化け物のような奴の他に魔法少女までリポップしているの?どうなっているんだ、日本。
「ん?どうしたのかしら?」
マズイ。
どうしよう。僕は一年でこの日本に何か起きたのか全くと言っていいほどわかっていない。
「あっ、……ごめん。答えにくい質問だったかな?」
「いや、そういうわけじゃなく……ただ、……あの、すみません。ちょっと記憶喪失で」
「えっ!?そんなっ、いや、でも……さっき、名前」
「……ここ、最近の記憶が、あいまいで……僕は、……僕はそう。何時のもの様に高校へと登校していた途中で……あれ?それから、どうなったんだっけ?」
僕は頭を抱えながらぶつぶつと、小さな言葉を呟いていく。
「というか……さっきの、力は、一体?……こ、ここは何処?何で僕はこんな裏路地のような場所に」
見よ!この迫真の演技!
異世界に行っていた一年間は記憶喪失だった、ってことにしてしまおう。
普通に考えて、異世界に行っていたとか誰かに言っても正気を疑われて終わりだろうからね。
「う、うぅぅ……」
深くは聞かせない。
そう思いながら僕は頭を抱えながらその場で蹲る。
「だ、大丈夫!?自分の家とか……わかるかな?」
「わ、わからない……僕は、僕は一体、何処から来て……?」
蹲った僕へと早見さんが慌てて駆け寄り、そのまま背中をさすってくれる。
うぅ……早見さんを騙しているような形になってしまったのは少々心苦しいが仕方ない。これも必要なこと。
「え、えっと……そうね。まずは、貴方のことをこちらの方で預かってくれてもいいかしら?」
「……あ、預かる?」
「えぇ、そうよ。このままの貴方を放置するわけにはいかないし……助けてもらった恩もあるもの。私が属している公安魔法少女第三課の方で君の身柄を預かってもいいかしら?」
公安……魔法少女。何だ、その強すぎる語句は。
絶対に繋がらないであろう言葉が二つくっついているのだけど。
「ちょっと、表の方での知名度は少ないけど、それでも立派な国の機関。身柄の保護に際して安心できると思うのだけど……どうかしら?」
「お、お願いします」
ドラマとかでしか見ないパカッとする警察手帳を見せてくれる早見さんの言葉に僕は頷く。
このまま一人で帰ってもこれから自分どう動いていくか決められる気がしない。自分で集められる情報にも限界があるだろうし……うん。ここは何処かの組織に一旦は身を寄せて助けを請いに行くべきだろう。
ワンチャン僕は重要人物になれるかもしれない。
化け物のいる世界で、勇者の力を持つ僕の需要があってもおかしくはない……学校を退学にさせられている可能性さえあるのだ。このめぐりあわせ、大事にしていきたい。
なんかもう僕の気持ち的には再び異世界へと迷い込んだ感じだ。何処か、頼りになる大人を探すべきだろう。
「それじゃあ、決まりね。一緒に来て頂戴」
「は、はいっ」
異世界での歩き方を既に心得ているつもりの僕は頼りになりそうな早見さんの後についていくことにしたのだった。
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