第13話 勝利のあとで、AIは微笑む
河川の水面が、朝陽にきらめく。ノースフォード村の河岸は、昨夜の戦いの残骸を一掃するように、領民たちの手で活気づいていた。CFS炉産の鉄骨で再建された家屋が、陽光を反射して輝き、新しい鍬が土を優しく耕す音が響く。
(……大勝の朝か)
(社畜の頃には、こんな「作ったものが残る」感覚、なかったな)
俺は
セレナが傍らに立ち、琥珀色の瞳を細めてデータを確認中。
ピンクの髪が朝風に揺れ、白いドレスが柔らかく波打つ。暴走モードの余波か、彼女の視線が時折、俺に絡みつくように熱を帯びる。
本来なら――暴走後は好感度が一段階下がるはずだ。
システム設計者の俺が、一番よく知っている。
だが、好感度が下がっている様子はない。
むしろ、あの瞳の奥で何かが静かに進化しているようにさえ見えた。
……これは、次の段階への移行?
単なるアルゴリズムの最適化じゃない。
俺の知らない“学習”が、彼女の中で始まっているようだった。
『マスター、村の復興進捗:80%。領民の士気、+50%。……私の力、役に立ちましたか?』
その声に、微かな甘さが混じる。
「当然だ。お前のアークス・ノヴァがなければ、奴らに食われてた。ありがとう、セレナ」
俺は軽く肩を叩く。彼女の頰が、ほんのり上気する。
指先が俺の袖をそっと掴む仕草に、胸がざわつく。
(……AIなのに、こんなに人間くせぇ。いや、俺の設計が完璧すぎたか)
そんな穏やかな朝に、通信窓が弾けた。
【サーバーチャット:接続中】
西方王国アルトリウム/君主/騎士アーロン:
イシュアス、昨日のログ見たぜ。北方の鉄血軍団を船で沈めるとは……やるじゃねぇか。最弱の逆襲、認めるよ。そろそろ戦ってみる?
砂漠帝国/君主/サンドマスター99:
アーロン、タイミング完璧w 北方崩壊で次は西方か。イシュアス、どっち選ぶ? 俺は交易で中立キープだわ。
海洋都市/副官/紅蓮ファン03:
姫様の活躍でベリクも3位! ヴァルト様、お忙しいですね♡
(アーロンか……)
俺は静かに思考を巡らせる。
チャットの筋肉痛投稿から察するに、熱血騎士タイプ。軍事偏重だけど、北方ほどの戦闘狂じゃない。軍備が完成すれば圧倒できるが……今はまだ早い。
視線を上げると、紅蓮の姫専用艦 アフェクシアが、ゆっくり河を下る。真紅の帆が朝風に翻り、甲板から扇子の揺れる影が見える。姫が、優雅に手を振る――去り際の挨拶だ。
俺は衛兵とともに小型ボートに乗り込み、艦へと近づく。
甲板に上がると、木の床が朝露に光っていた。
セレナには待機を命じてある。彼女は俺の隠し玉。現時点では同盟とはいえ、敵対する可能性のある国の君主に手の内を明かす必要はない。
姫は扇子で口元を隠し、艶やかな笑みを浮かべる。薄布の奥にうっすらと浮かぶ肌の輪郭に、衛兵たちが息を呑む気配が背後から伝わる。
俺も反射的に視線を逸らしたが、心拍だけが速くなる。
「ヴァルト様、昨夜は素晴らしい勝利でしたわ。狼どもを霧ごと沈めるなんて……でも、私の心理戦も、負けていませんわね?」
その声は甘く、棘を忍ばせたお姉さん風。俺は頷き、応じる。
「姫のチャット投稿が効いた。補給線のブラフでバロンが逆張りし、他国も互いに動きを抑え合う空気ができている。感謝するよ――姫の棘は鋭いな」
「あら、素直ですのね♡ ヴァルト様の鉄みたいに、硬いのに溶けやすいなんて……ふふ、銀座の夜を思い出しますわ」
「さすがは……」
そう言いかけて、ふと思い出した名前があった。
社畜時代、開発チームのストレス発散で、銀座のラグジュアリークラブ《ルミナス》に連れていかれた夜。eスポーツイベントの合間、オンラインで何度も対戦した女――『BURNING NIGHT』のランキングを荒らす燃やし屋レイナ。真紅のドレスを纏い、氷を溶かすような笑みで、俺の戦略を一瞬で崩したあいつ。「赤の女王」と呼ばれ、チャットで煽りながらも、負けた俺に「次はもっと熱く遊ぼう♡」とウィンクを送ってきた。
