《《18 飛ばしっこ》》
「 鳩谷健太の意識が戻りました 」
丘頭桃子警部が報告を受けたのは一心から寺守宅の家宅捜査の進言を受けた日の夕方。
桃子は市森刑事を連れて警察病院へ急ぐ。
「 ご苦労 」
病室の前に立っている警官に声を掛けて病室に入る。四人部屋のカーテンに隠れたベッドがひとつ。白い壁や天井の向こうにどんよりとした灰色の空が広がっている。
「 どう、辛い? 」
両親は共働きなので日中はいない。毎夕母親が見舞いに来ているようだが意識を回復してからはまだ会っていない。
集団レイプ事件を起こした鳩谷は、片目を失い骨盤を骨折していて全治三カ月というのが医師の診断。今では気の毒なくらい幼くか弱く見える。
桃子の問いかけに微かに肯く鳩谷。
「 君にいくつか質問したいんだけど、良いかな? 」
桃子は極力鳩谷をビビらせないように優しさを前面に言う。隣で市森がくすっと笑う。
「 何おかしいの? 」尖った目を向けると市森は、「 いえ 」と頭を振る。言いたいことはわかってる。いつもの桃子からは想像もできないからに決まってる。
鳩谷はそんな眺めに微かに笑みを浮かべた。
「 はい 」と言う声には意外と元気がある。
「 あなたに危害を加えた人のことで覚えてることあったら話して欲しいのよ 」
「 女、小柄な女でした 」桃子の予想を完全に裏切る答え。さすがに驚く。
「 え、まさか、だって加野駿くんの頭蓋骨を陥没させたのよ。そんな凄い腕力の女性だったって言うの? 」
「 はい、間違いないです 」
「 えー、俄かには信じられないなー、例えば女装してた男性なんてことは? 」
「 いや、考えられません。とにかく激しく、速く、怪力で、加野と僕は秒殺。空中に投げられて、落ちて痛いっと思った瞬間左目が爆発して、同時に腰を踏んずけられたんです。落ちた時の百倍痛かった 」
「 爆発って、殴られたんでしょう? 」
「 パンチなんかまったく見えなかった。いきなり《バキッブチャ》みたいな……死ぬと思った 」
「 どっちが先にやられたの? 」
「 わかんない。ほぼ同時に空飛んでたし、落ちた後は自分の事しかわかんない 」
「 どうして、変装じゃない女性だと思うのかしら? 」
「 体形が……髪も肩まであったし、スカートかなと思った。コートかもしれないけどひらひらしてて…… 」
「 健太ーっ! 」
突然、激しくドアが開けられ警官の制止を振り切って女性が飛び込んできた。
桃子も一瞬鳩谷が襲われるのか? と思ったくらい激しかった。
「 かあさん 」鳩谷が母親に甘える幼児のような声を出す。
母親は桃子の存在を完璧に無視して息子の横に屈み髪を撫で瞳を濡らす。
「 気が付いたのね。大丈夫? 」
……
桃子はしばしその様子を眺めていた。
市森がしびれを切らしたのか、「 警部、良いんですか? 」
親子を目で示して言った。
「 息子が大怪我しようがどうなろうが、生きてる姿を見ることができてどんなに嬉しいか。そんな母親の気持ち、あんたにはわからないわよね 」
桃子の脳裏には一人娘の笑顔が浮かんでいて、もう少しそっとしてあげたかった。
「 あ、気付きませんで、すみません。この度は息子がとんでもない事件を起こしちゃって、申し訳ございません 」
桃子らに気付いた母親が頭を幾度も下げる。
桃子は一応会釈して、
「 よろしかったら、少し息子さんにお話しを訊きたいので…… 」
と退室を促す。
頭を下げて廊下へ向かう母親は心配そうに息子を何回も振り返る。
「 優しいお母さんね 」
鳩谷の目にも光るものがある。
「 じゃ、さっきの続き、あなたを襲った犯人は間違いなく女だったってことで良いかしら? 」
「 はい、それに今思い出したんですけど何か香水のような匂いがしてた 」
「 そう、それと犯人は手に何も持ってなかったの? バットとか棒とか 」
「 いえ、そうは見えなかったです 」
「 素手であなたの頬骨を砕いて目を潰し、加野くんの頭の骨を砕いて拳が入るほどの穴を空けたって言うの? 」
「 想像つかないけど、ゲームじゃ腹に穴空けるとか良くある 」
「 ぅおほん、健太くん! 」
桃子は咳払いをし、ちょっと厳しい目を向ける。
「 ごめんなさい、今、言う事じゃ無かった 」
「 そうね、あなたがた、女性を襲ったのもゲーム感覚だったってことなの? 」
「 ……初めは高二の時加野が親父が見てた動画をこっそり持って来て隠れ家で見たんだ。みんなめちゃ興奮しちゃって、やりてぇ、やりてぇって話になって…… 」
「 それで襲った? 」
「 いえ、そこまで度胸無かったし犯罪だから、みんなで飛ばしっこして…… 」
「 飛ばしっこ? 何を? 」
「 警部! それは…… 」
市森が桃子に耳打ち。
「 え、精子の飛ばしっこ! 」
驚きのあまり大声になってしまい慌てて口を押さえる。
「 僕が一番飛んだ 」
