《《15 始祖》》

「 どうした? 」話を中断して一心が事務所のテレビをつける。

写し出されたニュースが一瞬にして全員を釘付けにした。

「 ……今朝男性の遺体が隅田川に浮かんでいるところを通行人により発見されました。遺体は免許証などから加富満男さん四十九歳と判明しました。加富さんは《MY食品》の課長で…… 」

即、丘頭警部に電話を入れる。

「 《MY食品》の加富課長の件でしょう 」警部に先回りされる。

「 今回は自殺の線が濃いわよ。一心は例の惨殺を想像したんだろうけど、外傷は致命傷ではないみたいよ。鑑識の正式書面は届いてないけど、ベテランの鑑識さんが言うんだから間違いないと思うわよ 」

「 わかった。はっきりしたら教えてもらえるか? 」


電話を切ってから美紗に、「 課長の映像どっかにあったか? 」

「 いや、それがさ、見つけた映像は、三日前の夜の十一時過ぎに、隅田川沿いを歩いてんだけど、ひとりなんだよなぁ 」と不満げ。

一心はその映像を見て、気付いた。

「 こいつ歩き方、変じゃないか? 」

「 そやねぇ、足悪ぅしたんやおまへんか? 」

一心の後ろからパソコン画面を覗き込んで静が言う。

「 ああ、元々悪い訳じゃなかったから、怪我してんじゃないかな? 」

一心が言うと、美紗がすっと立ち上がって何も言わずに三階へ。


「 親父、歩き方違ってるな 」

再び顔を出した美紗がいきなり言ってキーボードを叩くと、パソコン画面に課長の歩く姿が写される。

「 これは、行方不明になる日の会社の入り口に設置されてる監視カメラの映像だ。見ろ。普通だろ 」

美紗の言う通りだ。

「 ってことは、この後どこかで怪我をしたんだな 」

「 ほなら、不倫相手と喧嘩したとかですかいな? 」

そこへ丘頭警部から電話が入った。

「 一心、加富は自殺よ。会社の机に遺書らしきものがあって、横領を認めている。不倫相手の女に貢いだようよ。探偵が来たことで会社に横領がばれて、首になる、と思ったみたい 」

「 そっか、こっちでも調べたら、隅田川沿いを一人で歩く姿を監視カメラがとらえてた。ただ、足を怪我してるみたいなんだ。もしかして、死ぬ前にもう一度女に会いに行ったんじゃないかな 」

「 そう、カメラにね……、わかった。女にはこっちで会いに行くわ。それで監視カメラの…… 」

「 ああ、映像は送っとくよ 」今度は一心が警部の先回りをして失笑を招く。


 夕食も終えて軽くアルコールを胃袋に流し込んでいると、警部から電話。

「 女が言うには、加富は退社後真っすぐアパートに来て、『少しでも良いから金を返して欲しい』と言ったらしいの、で、断ったら、夜、働いてるバーに来て繰返したらしいのよ。無理に決まってるのに、よほど困ってたってことよね 」

「 そこで女が腹立てて暴力でも? 」

「 いやいや、一心ったら、女にそれ程の力は無いわよ。ふふふ、男よ 」

「 え、じゃ女に別の男でもいたか? 」

「 そういうこと、だから、そもそも加富が貢いだ金は女を通じてその彼氏に渡ってたって話よ 」

「 へぇー、驚きだけど、ま、あるあるだわな 」

「 で、女に呼び出された彼氏が、加富を外へ連れ出し、ぼこぼこにしたって彼氏本人が言ってた。ま、今更傷害事件でも無いんだけど、それで加富は足を引きずるように歩いていたって訳よ。店員もその状況を証言したわ 」

