校長,野田からお話があります。
mao
第1話野田、現る
「ケイト君、私と組んでこの中学校を変えないか?」
2年に進級して初日の掃除時間、俺にそう声をかけてきたのは野田。
女子の中では背が高く、やけに姿勢がいい野田の目は真剣そのものだった。
「え?ウケるんだけど」
語尾に(笑)を付けて返事をしながら俺は拭き掃除で使ったバケツの水を水道に流した。
始業式と学活だけだし今日は掃除なんてしなくてもいいのに、とほうきを適当に動かしながらぼやく女子の横を通って掃除用具入れにバケツを戻す。その間も野田は俺の後ろをついてくる。
『なんだコイツ?』
ウケる、から警戒に気持ちが切り替わる直前に野田は「ケイト君の能力は素晴らしい。力を貸して欲しい。」と俺の目の前に回り込んできた。
「俺の何を知ってるんだよ…。」戸惑いと褒められて悪い気がしない気持ちが乗った言葉を返す。俺は誉め言葉が何より好きだ。
「ケイト君はサッカー部だから部活今日もあるね。また部活の無い日にでも話そう。」
サッと体を翻しあっさり教室から出ていく野田はなぜだかカッコ良かった。
口を半開きでそれを見送る俺はアホみたいだっただろう。
アホなことを言ってきたのはあいつの方なのに。
時間にすると約3分。思えばこの時点で野田と俺の上下関係は出来上がっていたんだ。
今日は野田に、というか女子にあんな風に話しかけられて、妙な高揚感で部活を終えた。
中学校から自宅までほぼ一直線の川沿いの通学路をサッカー部の仲間とふざけながら帰るのがお決まりだった。
今日も川に落ちるか落ちないかすれすれのラインでバランスを取りながら歩いていると「ケイトのクラスどうだった?悪い奴多そうじゃん。学級崩壊とかするんじゃね?」2年生の中では一番サッカーがうまく、且つ一番仲の良い上原(あだ名はウエコ)が心配そうに聞いてくる。
「そうかな、あんまそういう風に見える人いないけど、まぁ初日はわかんないのかな。」
クラス替えして初日は皆緊張しているから本来の姿はまだわからない。
でも悪い奴、とウエコが言うのが誰の事なのか見当がつかない程度にクラスは落ち着いて見えた。俺は初日ですでに何人か友達ができた。
「そうかー可愛い女子は?」ウエコは女子が好きだ。
小柄で、まだ声変わりもしていないウエコの方がその辺の女子よりカワイイと俺は思っている。
女子、と言われて野田のことを思い出した。というより野田のことしか思い出せなかった。
「ウエコ、野田のことよく知ってる?」
桜木中学校は近隣の小学校2校の集まりだ。俺が知らないならウエコの小学校出身だろう。
「野田って、野田ルウだよね?なんかスゲーやつ。」
下の名前はルウというのか、今時だな。
「スゲーって何が?」
「作文とか読書感想文とかそういう系。いつも全国の賞とったりしてるじゃん。」
草むらに生えた背の高い草をちぎって川に投げながら、なぜかウエコが自慢げだ。
思い出した。1年の前期からずっと図書委員の野田が作る図書だよりには、さまざまな小説の中で登場人物が話すセリフを切り取って紹介している。
いつもぐっと心を掴まれるようなフレーズばかりだ、とうちの母親が感心していたっけ。
だからか。小学校も1年の時のクラスも違うのに俺が野田のことを認識していたのは。
「なんだ?野田、可愛いか?キレイっちゃキレイだけどなんかあいつ、変わってるだろ。喋り方とかも。」
ウエコは俺の野田への興味が恋愛のそれだと思っている。
「顔よく見たら可愛かったとか?」
ウエコに言われて思い出してみる。
今日話した時、野田は俺と目線が一緒だったから身長は163㎝くらいか。
痩せている、というほどでもないが首と手足が長くてスラっとして見えたな。
大きな目は、じっと人を見つめることにためらいがない。
「そういうんじゃないよ。」
ごまかしながら歩いていると後ろから卓球部のグループが走って追いかけて来た。
合流して、総勢8人でわちゃわちゃと新しいクラスの話題で盛り上がる。
今日野田に言われたことはまだ誰にも言うまい。
野田が部活の無い日にまた話そうとしているのだからそれまで待ってみようと思った。
桜木中は毎週水曜日が全部活休みと決まっている。
水曜日の今日まで野田を観察してみたが、野田は確かに少し他のクラスメイトとは違う。
野田は常にピンと背筋を伸ばし、多くの女子がやる、キャーキャーはしゃぐことはなかった。
どのグループに所属しているのかもよくわからない。でも決して一匹狼でもない。
聞き役ではあるが色んな女子の輪の中にきちんと溶け込めている。
2日遠くから見ていただけではなんとも言えないな。とにかく今日話ができるのが少し楽しみだった。
中学校を変えようなんて、ほんとウケる。どんなオモシロ話してくれるんだ?
放課後、図書室で待ち合わせすることになっていた。
俺はいつも一緒に帰るメンバーや、新しく友達になった奴らからの遊びの誘いを全部断って図書室に向かった。
図書室は校舎の一階の一番北側にある。1階には図書室と職員室しかなく、その2つに用が無い生徒が周囲にいることはまずない。
1年の夏休み前に借りた本を休み明けに返して以来となる図書室に入ると、他の生徒は見当たらず、野田が本棚の前に立って本をパラパラとめくりながら俺を待っていた。
「おう。待った?」少し小さめに声掛けする。
「待ってない。それより単刀直入に言う。私は本気でこの中学校を変えたいと思っている。ケイト君と。」
想像していたよりガチのやつだったか。
「はいはい。で、具体的に何する?」
「ケイト君、始業式の校長の話長かったよね。」
「え?うん。いつものことだけどね。」
「あれを止めさせたい。」
「は?」
「ケイト君、私と一緒に校長の話を短くしよう!」
俺はだいぶ変な奴に目を付けられたっぽい。
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