酒豪都市
ダブルピースが歪んで見える……うえぇ。
……へ? はぁ? 酔っているんじゃないかって? そんなわけがないじゃないー、だってこの都市で『酔う』ってことは、社会的な死と同義だって言うじゃない?
うむう、なので酔ってはいないのれすよー、うへへへへ。
「ちょっと、そこのあなた、大丈夫ですか? ――きゃっ!?」
「うぃ。あたしの懐に手を伸ばしても酒瓶しかありませんよー、この盗人ちゃんめっ!」
「いえ、違います違います! だってあなたが酔って転んでいたから、」
「酔っていないとなんど言えば分かるんれすか! ひへへー、ちょっと君、一緒に飲んでいこうじゃないかー、奢られてあげよう」
「奢ってくれないんですね」
こっちじゃ、こっちじゃ。
我は常連、近くのお酒が美味しいお店があったりするのれす。
「さすが酒豪都市……お酒ばかり……でも、お姉さんは酒豪ではないですよね」
「なんでじゃあ」
「こうも分かりやすく酔っているので」
「酔ってないれすよお? 酔うってどういうことを言うんですかぁねぇ」
「目の前にいるのが生きた証拠でしょうね」
とうちゃーく、チェーンの居酒屋ではなく個人のお店、小料理屋でーす。
そう言えば君は観光しにきた子かな? 今更だけど未成年じゃあ、ないよねー?
「つい先日、二十歳になったばかりです。なので一度はきてみたかったんです、酒豪都市……、まさか町の中から酒臭いとは思わなかったですけど。……酔っ払いも多いですし、観光としてくるなら最悪ですね」
「言ってくれるじゃーん。でも、人気が高いのよー。お酒が好きな人にはたまらない都市だと思うのよー……よし。へい大将、さっきのちょーだいっ」
うざったい
「あ、お姉さんは常連さんなんですか?」
「ううん。さっき初めて入った。だからさっきのちょーだいって。美味しいから飲んで食べて吐いちゃえ」
「ちょっと! 大将の前ですよ!!」
お隣の二十歳がわーわー喚く……頭に響くのよん。
だいじょぶ、大将はそういうのは気にしなーい。嫌そうな顔は元からなんれす。
「うひ、出てきた最高級のお酒。酔いなされ、若人。楽しい一日の始まりぜよ」
「もう夜遅いんですけど……」
「一日は深夜から始まるのれす」
出てきたお酒をぐいぐいっと、飲んでいく。
くぅー、これこれ。お隣のお姉ちゃんにも分けてあげる。
少量でも結構、体の芯にくるかもねー。初めてだとちょっときついかも?
「ひっく」
「うぉい早っ!?」
顔を真っ赤にぐらぐらと体が揺れている……、こういうおもちゃがあったような……?
倒れそうになったお姉ちゃんが椅子からずり落ちて、額を床に強打……痛そー……。
「だ、だいじょーぶー……?」
「うひ、ひっく、ひひっ、あははっ、ふへへへへへ!」
壊れた!
彼女が立ち上がり、荷物を持って店を出ていってしまう……。
「トイレはこっちだよー……って、聞こえてないか。吐くところでも探しにいったのかなー……ごくごく」
「追いかけないのか?」
「やっと喋った大将! ん? 追いかける? どーして?」
「友達、だろ?」
「違うよー、さっき会ったばかりの二十歳の子、らしいけど……どーだろーねー。実はまだ未成年だったりして」
「未成年ならまずいな。だが、年齢を誤魔化してこの都市に入るのは不可能だろう」
まあね。この都市は未成年、立ち入り禁止だし、こうして入ってこられている時点で年齢の方はちゃーんと許可が出ているわけだからねえ。今更、あの子を疑うのはこっちの負担になる。
頭を使うと頭が痛くなるのれす。
「うぇ」
「吐くなら帰ってくれ」
「そうします……」
「お代は置いていきなさい」
「ツケで」
「それができる信頼関係はないだろう……まあいい、後日、必ず払いにこいよ。こっちはお前みたいなヤツから金を(奪い)取る手段を持ってる。敵に回さないことだ」
「…………酔いが醒めました。でもツケで」
「あいよ」
あたしは店を出て、あの子を追いかける。
「どこにいったんじゃー」
夜風に当たりながら探す。探しながら散歩ではなく、散歩をしながら探している感じになってしまっている……人探しがついでじゃん。
公園にやってきた。
繁華街はお酒と料理の匂いだけど、一歩道を踏み外せば、汚物が溜まっているので人探しには向いていない。あの子もそういうところは避けるだろうし……、公園のような開放的な空間と少しの自然が癒されたりするのだ……。
酔っていると特に。
「きもちわるい」
ダメだ、酔いは醒めたが、頭痛が直らない……吐きそう……吐きたい……。
池に吐いてもいいのかな?
「でも鯉とかいたら、吐いたあたしの中身を食べられるのはなんか……やだ」
水面を見ていると酔う。
顔を上げると、池の先から笑い声。
…………ゆっくりとこっちに流れてくるのは、大の字で水面に浮いているさっきの子だ。
遠目なので曖昧だけど……、柵からちょっとだけ身を乗り出して確認する。
……やっぱりあの子だ。
「見つけた」
「うひ、ひっく、ふへへ」
「酔って飛び込んだの? よく浮いているね……普通、沈んで溺死だよ?」
「できしぃー? するかそんなもん!!」
「はいはい、引っ張り上げてあげるから――」
池の中から、ずぶ濡れの少女を引っ張り上げる。
あたしも濡れて……——って、寒っ! 最近、冬に近づいてきているとは言え、まだ暖かい方だ。それでもやっぱり、深夜に水に浸かると寒い!!