「 健太くん、余計なこと言わんでよろし! ったく、思春期の男どもったら、市森、あんた知ってたってことはやってたのか? 」
「 警部、落ち着いて、看護師さんが見てます 」
市森に言われてはっとして入口に目をやると看護師がしかめっ面でこっちを睨んでいた。
「 あ、ごめんなさい、どうぞ…… 」
桃子はバイタルサインの測定だなと思い場所を空ける。
「 はい、失礼します。病室ではお静かに願いますね 」
看護師は口元で笑みを作っているが冷めた目で桃子を見、手を淀みなく動かし続けている。
桃子は頭を軽く下げ、―― 鳩谷のせいで …… と苦く思う。
市森はまた「 くくく 」と後ろを向いて笑う。
……
「 で、それから? 」看護師が退室してから質問を再開。
「 えー、何回も動画見てたら、飛ばしっこも飽きて、加野が『やろう』って言い出して、みな反対したんだけど、あいつの爺さん偉いひとだから、『逆らうとお前の親父の仕事できなくするぞ』と脅すんで…… 」
「 へー、そんなに偉い人なの? 」
「 知らないの? 加野誠二郎って区議会議長 」
何故か自慢げな鳩谷。
「 え、台東区の……、あら、署長と時折応接室で喋ってたなぁ。だから、言いなりなの? 」
一旦言葉を切って、
「 死んだ人に責任押し付けてるだけじゃないの! 」
ここはちょっと強めに言う。
「 い、いや、そんなこと無い! 」
組関係の人間も苦しくなるとやたらでかい声で怒鳴る。それと同じように声を荒げる鳩谷。
「 あら、やけに強気ね、警察に向って。そんな元気あるなら加野に逆らえたんじゃないの! 」
さらにきつく言ったら、鳩谷が下を向いてしまった。予定の反応だ。
「 あ、ごめん。ちょっときつかったかな? 」桃子の反省する演技。
「 警部、ダメですよ。相手はまだ子供ですよ。もっと母親のように接しなくっちゃ 」
市森が上手い事乗ってくれた。
桃子は、―― お前に言われたくない ……と思いつつ、鳩谷に目をやると、
「 いえ、良いんです。バカなことをしてしまいました。全部喋ります。被害者にも謝りたい 」
涙を浮かべて言う。
「 そうね、今の気持ち忘れないでよ 」筋書き通りの進行に桃子は満足。
鳩谷が肯く。
「 じゃ、話してくれるかな? 」ここで桃子は優しさを前面に出す。
「 先ず、どうやるのか五人で話し合ったんです。分担とか順番とか…… 」
鳩谷の自供が始まった。
「 加野が殺された公園の一本後ろの通りに塀に囲まれた空き家があって、そこを隠れ家にしたんです 」
「 ちょっと待って 」
桃子はスマホに現場公園付近の地図を表示して、
「 どの家? 」具体的に問う。
鳩谷の指差す場所にマークを付けて、「 それから? 」
「 寝室にあったマットに家から持って来たシートを被せて、照明も用意したんです。それから女を探しに五人で辺りをぶらぶらし、目ぼしい女を見つけたら加野と俺はあの公園で待つことにしてた 」
「 なんでそういう役割なの? 」
「 五人でひとりの女に近付いたらそれだけで逃げるでしょう。二人で話しかけ、もうひとりは逃げたら押さえる役で三人にしたんです 」
「 悪知恵だけは働くようね 」
「 引っ掛かったら、三人目は後ろから騒がれないよう口を塞いで公園に連れて行って、加野がナイフで脅して家まで連れて行くんです 」
「 よくそこで逃げられなかったわね? 」
「 加野の脅しは半端じゃないんで、俺達四人もそれでビビッてて奴が何をしても止められないんです 」
「 はー、それほど怖いんだ。で、 」
「 家に入ったら明かりが漏れないようにしてマットのとこだけ照らし、猿ぐつわ噛ませて四人で手足押さえ、加野が第一順位で脱がせたり、……最後まで……、俺が第二順位で、…… 」
「 あーあ、高校生が本格的な集団レイプか、信じられないけど、あんた、謝ったからって許されるもんじゃないわよ。で、録画したテープとかは? 」
桃子は鳩谷の話の途中で訊いてられなくて遮って言う。
「 テープって? 《USBメモリ》は家に隠したままです 」と鳩谷。
市森が、「 くくく 」と笑う。
桃子は、―― どうせ私は古い人間よ! …… 腹立ちを押さえて、
「 それをどうしようとしてたの? 」
「 五人がやって、女を解放するときに、加野が『警察へ行ったりしたらここで撮った動画をSNSでばら撒いて、外、歩けないようにしてやるからな』そう脅して、バッグから免許証とかを抜いて写真に撮ってから解放してたんです 」
「 いつからやってたの? 」
「 半年くらい前 」
……
三十分以上かけた鳩谷の自供が終わる。真に反省しているように思えた。
自供はすべて録画し、本人も了解している。
「 ありがと、これからその隠れ家に行って調べるわ。また来るけど、何か思い出したらその時にね 」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます