第12話 唐井聖菜 10月5日(火)~10月9日(土)

加茂屋の2人が帰宅した後、咲良は付近で1番大きな本屋へ出掛けた。

 これまでの生活とは異なり、理が全く違う世界に関わっていかなければいけない。けれど、自分があまりにも無知だと今日の話し合いで痛感した。もっと心愛の話しを真剣に聞いて、日頃から都市伝説やオカルトに興味を持っておけばよかったと後悔する。

 永臣のお荷物にはなりたくない。最低限の知識を持っておくべきだと考えた。本屋に着いたが、普段本を読まなかったので何処をどう探していいものかと着いてから気が付いた。

 存外店内は広く、迷子になりそうだ。天井から案内板は下がっているが、【趣味】の分野なのか【考古学】の分野なのか【伝承・伝記】になるのか――。

 何とかそれらしい【呪い】や【呪術】なのどの文字が表紙に書いている本を何冊か手に取り、会計カウンターの列に並んだ。

 1冊が意外と重く、総重量は3㎏程ありそうだ。次第に腕が痺れてくる。そして、先程から咲良は周りの視線が気になっていた。一度見て、直ぐにもう一度見られる。居たたまれず、本の題名を隠そうとするが何分、両手で抱えなければ持てない冊数である。隠しようがない。

 こんな時に限ってレジは1台しか稼働しておらず、列は長くなっていた。咲良はもしかして誰かの呪いなのではと思えてきた。そんな有り得ない話を頭の中で巡らせていると本を持っていた腕が僅かに軽くなった。

「え?」 

 上を見上げると、晏慈あんじが立っていた。

「こんな重そうな本ばっかり。ん? 呪術の本?」

 穴があったら入りたいと咲良は思うが、穴は何処にもないので仕方なく、恥を忍んで「勉強しようと思って」とぽつりと呟いた。

 すると、晏慈あんじは破顔して咲良の頭をぐりぐりと撫で回す。今度は別の意味で視線が気になった。女性ばかりがこちらにチラリと視線を向けてくる。

 晏慈あんじは目立つのだ。本人は全く気が付いていないみたいだが、控えめに言ってかなりかっこいい部類に入ると咲良は思っている。

 子供の頃は真っ黒に日焼けをし、背丈も咲良よりもほんの少し高いだけだった。笑うと前歯2本抜けいていて、いつもビーチサンダルを履いて駆け回っている、田舎の子供然としていた。

 まさか、将来こんなに恰好良くなるとは誰が想像出来ただろう。平静を装っているが、話していると動悸が激しくなる。

 当の本人は昔と変わらない距離感で接してくるので、意識させられているのは自分だけなのかと、悔しいような悲しいような気持ちになる。

「勉強するならそうだな……」

 晏慈あんじは咲良が持っていた本を全て取り上げると、腕を掴んで会計待ちで並んでいた列から引っ張り出す。そのまま腕を掴んで棚の方へと誘う。咲良は晏慈あんじに掴まれた腕に全神経が集中していた。咲良が両手で抱えていた本を晏慈あんじは軽々と片手で持っている。

 そんな些細な事で胸が熱くなってしまうのが悔しい。咲良の気持ちなどお構いなしなのかと思うと遣る瀬無くなってくる。

 咲良は晏慈あんじが選んでくれた本を購入した。どんな本を参考にしたらいいか途方に暮れていたので、正直助かった。咲良が会計を済ませ晏慈あんじが待つ場所まで行くと、流れるような仕草でさりげなく購入した本を持ってくれた。

 そんな仕草にもときめいてしまう。もう病気だなと咲良は自分自身を嘲笑しながら、駐車場まで2人で並んで歩いた。

「今日はありがとう。でも、あんちゃんは何も買わなくてよかったの? 何か欲しい本があって書店に来たんでしょ?」

 咲良は自分が晏慈あんじの時間を奪ってしまったのではないかと気に病んだ。

「いや、今日永臣さんと話していた時に、咲良まだこういう世界の用語を知らないみたいだったから。だから、咲良にも分かり易い本を探そうかと思って寄っただけなんだ。

 家にあるのは全て昔の物だから貸してあげても、きっと読むのだけでも苦労するだろうと思って。そしたら、丁度咲良が居たから。いい本が見つかってよかった」

 咲良は晏慈あんじを見上げる。晏慈あんじは月をバックに優しい眼差しで微笑んでいた。

(あぁ……好きだな――)

