《《12 撒かれる》》
数馬は、寺守を尾行するために、
「 月毎に《添乗スケジュール》を手に入れてくれないか 」と美紗に頼んであった。
今月のスケジュール表によれば、来週の月曜日から一週間の休暇になっている。
―― 恐らく夏休みで毎日飲み歩くんだろう ……と想像する。
寺守は妹の事件以降両親も相次いで亡くしていて、ひとり残された格好だ。本社勤務の日、独身の彼は、決まって夕方六時頃に退社、居酒屋で夕食がてらビールを一、二杯飲んだあと決まったバーへ通っていた。
酔ってから何かをやらかすことは考えずらいのでいつもの尾行はそこで切り上げていた。
「 親父、来週寺守が一週間休みだから、終日張り付くぜ 」
一応承諾を得て準備をする。
初日の月曜日、数馬が試しにと思って閉店まで張っていたが寺守は出てこない。行灯が消える前に店内に入ると、「 あ、裏口があったんだ 」思わず叫んでしまう。
火曜日には一助に手伝ってもらい、表裏の出入口を張る。
……
閉店になっても寺守は出てこなかった。
「 いち、お前見逃したんじゃないのか? 」数馬は表から出てきてないことに自信があるから強気で言った。
「 何言ってんのよ。お前が見逃したんじゃないのか! 」
強気な返事に驚いた。
「 え、自信あり? 」と数馬が言う。
「 おぅよ、お前は? 」
「 自信あり 」数馬が答える。
二人顔を見合わせ、その旨親父に報告すると笑って、
「 どっちかが見逃したしか考えられんだろ? だったら、明日もう一度張ってみな、見つかるって、幽霊じゃないんだから 」
そう言われたら、それしかないから、数馬も一助も肯くしかなく、
「 じゃ、今度よ、俺が表張るな 」と一助。
「 おー、じゃ俺は裏張るぜ 」
水曜日、やっぱり閉店まで寺守は出てこない。
「 あー、なんでこんな単純な尾行で撒かれるんだ! 」
数馬はほとほと自分に腹が立つ。
一助も同じように眉間に皺を寄せて苛立っている。
親父には、
「 お前らバカじゃないの? 店に入ったんだろ、だったらお前らも店に入ってみろよ。そして見つけたら目を離すな。突然消えたりしないんだから。わかったか! 」
と叱られた。
確かに、その通りだと数馬も思う。
木曜日、寺守がその店に入ったのを確認して、一助と二人で店に入る。
当然いると思っていたのだが、……店内を見回しても姿が無い、店員に訊いても知らないと言われる。
店内には結構な数の客がいて半数以上は女だ。数馬の好みじゃない女達ばかりな気がする。
一方、男はすべておじさんで若者は一人としていない。
数馬は、そういう店なのかと理解する。
一時間、目を凝らして寺守を探したが結局見つけられずに帰ることに。
「 かず、ちょっと寺守の家に行ってみないか? もしかしてよ、帰ってるかもだろ? 」一助が言う。
「 ああ、このまま帰ったら親父にどやされるもんな。美紗なんか何こそ言うかわからんし。そうしようぜ 」
タクシーで七、八分、二階建てアパートの二階に上がって二つ目。
表札代わりに会社の名刺を貼っている。
窓から覗く限り不在のようだ。メーターものろのろとしか回っていない。
「 入るか? 」と一助。
「 今か、やばいだろ。いつ帰ってくるか知れん。……だったら、明日、いちが奴の入店を確認したら、俺はここにいるから電話くれ。なら時間あるからたっぷり探せるぜ 」
事務所に帰って数馬が有り体に話すと、親父は納得できんって顔をして口を開きかけたが、
「 そやな、かずといちでそう考えたんならえぇんやないか。ただ通報されんようにな。なぁ、あんさん 」
母さんが認めてしまったら親父は何も言わないはずだ。
数馬は、―― ラッキー …… 心の中で母さんの救いの手に感謝。
金曜日、計画通り、寺守の室内に入った。
一助と電話を繋いだまま室内を懐中電灯を使って、一つひとつ見てゆく。
引き出し、タンス、本箱、台所の扉も全部開ける。パソコンも開いてセキュリティーを破ってデーターを媒体にコピーする。
最後にクローゼットを開けた。
「 えー、なんじゃこれ 」思わず口を突いた。
「 ん? なんだよ。何があった? 」と一助。
「 あ、いや、悪い、驚かしたな。いやーびっくりだぜ。女装だ。奴には女装の趣味があったんだ。クローゼットにびっしり女の服だ。ブラとかパンティーまであるぜ 」
数馬が言うと、とんでもない声を出す一助。
「 だから、いちさ、店に入って女をよく見ろ。女装してる寺守がいるはずだぜ 」
「 え、ああ、んじゃよ、今から入るからよ、電話、このままにしとけよ 」
……
「 あ、いた。寺守、けばっ! あれじゃ気ぃ付けっていう方がよ、無理だ……あ、ちょっと、待って、俺すぐ帰るから……あ、ダメ…… 」
スマホを通して一助が助けを求めてるようだが、そんなヤバイ奴らはいなかったはず? 数馬が不思議に思ってると、
「 数馬、助けて! 女が、否、男が女でよ、襲ってくるんだ 」
「 は? 何言ってんの、意味不明だぞ 」
「 兎に角早く来てくれーっ! 」
訳もわからず取り敢えずタクシーでそのバーへ向かう。
ドアを開けたら、中は大騒ぎ。
一助の名を呼びながら入口から少し奥に入ると、一助が床をはって人だかりの中を抜け出してくる。
その顔を見た途端、吹き出す。
「 なんだその顔、口紅塗ったくって何やってんだ? 」
一助は無言で数馬の手を引いて外へ、
「 ああ、死ぬかと思った 」
「 何があった? 」
「 女装してる男に襲われてよ。それも四、五人いっぺんに寄って来てよ。『良い身体してるわねぇ』とか言ってよ、あー気持ちわりぃー。ここにいる女、全部男だ 」
「 ははは、それはご苦労さん、良かった俺がそっちでなくって、さ、帰ろうぜ 」
「 んでもよ、顔洗ってからじゃないと…… 」一助が顔を気にする。
「 気にすんな、酔って顔を赤くしてるみたいにしか見えんから 」
数馬はめんどくさいので適当なことを言ってタクシーを停めた。
ドライバーは一助の顔を見た瞬間から笑いを堪えるのに必死の様子。
「 運転手さん、事故起こさないでね 」数馬は笑いながら言った。
翌朝、美紗に言って五つの事件をもう一度女装した寺守の写真と監視カメラ映像とを照合。
午後には、「 いたいた。ニセコ以外全部にいた 」
美紗が事件ごとに写真を数枚ずつテーブルに並べる。
全員で確認した。昼は男、夜は女に化けて尾行していたのだ。警部にも写真を送る。
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