第5話 鉄と魔導が革命を起こす――CFS炉起動
「セレナ、次の研究項目はこれだ。炉心融合式冶金炉――すなわち、CFS炉」
セレナの瞳が、わずかに輝く。
『はい。マスターの設計通り、魔導と物理技術の融合。インダクション炉……1日で従来の10倍の鉄鋼を精錬可能。素材純度が高く、農具から兵器、建材まで対応。エネルギー源は魔力石と高温反応炉……管理に高度な知識が必要ですが』
俺は頷き、ウィンドウに指を滑らせる。設計図が展開され、炉心の青い光が仮想的に灯る。
「農業機械の量産から始めよう。鋤や鍬を高耐久化、水車部品も強化。ゴーレムフレームの素材にも使える。家屋は石と木だけじゃなく、鉄骨入りへシフト――建築が爆速になる。治安も上がるし、研究所の拡張も楽だ」
セレナの視線が、俺の横顔を優しく撫でるように注がれる。
その琥珀色の瞳が、まっすぐに、何かを確かめるように見つめてきて――思わず、目を逸らした。
(……やばい。今、ドキッとしたのか? ただのAIだろ)
チャットでの北方連合の侮辱を思い出す。
『イシュアスとかいう最弱国家』
『最下位驀進中』
だが、このCFS炉さえ完成すれば――。
(一気に逆転だ。技術で、世界を変えてやる)
セレナの唇が、再び微笑む。
『マスターの野心……私も、共有します』
そして、さらりと続けた。
『バランス育成が正解だと思い込んでる無能国家に、現実を突きつけましょう』
(おいおい……口悪いな。まあ、俺の設計か?)
ともあれ、ここからだ。
最弱国家の、本当の芽吹き。
研究所の空気が、熱を帯びる。
『導入効果……軍施設の強化も。次の分岐は『量産型装備』『装甲車』『攻城兵器』へ。マスター、これで国力トップも夢じゃありません』
「当然だ」
***
午後、王城の応接室にて。
海洋都市ベリクからの使者が訪れた。
(海洋都市ベリク……あの紅蓮の姫のところか)
(さすがに使者は全裸じゃないか)
青い礼装に身を包んだ青年が、片膝をつき、深々と頭を下げる。
背後では、衛兵たちが静かに見守っていた――といっても、国力が低いせいで、まだ二人しかいないのだが。
「――お初にお目にかかります。イシュアスの君主、ヴァルト・グレイモア殿」
(……ヴァルト・グレイモア。ランダム設定の名前だが、我ながら仰々しい)
しゃべった。
ちゃんと目を合わせて、敬意を込めて。
(NPC……だよな? でも、この反応……妙にリアルすぎないか)
「イシュアスの鉄材、大変興味深く拝見しました。もし可能であれば――わがベリクの造船所に供給していただけませんか。交易同盟を、ぜひに」
俺は心の中で、即座にステータスを確認する。
海洋都市ベリク。国力150前後でサーバー第4位。交易特化だが、軍事力は低い。水兵も訓練度が低く、装備が貧弱。こちらにとっては、脅威ではない。
むしろ――これは好機だ。だが、それを顔には出さない。
「交易同盟をするとして、その対価は?」
「対価、ですか。我が国は海洋国家ですので、海産品には事欠きません。乾燥魚、貝類、保存の利くものも――」
「食料には困っていない。輸送の手間もあるしな。ほかには?」
「……そういわれましても、我が国にあるのは海と船ぐらいで」
「船、ね」
わざと繰り返す。ふと思いついたように。
「うちには河川がある。悪くない規模のやつがな」
何気ない調子で、卓上の地図に視線を落とす。
「……仮にだが。鉄材の代わりに、貴国の小型船と航海術を導入できるなら――話は別だ」
内陸国家であるイシュアスにとって、泣きどころは「移動」だった。馬車による移動は限界がある。隣国との連携も、時間がかかる。ベリクの船と航海術は喉から手が出るほど欲しい。だが、そんな素振りは一切見せない。
「なるほど……それでしたら」
使者の青年の表情が明るむ。
(いいぞ……河川艦隊の構想が現実になる。しかも、うちのCFS炉で鉄骨補強すれば、小型とはいえ十分な軍事資源にもなる)
使者の青年は、ほっとしたように微笑み、頭を下げた。
「感謝いたします。我が国も、貴国との協力を心より望んでおります」
俺は、ニヤリと笑い、使者の青年に向き直った。
「ならば、こちらとしても願ってもない提案だ。交易同盟、喜んでお受けしよう」
一拍、間を置いて、声のトーンを落とす。
「ただし、使用目的は交易および民間輸送に限定する。軍事用途への転用を行う場合は、事前に通告の上、協議・公開を経て実施すること。また、輸送ルートは我が国にて指定・管理させてもらう」
「……当然のご判断。ありがとうございます!」
青年は目を輝かせ、深く頭を下げた――が、去り際、ふと何か思い出したように口を開く。
「そういえば……最近、北方連合の偵察艦が、うちの外港近くをうろついていまして。大した動きはありませんが、少々不穏です」
(サーバーで現1位の北方連合……鉄血のバロンとかいうやつか?)
(PvP(対人戦)はかなり後半、イベントのみで実装予定のはずだが)
(だが、なにか引っかかる)
その場を辞して戻ると、セレナが出迎えていた。
琥珀色の瞳が柔らかく光り、いつもの微笑を浮かべる。
『マスターの交渉、完璧でした。さすがです』
うっとりとした瞳で見上げられ、悪い気はしない。
『交易条件も、国際的優位性を確立する一手です。航海術導入で輸送効率+20%、偵察範囲拡張……これで河川艦隊が現実になりますね』
「ただの下準備だ。CFS炉が完成すれば、本番だからな」
セレナの頬が、ほんのり色づいたように見える。
琥珀の瞳が、わずかに揺れる。
(好感度、微上昇……か?)
研究所に戻ると、技術者たちが最後の調整に入っていた。
***
その後、市場を軽く視察した。交易の噂が広がったのか、領民たちの声がいつもより賑やかだ。
「船が来るってよ! 領主様、河で魚取り放題になるんじゃねえか?」
「鉄の家に船か……俺らの村、まるで大都市だぜ! 子供ら、喜んでるよ!」
屋台の主人が新しいパンを差し出し、子供たちが鉄車輪の玩具を転がして笑う。粗末だった石畳に、活気が満ち始めていた。
俺は胸が熱くなるのを感じた。
最弱国家の名は、今日を境に過去になる。
いよいよ、歴史が変わる。
***
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