 咲良は自然とそう思った。月のように優しい光で照らしてくれる。そんな晏慈あんじに咲良はどうしようもなく惹かれていた。

 

 晏慈あんじと別れ、自宅に戻った咲良は早々に夕飯と風呂を済ませると、選んで貰った本を早速開いてみる。

 文章だけではなく、図解もあり読みやすかった。その本は用語集となっていたので、端的にその用語の説明が記されている。ダラダラと説明されるよりもインプットし易い。選んで貰って正解だったなと思う。自分で選んだ本は分厚くて、文字がぎっしりと詰め込まれていたので、全て読み終える事が出来なかっただろう。

 咲良の知らない言葉ばかりで、夢中になって読み進めた。気付けば時刻は午前1時を過ぎようとしていた。

「もうこんな時間? こんなに集中して本読んだのなんていつぶりだろう。もう寝なきゃ。明日も仕事だし、夜更かしは美容の敵だしね」

 その時、晏慈あんじの姿が頭を掠め、咲良は1人で赤面する。

「あんちゃんは関係ないし! ただ、肌荒れが嫌なだけで、あんちゃんの為に綺麗になろうとか思ってないし」

 咲良は自分自身に言い訳を始めた。赤面した自分を誤魔化すようにベッドへ入り、頭まで布団を被った。


 ベッドに入って数分後、咲良は夢の中に居た。また見た事もない部屋の中に居た。

 真っ暗に照明を落とし、灯りはテレビから漏れ出す光のみだった。テレビの前に置かれたローテーブルで作業している女性が居る。

 髪は肩までの長さで切りっぱなしのボブカットだった。咲良は丁度、その女性の後姿を見る位置に居る。

 女性は何やらブツブツと呟きながら、机の上に置かれた長細い割りばし程の太さの棒を手に取り、纏めて紐で結わえていく。

(なんだろ。十字架みたいな形……)

 咲良は少し歩を進め、その女性に近づいた。手元を覗き込むような姿勢になると、はっきりと手元が見える。十字架だと思っていたのは藁人形だった。その女性は自分で藁人形を作成しており、近づいた事で呟きもはっきりと言葉となって耳に入ってきた。

「殺してやる。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。本当ウザイウザイウザイウザイ」

 同じ言葉を延々と繰り返している。まともじゃないと咲良は怖くなった。鬱々とした気配が部屋中に充満していた。ふと、藁人形がテレビから漏れる光を反射した。藁なのだから反射するはずもない。

 咲良は不思議に思い、もう少し身を屈めて覗き込むと、写真が貼ってあるようだった。目を凝らすとそこには――。

「ヒュッ――」

 喉がなり、その瞬間ばっと起き上がる。辺りを見回すとそこは見慣れた咲良の部屋だった。咲良は肩を両手で抱き、今目にした光景を思い浮かべる。

 震えを止めようと無意識に肩を抱いた手に力が入る。腕に爪が食い込み赤く痕を残すが、気にならない程におののいていた。


10月5日(火) 岡山太郎が首を吊る2日前

 岡山太郎は自宅兼撮影スタジオ(とは名ばかりの、ただのアパートの1室)で動画配信をしていた。

 焦点が合っていない目を血走らせ、肌は土気色をしている。視聴している誰の目にも異常な状態だと分かる。

 案の定、コメント欄には「死人のような顔」、「最早もはや岡山太郎がオカルトなのでは?」といったコメントが散見される。

『はい! という事でね、7日間丑の刻参りを行ったんですけども――。皆さんはイザナキさんの動画観ましたか? 本人ピンピンしてますよね。

【呪いでイザナキ事故に?】なんてサムネに書いているんですけど、実際は自転車とぶつかっただけですからね。

 しかも僕、今日というか先程やっと7日目の丑の刻参りを終えたばかりなんですよ。それなのに、7日目を迎える前に自転車とぶつかってる時点で呪いではなく、普通にぶつかっただけなんです。

