価値残滓(フラグメント)
モール屋上。
瓦礫の下でうずくまるドラゴンを前に、
俺はスマホを握りしめていた。
残価は相変わらずのマイナス一億。
けど、今はそれでいい。
こいつと繋がれた気がするから。――ナナの導きで。
魔獣の呼吸は荒い。
体中傷だらけで、もう立つ力も残っていないはずだ。
……それでも、こいつはまだ、生きている。
スマホの画面の中で、ナナが小さく身じろぎした。
その視線は、魔獣の胸元に釘付けになっている。
「ナナ……どうした?」
そのとき、通知が走った。
《価値残滓を検出》
忠誠:78/孤独:42/信仰:5
「……数値化されるのかよ」
つまり、この魔獣は“かつて誰かを守ろうとした”
残り香みたいな価値を抱えたまま、ここにいるってことだ。
ナナが画面の中で跳ねるように動く。
まるで“触れろ”とでも言っているみたいに。
「……死ぬなよ?」
俺は魔獣の額にそっと手を置いた。
その瞬間、スマホが白く光る。
《価値残滓と接続開始》
眩しい閃光が走り、頭の奥に何かが流れ込んでくる。
――声だ。いや、声じゃない。“感情”だ。
守る……はずだった……
みんなを……守れなかった……ごめん……
断片的な叫びが、俺の脳裏に閃く。
燃える里の幻影、次々と倒れていくドラゴンの姿。
ナナが、それを翻訳している。
俺は息を飲んだ。
「……お前、ひとりじゃなかったんだな」
瓦礫に埋もれた魔獣は、かすかに尾を動かした。
それは、力を振り絞った“応答”だった。
スマホに次の通知が走る。
《契約条件を確認:価値残滓の解放》
「契約……?」
ナナが画面の中で俺を見た。
まるで“選べ”と言っているみたいに。
俺は深く息を吸って、頷いた。
「俺と一緒に来い。お前の価値、俺が引き受けるよ。
……守れなかった分、俺が埋めてやる」
「グォォォォ!!」
体中の鱗が剥がれ、白い皮膚がつるつる光ってるのを見て、
俺は思わず呟いた。
「……名前はシルクでいいか。滑らかな奴らしくて」
《仮契約成立》
スマホが小さく振動し、残価が一瞬だけ動いた。
−100,000,000 → −99,999,950
……たった50。けど、この50は、
俺の人生で初めての“プラス”だ。
胸の奥で確かに何かが変わった気がした。
そのときだった。耳の奥で、嫌な音がした。
低い振動音が、地面の下から這い上がってくる。
ナナが突然、激しく震えはじめた。
「……まさか、もう来たのか?」
スマホに赤い通知が走る。
《警告:価値狩り接近中》
距離:120m
「クソッ……!」
価値狩り――。“価値の欠片”を喰らって生きる連中。
生き物でも、人間でも、壊れかけた魔獣でも、
価値があれば平気で食らい尽くす。
影のように忍び寄り、牙を剥く化け物だ。
モールの奥から、何かが瓦礫を踏み潰す音が聞こえた。
ドン……ドン……ドン……。
影が揺らめき、赤黒い霧が漏れ出す。
ナナの震えが止まらない。
魔獣――シルクも低く唸り声を上げた。
「……まずいな」
スマホが最後の通知を出す。
《推奨行動:退避》
でも、ここで逃げたら――“シルク”との契約は消える。
価値も、ナナも、全部失う。
退避? ふざけんな。
俺たちはもう、守る側だ。
俺は息を呑み、スマホを強く握りしめた。
シルクの鱗に触れ、熱い鼓動を感じる。
「ナナ、やるぞ。シルク、立て。
お前の守るべき奴は、もう俺だ。
――いや、俺たちがお互いだ」
画面の中で、ナナが小さく頷いた。
シルクの目が、かすかに輝く。
霧の奥で、何かが笑うような気配がした。
――続く。
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