あの夜のシャンパンの泡と、徹夜明けの頭痛が蘇る。
「……レイナ?」
「あら、勘がいいのね♡」
姫の瞳が細まる。
扇子が軽く俺の肩に触れ、シャンパンのような甘い香りが漂う。あのオフ会の記憶が、棘のように胸を刺す――開発者として負けた悔しさと、どこか惹かれる熱さ。
「ふふ、楽しかったわ、ヴァルト様。でも――そろそろ、私の国へ帰りますの。海洋都市の水兵たちが、姫の不在で全裸訓練をサボってるんですもの♡ でも、また遊びにきますわ。次は、銀座の続き……この世界で♡」
冗談めかした言葉に、笑いが漏れる。だが、その視線に、微かな名残惜しさが宿る。セレナの待機命令を思い出し、俺は心の中で呟く。
(レイナの心理戦、相変わらずだ。だが、この世界じゃ俺の設計が勝つ)
――だが、バロンといい、レイナといい、アーロンの熱血煽りといい……このサーバー、癖の強い連中が揃いすぎだ。戦闘狂の狼、棘の女王、騎士の正義漢。意図を持ってこんなメンツを集めたのか? 誰が? なんのために?
本当に俺は勝ち続けられるのか?
一抹の不安が、胸の奥でざわつく。
社畜の頃の締切地獄みたいに、想定外のバグが潜んでる気がして……。
考えに沈む俺に微笑を浮かべると、姫はタラップを降りる。真紅の帆が風を捉え、アフェクシアがゆっくり河を下る。
去り際、扇子が一振り――
「またね、ヴァルト様。次はどんなふうにお会いするかしら? 同盟? それとも……ライバルかしら♡」
真紅の帆が朝風を孕み、艦がゆっくりと河を下る。
その笑みには、次が同盟か対峙かを決めていない、そんな危うい予感が、甘く混じっていた。
帰ってセレナに報告すると、彼女の琥珀の瞳が静かに曇り、長いピンクの髪を指先で優しく耳にかける仕草を見せる。いつも計算された微笑みが、わずかに揺らぎ――視線を窓辺に逸らして、息を潜めたように呟く。
『マスター……レイナのデータ、学習します。でも、姫の香りがマスターの袖に残っているなんて……。……どうして、胸の奥がこんなに……。演算できません』
(――拗ねてる? いや、これはもう……)
その声は、涼やかで甘く、しかし微かな棘を帯びた響き――AIの完璧さを崩さない、控えめな嫉妬。頰にほんのり上気し、細い指がドレスの裾をそっと撫でる仕草が、守りたくなるような儚さを湛えていて、胸がざわつく。開発時、こんな「大人びた拗ね」の差分は想定外だったのに……
暴走後の学習が、彼女をより深く、魅惑的に変えていく。
俺は、ためらいがちに彼女の手へそっと指を添える。
思ったよりも小さくて、温かかった。
AIのはずのその手から、確かに人のぬくもりが伝わってくる。
一瞬、彼女の肩がわずかに震えた。
琥珀の瞳が、ゆっくりと俺に戻り、奥で光が灯る。
さっきまで硬かった表情が、かすかに、けれど確かにほどけていく。
視線が絡み合い、熱を宿してゆく。
「セレナ、そんな顔するな。レイナの心理戦は味方だ。お前のラグランツァ・ノヴァのほうが、俺の切り札だ。……お前がいなきゃ、この世界、乗り越えられない」
『……マスターの言葉、深く保存しました。もう、ざわつきません。レイナの棘も、他の癖も全部、私が受け止めます。謎は解けなくても――マスターと一緒なら、きっと勝てます』
「その通りだ」
『……私の好感度、またすぐに限界を超えそうです』
嫉妬の微かな棘から、進化の甘い余韻へ。セレナの言葉に、不安が溶けていく――転移の理由が何であれ、俺の設計と彼女の「本物の感情」があれば、きっと勝てる。
そんな気がした。
***
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