《《5 連携》》

 一心の手元に届いた捜査資料によれば対象者は五組六人、

 一人目は、被害者が勤めていた《MY食品》の同僚、不破幸子(ふわ・さちこ)。経理課に所属する彼女はひどい振られ方をして同僚に、


「 殺してやりたい 」などと漏らしていたらしい。


 二人目は、同じく同僚の中津沙和華(なかつ・さわか)。彼女は被害者と同じ営業課に所属し、噂では被害者が中津の担当する取引先の女性社長と不倫関係になって、担当を替えさせたことを、


「 今にみてろ、絶対仕返ししてやる 」と露骨に口に出していたようだ。


 三人目は、営業課先輩の羽島宗司(はしま・そうじ)三十一歳。営業成績を競っていた彼は、被害者に抜かれて、さらに差をつけられ腹を立てていたと証言する社員が複数いたと調書にある。

清水警部が質問しても鼻で笑って、


「 俺は関係ない 」と言って何も証言しない、とある。


捜査員は彼についいて武道の経験なく口は達者だが喧嘩はからきし、殺人なんて度胸はまったくのゼロと評価している。


 四人目は、美濃瑞穂(みの・みずほ)営業課勤務で成績は七位くらいで推移している。本人は順位にこだわりはなく、いい仕事をしたいと言ってる。周囲に訊くと色仕掛けまでした新規開拓先の顧客を、被害者にさっと持って行かれ相当頭に来ていたと漏らしていたようだ。


 最後は、ニセコで被害者ら男二人に絡まれた女だ。二人いたが素性はわかっていない。道警は女にできる殺人じゃないとしているが、彼女らは犯人を目撃した可能性が高いとして行方を追っているようだ。


 道警は犯人像を、被害者が残虐な方法で殺害されていることと、ゴミステーションに放り込まれたことを考えるとかなり腕っぷしの強い男とイメージしいているようだ。


 一心も独自に対象者のアリバイと交友関係などから調査を始める。

家族に役割分担しひとり留守番をしていると清水警部から、「 言い忘れた 」と言って、

「 桃子んとこの管轄で、今回の事件の一年ほど前から男はんが三人殺されてるんやけどな、ニセコとよぉ似た殺され方しとるんや。

浅草署ではばらばらに捜査してるようなんやけど、そこら辺りも調べはったらえぇんやないか思ぉて電話したんやけど、余計なお世話やったらすんまへんどす 」

「 丘頭警部はなんて言ってるんだ? 」

「 桃子も『なんか関係あるかもな』ゆぅとったけど、上が『証拠がない』とダメなんやて。せやけど気になってもうてなぁ、……あとは一心、あんじょう頼みますわ 」

単純な事件かと思っていた一心に不安がよぎる。

―― 丘頭警部が一年も解決できない事件に絡んでるとすると、容易に犯人を特定できないぞ ……


 一心は長男の数馬に電話を入れ、恋人の和崎恵に事務所の留守番を頼んだ。

彼女も商事会社で働いているが、午後三時くらいから抜け出せるほど融通の利く部署なのだ。

 十五分ほどで和崎の軽快な足音が聞こえてくる。

「 いつも悪いな。浅草署まで行ってくるんで電話番をな……帰ったら、飯でもご馳走するから…… 」

和崎は嫌な顔ひとつ見せたことが無い。いつもにこっと微笑んで送り出してくれる。

気持の良い女性だ。早く数馬と結婚してこのビルの四階に住んでくれることを切に願うのだが、……。


 丘頭警部は相変わらず自席でパソコンとにらめっこをしている。

清水警部から聞いた話を伝えると、

「 そうなのよ、私も困ってるのよ。事件は三つあるの、課長が被害者同士の関りがない以上個別捜査だって譲らないのよ。ま、連続殺人って言う根拠も無いんだけどさ 」

「 でも、殺し方が同じなんだろ? 」

「 そうかもしれないし、そうでないかもしれない……複数犯の可能性が高いのよ。ま、調書読んでからあんたの考え聞かせてよ 」

「 わかった。で、俺んとこに北海道のニセコで殺された男の親が調査依頼に来てさ、…… 」

「 知ってる。瑚都からあんたのとこ行けって言われたんでしょ 」

静と丘頭警部と清水警部は職務上でも大の仲良し、丘頭警部が知ってても何ら不思議な事ではない。


 一心がもらった調書を事務所で読んでいると、早々と数馬が戻ってきた。

「 羽島宗司なんだけど、同僚に確認したら当夜は五、六人でホテルのカラオケバーで騒いでて外へは出て無いと言ってる。

美紗がハッキングしたホテルの監視カメラの映像にも彼は写ってなかったぜ。

ま、十分位トイレには行ってたらしいが、そんなんじゃ殺しなんか無理だぜ。そもそもスマホに被害者との通話記録なんて残って無かったし、『どこにいるのかさえ知らなかった』と言ってた彼の主張に嘘は無いぜ 」