「 ほー、じゃこれでこの件は一連の惨殺事件とは関係無しだな、……いやーでもよ、俺が会ったことが自殺の引き金になったみたいで、なーんか後味悪いな 」

「 ははっ、なーに言ってんのよ。新米探偵でもあるまいに、その後味の悪さは静に、なでなで、してもらったら美味になるんじゃないの? ふふっ 」

一心は警部一流の慰めかと思ったが、まともな返事も腹が立つから、

「 うっせー、じゃ、新着情報教えてやんないぞ 」

「 え、嘘でしょう。……いやいや、もう自殺って結論出てるから、そんな情報要らないわよ 」

と警部も意地を張る。

近くで聞いていた静が、

「 桃子、余計なことかも知らへんけど、加富さんにな八千万円の生命保険が二年前契約されてるんよ。その保険会社のお人が奥さんの不倫相手っちゅうーこっちゃ。他殺ならその線もありかな思ぉておったんや 」

「 ん? ひょっとして川沿の動画の後、川に突き落とされた可能性があるちゅーことか? 一心どうなんだ? 」

「 いやー、自殺だから、ないだろう 」

「 こら、あんさん、何臍曲げてんのや、正直に言わんと、…… 」途中で言葉を切るこの静の言いようは、もしや……。

そっと静を見ると、目が三角になりつつあるような気がして、慌てる。

「 ああ、そうだよ。妻と愛人のアリバイは確認したほうが良いぞ。念のためだ 」

「 そうね、こっちで念押しするわ。あ、動画貰ったサンキュー 」



 数馬は美紗の力を借りて被害者のルーツをパソコン上で辿っていた。

被害者の親の本籍からスタートして、祖父の、曾祖父の……と時代を遡って調べる。とは言っても戦国時代までは到底無理。せいぜい明治時代だ。

一週間を費やす。

「 伊田の祖先は岐阜県の美国だったぜ。名古屋を経由して戦後、東京に出てきたみたいだな。今はここまでだ。いやー謄本遡るってえらい大変な作業だな。美紗がどうしてあんなに速く追跡できるんかわからんぜ。大したもんだ 」

珍しく数馬が美紗を褒めた。

いつもは何かとぶつかる二人だが、今回は互いに分かり合える良い切っ掛けになって欲しいと一心は願う。

川田の祖先も美国と判明したと数馬から報告を受けたのはさらに四日後だった。

「 あとは、加野だな? 」一心が言うと、

「 いや、加野はもう調べた。東京から出たこと無いぜ 」

「 じゃ、美国へ行って野武と崎田、野士らの関係を調べてきてくれ 」

一心が言って静に目をやると、きつい目をしている。

焦る。

「 前回静と行って温泉に浸かってきてるから、数馬と一助もたまぁに旅に出たいだろうと思って、親心だ 」

必死に考えた言訳だが静がちょっと美紗に目をやって……。

「 ほなら、美紗は次の機会ちゅーこっちゃな、あてが付き添うよってな 」

嬉しそうに言った静だが、

「 いや、俺行くなら、めぐちゃんか彩香ちゃんか十和ちゃんにする 」

美紗が珍しいことを言う。

「 なんで俺の彼女なのよ 」数馬と一助が同時に叫んだ。

「 良いでしょう、若い女の子同士で、ねぇ親父…… 」

あの美紗が一心に甘えるような声を出して訴えてきた。

「 ああ 」どぎまぎして反射的に許してしまう。

静は口を尖らせ、

「 せやなぁ、なら十和ちゃんにしーな。親戚縁者いないから寂しいやろ。仕事てつどぉてもろぉて、宿泊代をお父様からもろぉたらよろし 」

言ってからにやりと笑みを一心に向ける。

「 あ、あぁ 」静の笑みに圧力負けして口を返せず肯く一心。

予定は全く無いのに人選だけが決まってしまった。



 数馬が一助と美国へ向かった翌日、一心のもとに電話が入った。

「 なあ、親父、ここの役場でさ同じ苗字の人探したいって言ったんだけど、個人情報がどうとか言って全然ダメだぜ。パソコンで調べるったってこの町に四千世帯超あるから美紗に教えて貰ったやり方じゃ一年もかかっちゃう。何とかしてくんないか? 」数馬の《SOS》だ。

