第4話 純白の天使 と 緋色の悪魔 ④

 乱れた灰色の髪が頬を隠し、首筋から鎖骨にかけて刻まれたタトゥーが闇の中で妖しく浮かぶ。

 

 カチ、カチ――ジュボッ。

 ライターの小さな炎が、男の横顔を一瞬だけ照らし、タバコに火が宿る。

 灰色の煙がゆるやかに夜空へと溶けて消えていく。

 

 道行く女性たちのざわめきが耳に届いた。

「ねぇ、見て……あの人、カッコよすぎ……!」

「やめなよ、聞こえるって!」

「だって……あっ、今こっち見た!?」


 男は無造作に視線を流し、噂する彼女たちへと目を向ける。


「え……こっち来る……!」

「だから言ったでしょ……聞こえるって……(でも、本当に……カッコよすぎる)」

 男は真っ直ぐに歩み寄り、二人の前で立ち止まった。


 見上げるしかないほどの長身。

 男はゆっくりと腰を屈め、顔を二人の視界いっぱいに近づけた。

 甘いタバコの匂いと、氷のように冷たい瞳が、夜の気配を支配した。


 女性たちは、男の整った顔立ちに圧され、思わず視線を逸らしていた。

 いや――逸らしている自覚すらなかった。ただ、男の喉元に覗く黒いチョーカーへと吸い寄せられるように目を固定してしまう。


「ねぇ、キミたち……今、俺のこと見てただろ?」


 甘く静かな声に背筋が震える。

「あ、はい……カ、カッコイイな〜……って……」

 

「ふーん。見る目あるじゃん」


 その微笑を受け止めるだけで、胸の鼓動は耳を塞ぎたくなるほど高鳴り、言葉も思考も吹き飛んでいた。正常な判断など、とっくに奪われていた。

 それほどに、男の放つ色気は圧倒的だった。


「二人とも――今から俺と飲もうよ」


「え……!?」


「この後ちょっと約束があるんだ。でも、それまで少し時間があってさ。俺の相手、してくれない?」


「は、はいっ……! しますっ!」


 男はニコッと白い歯を覗かせる。

「よかった。――じゃあ、行こうか。やっぱり、キミたちみたいな可愛い子と飲むのが一番楽しいから――」

 そう言って微笑んだ瞬間、二人は知らず知らず――甘い罠の扉を開けていた。


 差し伸べられた微笑みを疑うことなく、彼の背中を追った。

 その一歩が――決して戻れぬ一歩だと、わかっていても。

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