 まんまと僕の呪いをね、使って再生数増やしてますよね。意地汚いというか、配信者の風上にもおけないと思うんですよ。こっちが必死に考えたアイデアをパクるなんてね。そういう所がもうね、死んでくれって感じですよね。――ん? 「元はというとイザナキを呪った太郎が悪い」? とういうコメントが入ってきましたけど……。

 お前も呪い殺してやろうか? と言ってみた所で令和の時代に呪いなんて存在しません! 残念ですねー。嫌いな奴を呪い放題だと思ったんですが。んん? 

「そもそも丑の刻参りって誰かに見られたらダメなんじゃないの?」、「配信してる時点で終わりwww」等のコメントが入ってきてます。

 お前ら勝手に言ってろ! お前ら全員本気で呪ってやろうか? 顔隠して文句垂れ流してる奴は本気で死んだらいいと思います』

 案の定、岡山太郎の動画のコメント欄には批判の声が殺到していて大荒れだ。他にも「岡山太郎ヤバ過ぎ」、「怖い怖い。なんなの? 発言が普通じゃない」、「通報案件www」などのコメントで溢れている。

『ここで今回、丑の刻参りで使った、この【金槌】と【五寸釘五本】をセットで視聴者プレゼントしたいと思います。ご希望の方がいましたらDM下さい。ご応募お待ちしてます。それでは、また次の配信でお会いしましょう』

 動画配信が終了した後も、暫くコメント欄は荒れていた。DMとはダイレクトメッセージの略でコメント欄の様に不特定多数の人が目にするのとは違い、岡山太郎にしか見る事が出来ない。

 そこでなら、住所を入れたとしても、他の人に知られる事はない。それでも知らない人に住所を知られたくない場合は、宅配会社止め置きに指定していれば自分の住所を発送者に知られる事なく荷物を受け取れる。

 その後、岡山太郎のDMには冷やかしのメッセージばかりが届いたが、その中で気になるメッセージを見つけた。

 メッセージを読むと、その他多数の冷やかしとは違い、何故そのアイテムが欲しいのか、理由も詳細に書き綴られていた。岡山太郎はそのメッセージの送信者にプレゼントしようと返信した。

 岡山太郎は翌日の10月6日の朝、指定された宅配会社の営業所止りにして【金槌】と【釘5本】を送った。この翌日の10月7日早朝に、岡山太郎は杉の木で首を吊り、その様子を配信する事になる。


10月7日(木)

「ねぇ心愛、呪いって本当にあると思う?」

 岡山市内にあるIT・情報処理専門学校の昼休憩。ここは心愛が通っている専門学校だ。

 心愛は友人3人と昼食を摂っていた。そして、こう聞いてきたのは唐井聖菜からいせな。心愛の友人で自宅は総社市にある。真面目な性格で何事もきっちりとしないと落ち着かないらしい。

 遊ぶ約束をしている時は10分前集合は当たり前。遅れるなど許せない。少しでも遅れると遅刻した人を置いて目的地に行こうとする。心愛も何度か聖菜せなに怒られた事がある。友人にも自分同等の几帳面さを要求するのだ。

「何急に? せにゃーどしたー何か悩みかぁ?」

 3人の中の1人が茶化す。間野沙和子まのさわこだ。【せにゃ】とは聖菜せなの事で、沙和子だけそう呼ぶ。のらりくらりとして掴み所がない。個性的でマイペースだが、ちゃんと空気を読む。考え方が柔軟で人を否定する意見はあまり口にしない。そうなったらそうなった時に考えればいいと云うのが彼女の持論だ。