「 んー、そっか、警察の捜査だと言ったらどうかなー? ……わからんけど、丘頭警部経由で美国の警察に協力して貰えるか頼んでみるわ 」

一心にも自信は無かったが、他に手立てを思いつかない。


 一日無駄にしたが、翌日、数馬から朗報。

「 美国の警察が来てさ、役場の人と四人で話して前年度末時点の統計表作成用に世帯名をキーに抽出したデータがあるから、場所指定、コピー禁止、持ち出し禁止とか色々条件付で見せてもらえることになったぜ 」

一心には良くわからない説明だったが、要は該当一覧表ができるという事なんだろうと思って聞いていた。

「 じゃ、あとは足で稼いでくれ 」一心はそう気合を入れる。


 数日後、作業の中間報告だと言って、

「 役場のおっちゃんがよ、はっきり覚えとらんみたいなんだけどよ、去年の暮れ同じことを訊きに来た若い男がいたって言うんでよ。手持ちの写真見せたら、寺守らしいんだ。目的訊くと首捻るんだけど、あまりに必死そうなんで可哀想になってわかる範囲で教えたってよ 」

と一助。

「 ほー、本人に訊いてみるか、……いやその前に一助、ついでに寺守が誰にどんな話を聞いたのか探ってくれんか? 」


 なんだかんだ二人はさらに一週間泊まり込んで、やっと作業を終えたと一助が言ってきた。

対象者が駅を中心とした中心街に百世帯あまり、車で行くしかない地域に七十一世帯あったようだ。

「 わかったのは伊田と川田の先祖はよ、《第二次世界大戦》まで崎田家の畑を共同で耕作していたことくらいだ。九龍つまり当時の野武の家は崎田家とは一キロほど離れてんだ。んでよ、間は殆ど畑で二軒隣つまり同じ町内会という訳だ。ぼんやりした年寄りばかりの住む地域でよ、ここまでだった 」

伊田と川田の親や祖父に話を訊いた限りでは、元々は名古屋だと言ってたから、その前のことは知らなかったんだろう。これで一心の考えもほぼ固まった。

「 んでよ、寺守は《らいおん寺》と《頼御寺家》の関係を調べとったみたいだ。その寺の住職が一年前と言ったら思い出してよ、そんな風に言っとった。そん時によ、寺守が亡くなった祖父の話として、自分らは《頼御寺家》に恩義があると言ってたらしいぞ 」

と一助が付け加えた。

一助の話を聞いていて、一心に、

―― 犯人が寺守だとして、三件も実行してから何故そんなことを調べ出したのか? …… 

という疑問が浮かんだ。


「 ご苦労さんだったな。じゃ、ご褒美で今夜は温泉に泊って明日帰ってこい 」

ケチな一心にしては大盤振る舞いの積りで言ったのだが、

「 え、たった一泊かよ。ケチケチせんでよ、二、三泊くらい良いだろう 」

一助が不満を口にする。

「 いやなら、即行帰ってこい。どうする、勝手に泊っても金出してやんねぇーぞ 」

……


「 ははっ、奴ら渋々明日ご帰還だ 」

一心が言うと、

「 せやなぁ、ゆっくりさせたいとこやけど、しゃーないわな 」と静。

「 あ、そや、あんさんが電話しとるさかい、こっちに桃子から電話でな、課長の奥さんと不倫相手のアリバイが成立したそうや 」

「 へー、二人で飲み屋にでも行ってたか? 」

「 ふふ、おしいわ、演歌歌手の坂下美冬のディナーパーティにおったらし。完全予約やし、終わった後その会場のあるホテルの最上階のバーで十一時まで飲んどった。部屋を予約しとって、ホテルの監視カメラに帰るとこ写ったのは朝の六時や 」

「 そっか、やっぱり自殺で決着か。そうしたらあの奥さん大金を手にする訳だ。うらやましい 」

「 一心、そないなこと言うもんやありまへんえ、あてとこみたいに余裕が無い位の方が幸せなんや。そないに思わらへんか? 」

静に言われたら肯くしかない。

―― ま、貧乏暇なしが幸せの秘訣か …… などと思う一心であった。

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