第5話 ゲームは一日一時間

「うわぁぁあ! ヤバいヤバい! 戸締り! 司、戸締りしないと!」

「わかってるよ。私二階の窓閉めてくるから三琴は一階を」


 魔獣警報が鳴り響く中、私たちは家中の窓や戸口を急いで閉めてまわっていた。


 魔獣警報。


 魔獣が市街地に侵入した際には、町の中央の時計台から警告の鐘が鳴らされる。

 ただし、一匹紛れ込んだくらいでは警報は発令されない。それくらいならば、街にいるトリスさんたちのような『探究者』がすぐに討伐してくれる。

 警報が鳴った。それすなわち魔獣の「大群」が押し寄せてきたことに等しい。


 魔法の力にあてられて変異を起こした獣、『魔獣』は、トリスさんたちの日頃の努力もむなしく、こうして稀に異常大量発生する。一般人たちは、探究者たちによって魔獣が狩られるまで家に籠り、家の中から魔法で応戦しつつ耐え凌ぐしかない。一般人が魔法で応戦ってすごいな。


 遠くの方で地鳴りが聞こえる。魔獣が地を駆ける音であるのは言うまでもない。


「なんでこんなときに限ってトリスさんいないんだよぉぉぉぉぉ!」

「普段こんな事態にならないように外に出て働いてくれているのだから文句言っても仕方ないよ。」

「魔法カスのくせに態度でかくない!? 魔獣に襲われたら司のこと守ってあげるの私なんだからね!?」


と、司がいきなりポケットからメモを取り出して何やらブツブツと呟き始めた。


「この非常事態に何してんの!?」

「三琴に守られるとか本当に無理だから、魔獣襲撃に備えて今そこ魔法の習得を」

「今更無理だって! 諦めなさい!」

「あとちょっとで感覚が掴めるような気がするような雰囲気がどことなく漂っているような感じなんだ。お願いほんとあともうちょっとだけだから!」

「だめ! ゲームは一日一時間までって言ったでしょ! じゃなくて、もしこれで魔法が使えるようになっても着火魔法程度じゃ何の戦力にもならないから!」

「うん、確かに着火魔法じゃ戦力にならないね。フフフ……」


 何が可笑しいのか、司はそう言って不敵に笑うと、再びブツブツし始めた。

 くっそこいつ意固地になって全然身をわきまえねぇ。無能を自覚しない無能が一番厄介とはこのことか。

 メモと睨めっこしている司はそのままにして、私だけでも、魔獣に突破されそうな壁などの補強にあたる。文明レベルが低いためか、単にトリスさんたちが貧乏なためか、この家は作りの弱そうなところや傷みを放置したようなところがたくさんあるのだ。


 地鳴りはどんどん大きくなっていく。ここまで到達するのも時間の問題だ。それまでにできることはなるべくやっておかねば。


……ゴン! ゴンゴンゴンゴン!


 唐突に、何ものかが玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。

 うそ、もう魔獣が!?


「……た、助けてくれぇぇ!」


 いや、男の声だ。きっと逃げ遅れてしまったので、なんとか転がり込める家を探しているのだろう。


「司、どうする? もしものことがあると危ないから、玄関はできるだけ開けないほうがいいって話だったけど……」

「ここで人を一人見捨てられるほどの薄情さは、残念ながら持ち合わせていないんだ。当然、助けるよ」


 まあ私も、最初から見捨てるつもりなんてさらさらないけどね!


「安心していいですよ! 今入れてあげます!」


 そう叫んで、急いで玄関まで駆けつける。

 よく考えたら、この非常時に戦力が一人増えるのはありがたいことだ。司みたいなのもいるが、この世界の人たちはたいてい、着火魔法なら一日、発火魔法レベルなら二ヶ月も練習すれば誰でも使えるようになるので、みんなある程度の戦闘能力を持っている。まあ、私は二週間で発火魔法を修めたわけですが。


「さあ、ともに闘いましょう!」


 ガチャリと鍵を開け、ドアを勢いよく開ける。




 そこには、異様に頭が大きく、熊みたいな体躯の巨大オウムが、目を血走らせて立っていた。


「……タ、タスケテクレェ……! タス、タスタス、テ、クレェ、クェ、キイイイイイイェェェェェェェェェ!」

「騙されたぁぁぁ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る