「――へっくしゅ!! ひふ、お腹すいたれす」
「酔ってるね、お嬢ちゃん。……仕方ないなあ、ほら、ホテルまで連れていってあげるから――もうっ、明日からは自分でちゃんとするんだよ!? まったくもう……」
びしょ濡れの少女を抱え(二十歳って、少女なの?)、近くのホテルに直行した。
格安なのでまだ部屋には余裕があった。そこにこの子をぶち込んで、あたしは別のお店へ向かう――飲み直そう。そして忘れてしまおう。覚えていると、この子の世話を焼いてしまう。
「さて、次はどこのお店に……お、意外と屋台とかがいいのかも!!」
「いひ」
公園で目を覚ました。
眩しい太陽の光があたしを照らしている……、吸血鬼だったらとっくのとうに灰になっているね……。酔いが回って、ハイなのはあたしだけど!! ふひひ――……ん?
ベンチから起き上がると、揉めている声が聞こえた……男女……痴話喧嘩?
それをつまみに、手元にあった缶のお酒をぷしゅっと開ける。
「――だからっ、わたしはあなたと付き合ってはいません!!」
「そんなっ、だって昨日の夜、あれだけ私たちは愛し合ったじゃないか!!」
「――待て待て、昨日の夜は、僕と仕事の話をしたはずだよ。君の
「そんなわけがないだろう! 彼女は俺と一緒にいたんだ! 一緒にお店を出そうって、前向きに考えてくれていた……。手伝ってくれるって言うから、彼女に大金を渡したと言うのに!!」
「も、貰ってません!!」
「君のカバンに入っているはずだろう、まさかこのまま盗むつもりじゃないだろうな?」
「ち、違っ――え!? なんで大金が入ってるの!? それに契約書も……!」
「どうだ、これが証拠だ、俺が本当のことを――」
「待ちなさい、カバンにあらかじめ入れておく『仕込み』なんていくらでもできる。騙されてはいけないよ。観光客をこうして騙して利を得るようなクズ野郎が、この都市には多いんだ……信じてはダメだ!」
「あ、あなたのことも……」
「私のことは信じてくれ!」
「いいや、僕の方こそ信じてくれ! 情報ならいくらでもある――だから、」
「あなたは嘘を吐いているな」
「そっちこそ!」
「それはお前だろうが!!」
「ちょっとっ、やめて! 誰が嘘を吐いているかなんて、そんなの――」
『本当のことを言っているのは私(俺、僕)だ、他の二人は嘘を吐いている……! ――さあ、早く選んでくれ!!』
「え、えぇっ!? よ、酔って記憶を無くしただけで、こんな目に……!? お、お酒なんて、興味心で飲まなきゃ良かったっっ!!」
…………。
……あの子はぁ、なんか見たことあるけど……人違いかな、人違いだよね。
人違いであってほしい……。
まあ、これも勉強でしょう。
この都市で酔って記憶を無くせば、その隙に罠を仕込んだ誰かに、いいように振り回される。
だから酔わない酒豪でいなければならない――この都市では、必須のスキルなのだ。
たまには酔ったフリも必要なのよ、お嬢ちゃん。
「飲まなきゃ良かった? 違うよお嬢ちゃん。お酒を飲むことは罪じゃない。お酒を飲むことは幸せの一種類目だ。だけどね、飲んでもいいけど、飲まれるな、これは常識ぜよ?」
空き缶を投げ捨てる。
あら、間違って男の後頭部に当たってしまったわ。
「いて!? ……なんだ、酔っ払い」
「うぃひっく、ちょろっとー……その子をいじめるのはダメよー」
「引っ込んでろ、お前には関係ないだろ」
「じゃあみんな関係ないよね。だって、誰もその子と昨日の深夜に会ってはいないんだから」
場の時が止まった。
ぐうの音も出ないのれすかねー?
「…………カバンの中の大金は? 書類はどう説明してくれるんですか?」
「別に仕込めるでしょ。いつでも、どこでも。あとは酔わせて記憶を失わせれば、どうとでも言えるのよ。それに、三人ともグルでしょ? 全員が嘘を吐いているのに、本当のことを言っているのは誰? なんて聞かれたら、『この中に正解が存在する』と思っちゃう。ずるいわねえ、せこいわあ……。ぜんぶ、嘘で間違っているのに」
だからぁ、お嬢ちゃんは相手にする必要がないのよ。
嘘に乗っかって、『本当にする』ことはないんだから。
「それとも呼ぶ? ポリスマン」
敬礼しながらその名をちらつかせると、男たちは足早に散り散りになっていった。
潔く逃げていったね。
追い詰めてもいいけど、お嬢ちゃんがいる前だ、あまり酷いことはできないか。
「ありがとうございます、お姉さん」
「ん、気を付けてね、お嬢ちゃん。自衛は自力でできないとダメだよ」
「自衛は自力が前提では……? でも、はい、気を付けます。お礼をさせてください、通りすがりのお姉さんに助けて頂いて、なにもしないのは私の気が済みません」
「いいってー。昨日、一緒に飲んだ仲だしー」
「え?」
「え?」
「…………あ、そうでしたかー」
「おいこらあんた、覚えてないのか。楽しくわいわい飲んだじゃんっ、格安ホテルに送り届けてあげたのに!!」
「それは……あっ、全部、嘘……?」
「今ここで発揮していい疑いの目じゃないよ! 忘れてるなら別にいいけど……いいけど!! でもなんだか寂しいじゃんか!!」
「ごめんなさいっ!! じゃ、じゃあ……、また飲みます?」
「お酒に強くなってからね。あなたは飲まないように。……ほんと、なにをしでかすか分からないんだから」
・・・ おわり
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