「 そっか、じゃ羽嶋はシロだな 」


 夕方返ってきた甥っ子の一助も美濃瑞穂についてほぼ同様の報告だ。ふたりは同じカラオケバーにいたのだった。

「 んでよ、美濃は十五分強よ、外出してた。殺害現場とは逆方向のコンビニへ行ってる。距離は現場と同じ五百メートルほど。コンビニへ行ったのはよ、レシートで割り勘してるし、みなで飲み食いしたと口揃えてっから間違いは無い。両方へ行くのはよ、雪道でなおさら女の足では時間的に無理だ 」

「 わかった。美濃もシロだな 」一心は当該氏名に消し込み線を入れる。

「 おう、数馬のもシロって聞いたけどよ。もちろん第三者に殺人を頼んだって線は有りだぞ 」

「 うむ、忘れちゃいないさ…… 」


 あとの二人はちょっと手間取ってるようだった。その辺は一心が黙ってても手伝うってのが岡引流だ。

和崎を加えて四人で隣のビルの通称十和ちゃんのラーメンと呼んでいるラーメン屋の出前をとる。

食後数馬は和崎を送って、一助は母さんを応援に行くと言って出て行った。


 一心は翌日から静と浅草の三つの殺人事件の調書を読んでいた。

確かにどれもひどい殺されようだ。相当の恨みがあったのか、自己顕示欲が強いのか、いずれにしても警察の考え通り、女の為せる技じゃない。

例えプロボクサー並みの静でさえここまで骨をボキボキやるのは相当骨が折れるはずだ。

 調書に登場する人物を一覧表にしようと、改めて見直していると、

「 お、この名前、こっちの事件に確か…… 」

ニセコの調書を開く。

「 可笑しいな、関係者にそんな名前見当たらんな、どこで見たんだ? 」

「 そうかいなぁ、あても見まひょ 」静も資料を手に取る。

一心は記憶にあるんだからどっかに出てくるんじゃと、頭からけっつまで読み直したが、無い。

「 無い 」一心は断じた。

「 きっと、記憶違いだろ 」一心は歳のせいかと気落ちするのだが、

……

「 ほら、ありましたがな 」

静が示したのはニセコの事件調書のツアーを示す証拠のパンフレット。それも、裏面にその時の添乗員が書いたサインだった。

寺守正輝(てらもり・まさてる)、最初の事件の被害者の龍峯眞が十八年前に起こしたレイプ殺人事件の被害者の兄の名前だった。

「 あ、そしたら美紗に言って、その男の顔写真と第二、第三の殺害事件の現場付近の監視カメラ映像とを例の《顔照合アプリ》にかけるよう言ってくれんか? 映像は浅草署で保管してんだろうからさ 」


 翌朝、一心が朝めしを食ってるところに美紗が降りてきて、

「 おはよう。親父、でなかったぞ 」

「 何??? 、クソでもでなかったんか? 」頭が十分に回っていない時に言われ、ぼけることしか思いつかなかった。

「 飯時にあほか、顔照合に決まってんだろうが 」

美紗は間違いなく長女なのだが、喋ると男じゃないかと思ってしまう。だから彼氏なんかいる訳ないと思っていたら、浅草署の市森って刑事がぞっこんらしい、が、どこが良いんだか? さっぱりだ。

「 あっそっか、えっ? でんかったってか… 」

「 そう言ったろ 」すぐ口を尖らせる美紗に少しは笑みを浮かべて欲しいと願う一心なのだが、

「 何かアプリに修正掛けたり…… 」

疑う訳じゃないが、《でるはずだ》という確信を裏切られつい口が滑る。

「 何ぃ? 俺を信用していないってことか? 」

アッという間に美紗が雷神様の形相になって一心を睨みつける。

「 い、いや、そう言う訳じゃ…… 」

そのアプリに美紗は命を懸けていて、法廷でもその証拠能力は認められている。

「 じゃ、お前の考えが間違ってたってことだろ 」

雷神様の形相そのままに言う。

「 お、おぅ。そう言う事になるな 」

「 確りしろや、ぼけジジィ 」

「 こらこら美紗、仮にもあんはんのてて親やないか、もう少し言葉遣いを考えな市森さんに嫌われるえ 」

「 お、おぉ 」

美紗にとって市森は別にどうでも良い存在なのだが、母親には反抗できないのだ。精神的に弱い所があって、すぐくじけたり、落ち込んだり、その都度フォローしてるのが母親なのだ。


