第1話 穀潰しというわけにはいかないっすからね

「ハロワってないんですか?」


 ふと、トリスさんに尋ねる。


「ハロワって何だい?」

「仕事を斡旋してくれるところっすね」

「なるほど。そういった場所もあるにはあるはずだが……。急にどうしたんだ? 働くのか?」

「はい。いい加減ずっと居候の穀潰しというわけにはいかないっすからね」


 異世界ライフも、もう二ヶ月。そろそろこの世界で自立して生きていく指針をたてなければならない。


「俺としては別に、うちで家事とか手伝ってくれるだけでいいんだがなぁ」

「いいじゃない。この子が働きたいって言っているんだから。あなたミコトたちに甘いわよね。年甲斐もなく若い子が好きなのかしら?」

「俺だって二十八だ! まだ若い! じゃなくて、そういうのじゃねぇのわかるだろ? もしかして嫉妬してるのかlady?」

「あなたに妬く女なんていると思うの? 自信が空回りする男ってイケてないわね」


 こんな外国のコメディドラマみたいな会話ってほんとにあるんだ。


 と、それまで会話に参加していなかった司が口を開く。


「……前々から思っていたのですが、どうせ働くなら、『探求者』をしたいですね。三琴、そう思わない?」


 その手があったか。魔法職がいいなとは思っていたが、探求者をして外で派手に魔法を使えるのならそれが一番だ。


 司の提案にトリスさんは。


「駄目に決まってるだろ」


 ですよね。





 働こうと思ったのには、いくつか理由がある。


 まず単純に、トリスさんたちにあまりお世話になり続けるのは申し訳ないということ。

 いきなり現れた身元不明の女二人を引き取って面倒見てくれる大人なんて中々いない。だからこそ、その優しさにずっと甘えていることはできない。


 次に、自由に使えるお金が欲しいということ。

 魔法を勉強していく中で、必要な道具や素材はいくつもある。シリルさんが貸してくれるものもあるが、殊、独学で勉強しているものに関しては自分で素材を取りそろえなければならない。

 都度小遣いを貰うのも気が引けるので、気兼ねせず使えるお金が欲しかった。


 そして、これが一番の理由だが、せっかく習得した魔法を生かす場面が欲しいのである。

 何事においても、上達の必要条件はモチベーションだ。それは、一時の大きな決意ではなく、日々の小さなやりがいであることが重要なのだ。

 まあ何が言いたいのかというと、あれだけ司に啖呵を切っておきながら、ここ最近の私は魔法への取り組み方が熱心であるとはいいがたかった。

 だから、日々の成果を確認できる何かがほしい。それで思いついたのが仕事であり、具体性を増すなら魔法職であった。


 ここでさらに、司の、「どうせ働くなら探求者」発言だ。

 そうだ。魔法を試すのに最適な職業じゃないか。一番身近にトリスさんたちがいたからこそ失念していた。

 いいじゃん探求者。希望条件ぴったりの業務内容!


 ただ……。


 目の前で、トリスさんと司が机の上で顔をつきあわせて言い合っている。


「なんで駄目なんですか。私たちが労働することのなにがいけないんですか」

「言っただろう。剣というのは及第点といえるところまで修めるのに、どんなに早くても一年はかかる。おまえはまだ剣を振るって一ヶ月だろう。才能如何に関わらず、剣ってのは魔法よりも時間が必要なんだ。そういうものだ」

「でもトリスさん、上達への近道は実戦経験を積むことだともおっしゃってましたよね。それに、まだ力が及ばないというのが理由なら、三琴はいいってことになりませんか? オウムの討伐実績もありますし。私と三琴の二人ともを引き留める理由にはなってないんです」

「それは……」

「反対するっていうなら矛盾ない立場を示してくださいよ」

「……umm」


 かなり司が優勢だ。非母国語というハンデがありながらも、やはり司のほうがレスバにおいて一枚上手のようだ。

 論破王こと一条司氏は以前、「口論は、いかにしゃべり続けるかだよ。内容の正当性なんてどうでもいいんだ。こっちがさも正しいかのように、そして相手がさも間違っているかのように言葉を投げ続ければ勝てる」と語っていた。いいのかそれで。


「トリス。いいじゃない、やらせてあげれば」

「だが」

「危険なことはさせたくない、でしょ? 素直に言えばいいのに、不器用ね。でも、ツカサもミコトも十七歳セブンティーンなんでしょう。もう大人よ」


 シリルさんがフォローに入ってくれた。

 ところで、この世界の成人年齢って何歳なんだろうか。自分としてはまだ大人の自覚はない。


「心配なのは分かるけど、私たちが束縛するのも筋違いなのよ。それに、探求者ってのは、一度志したらもう止められない。それはあなたが一番わかっているでしょう?」

「ああ。それはそうなんだが……」


 いや、確かにすごく探求者はやりたいんだけど、なんか温度感が違う気がする。

 シリルさん、意外とこういうの熱くなるタイプなんだ。


 というか、なんだか司も熱が入っている。

 やっぱり、あの「勝負」のためだろうか。なんか、照れますなぁ。


 そのとき、いきなり司が立ち上がった。


「埒があかないね。行くよ、三琴、論より証拠だ。」


 唐突に腕をつかまれ、ぐいっと引かれる。


「え、なに!? 行くってどこに!?」


 司は、いつもの何かを企んでいる笑みを浮かべると。


「道場破りだよ」

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