 当然丘頭警部も寺守を調べたと言っていたが、付近の監視カメラに寺守は写っていなかった。

彼は空手の有段者だからやってできない殺し方ではないが、手足の骨は潰れる様に折れていたし、頭蓋骨は拳一つ分めり込んでいたのだ。素手では無理だろうから金属の棒のようなもので、叩き潰すとか、突き刺したといった方が見た目は合っている、と丘頭警部は感想を述べている。

つまり寺守に絞るのは早計だということだ。


 一心は丘頭警部に電話を入れて、

「 連続殺人の可能性が高いと思うんだけどよ、どうして数カ月とか間を空けたのかがわからんな。おそらく動機がわかれば解決するかも知れん。が、取り敢えずは個別に捜査して、情報交換を密に行うってな感じじゃないかな 」

と以前の質問に答えた。

「 そう、そうね。わかった。ありがと 」

「 ああ、警部、ちょっと疲れた声してるな。元気づけに事務所に来て静とでも喋ったらどうだ? 」

警部は笑って通話を切った。


 寺守の犯行説に翳りが見えてきたがまだ調書に載っている人物もいるし、一心は伊田の周辺を調べていたと言う男性も気になっていた。

 愛美が伊田に騙されていたとしても、それは知らなかったはずだ。

借りに知っていても、自分の気持ちに負けて一夜を共にしたというのは、一心の知る愛美のイメージと合致しないのだ。

 愛美の友人が、先に伊田の本性を知ったとすれば、先ず愛美に話すはずだ。

だから友人は犯人じゃない。

―― 父親? …… ふと一心の脳裏に《父親》というワードが浮かんだ。

娘の柔道関係者らに問合せ、ネット情報を調べてゆくと、父親は二十数年前柔道の都大会で準優勝していて、その関係で娘も柔道の道へ進んだらしい、ということまでわかった。

 一心は父親である靖(やすし)の写真を用意して、美紗に事件時の周辺のカメラ映像と照合させつつ、勤務先の《浅草警備保障》を訪ねた。

生憎不在で、

「 関東地域の《警備保障協会》の理事をやっていて、今日はそちらへ行ってます 」

と伝えられる。


 受付嬢に言われた千代田区にあるその事務所で会うことができた。

背広を着た父親は、四十七歳で小柄だが落ち着いていて家で会った時とは別人のようだ。

 先ず、娘が第一発見者となった伊田淳殺害事件のアリバイについて率直に訊いた。

父親は抽斗から手帳を出し、

「 あー、八月一日でしたね、…… 」呟きながらページをめくっていく。

「 あ、ありました。その日は土曜日で、仕事はありませんでした。記憶ないのですが、普段の土曜日は妻の言いなりに行動してますんで、恐らく買物とかじゃないですかね 」

「 夜は? 」

「 夕食は概ね六時半か七時ころから五百の缶ビールをひとつ飲むのが習慣で、九時くらいまで居間でスポーツ観戦とかニュースを見たりです 」

「 就寝は何時頃です? 」

「 そうねぇ、十一時から十二時といったところかな。……探偵さんは私のアリバイを調べてるんですか? 」

「 ま、そういう事なんですが、疑ってるとかじゃなくって、関係する男性全員に聞いてるんですよ 」

こういう時の決まり文句だ。

父親は一心の答えを予期していたかのように聞流し、窓の外に目をやり何かを考えているようだったが、

「 あの時娘は高校二年生でしたから、一番心配な時期で、…… 」

話の流れとは無関係に喋り出したものの、途中で言いずらいのかその先を言わない。

一心は直感で、

「 彼氏のことを色々訊き回ったこと、ですか? 」と言ってみた。

父親は口へ運ぼうとしていたコーヒーカップの動きを止めて、

「 探偵さん良くおわかりで…… 」

「 ははは、実は、調べてる中年男性がいると情報を掴んでからここへ来たんですよ 」

コーヒーカップを受け皿に戻し、笑みを浮かべ、

「 お恥ずかしい、でも、相手の素性がわかって母親に言ったんですが、娘を信じなさいといわれて、それ以上口を出せませんでした 」

と言って、父親は顔をしかめ、

「 こんなこと言っちゃダメなんだろうけど、伊田が死んで良かったと思ってますよ 」

と付け加えたのだった。

……

 雑談も交えつつすべての事件発生時のアリバイを確認したのだが、どの日もはっきりしない。

まして、ニセコの事件の時には、札幌へ出張してたと手帳を見ながら言ったのには驚かされた。

ただ、ニセコへは行ってないと断じた。

一心には、そこだけ確りと断じることが、逆に気になってしまう。


 事務所に戻った一心は、美紗に父親靖の札幌での行動を調べさせる。

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