「心愛ってオカルト好きじゃん? だからどうなんかなって」

 真面目な聖菜が呪いを信じているとは思えないのだが、何が聞きたいのかと心愛は忖度そんたくする。

「んー好きだけど、だからといって信じているかって訊かれると……信じてはないかな。飽く迄エンタメとして好きなだけだし」

 すると、他の2人も「確かにそれはあるよね」と言う。他の2人とは沙和子と逸見月詠へんみつくよだ。

 月詠は聖菜と高校生の頃からの友人でおっとりした性格。下に弟と妹が居るらしく、面倒見がいい。

 その日の帰り、月詠つくよと聖菜は電車で一緒に帰っていた。月詠つくよも同じ総社市内に自宅がある。

「昼休み、何で呪いの話ししたの? 聖菜がオカルトの話題出すなんて。本当に何か悩んでるなら言ってよ? 話し位はいくらでも聞くから」

 今まで心愛がオカルトや都市伝説の話題を振っても「くだらない」と一蹴していたのに、自ら話題に出したのに驚いていた。それと同時に心配にもなった。最近の聖菜は何かに悩む――いや、何かに苛立っている様に感じていたからだ。

「嫌だなー。そんなんじゃないって! ただね、いわく付きらしい物を貰ったから、本当に呪いなんてあるのかなって思っただけだって!」

 聖菜は月詠つくよの心配を笑い飛ばした。

「それならいいけど。んーなんでもそうだけど、信じるか信じないかは本人次第な所はあるんじゃないかな? ほら、よく言うじゃん『病は気から』って。そんな感じなんじゃない? オカルトも」

 月詠つくよもオカルトや都市伝説が好きで動画やテレビをよく観る。それもあってすぐに心愛と意気投合して4人で行動するようになった。

 それに対して、聖菜はあまりよく思っていなかった。心愛や沙和子は聖菜の性格とは正反対だからだ。けれど、月詠つくよが仲が良いので仕方なく付き合っていた。

「確かにそうだねー。まんまと踊らされたかぁ……」

 聖菜は月詠つくよの説明が妙に説得力があったので、少しでも信じた自分が馬鹿だったと思う。

「でも、貰い物なんでしょ? だったらいいじゃん。聖菜は損してないんだし」

 お金を出して買った物なら確かに悔しいが、損していなければ問題ではないと月詠つくよは思った。

「それもそうだね」

 聖菜は同調するように返事をしたが、そんな物を一瞬でも信じた自分が許せなかった。そして、信じ込まされた岡山太郎にも腹が立っていた。

 聖菜は自宅に帰り、風呂を済ませて部屋でテレビを観ていると、昨日受け取ってそのままテレビの横に置いた荷物が目に入った。「一応、中身確認してみるか」とテレビの脇から段ボールを手繰り寄せた。

 小さめの段ボールに入っていたので、ガムテープを剥がして中身を取り出す。緩衝材も何もなく、雑多に投げ入れられた印象だった。手に持って矯めつ眇めつ見たが、特段変わった様子はなく、ただの古い金槌と釘だった。

「どう見てもただの金槌と釘だよねー。しかもやたらと古いし」

 どの角度から見ようがただの錆びた釘だ。その上、良く知っている丸釘ではなく、角張っていて釘の頭は平らではなく、くるくると巻かれている様な形状だった。

 聖菜は今日、月詠つくよから言われた言葉を思い出す。

「こんな物で人が殺せる訳ないよね……。信じるか信じないかは自分次第って言われても――さすがに呪いで人を殺すなんて荒唐無稽だわ」

 何故、岡山太郎にDMしたのか、そもそもオカルト系の動画などそれまで一度も観た事もないのにあの時はどうして観る気になったのか自分でも説明が出来ない。

 それまでの岡山太郎など見た事がないが、あの時の彼の顔はどう考えても普通ではなかった。だからこそ余計に呪いを信じてみたくなったのかもしれない。

 聖菜はそれを箱に戻し、元あった場所に置くと手が錆び臭くなったので洗面台で手を念入りに洗う。まだ学校で出されていた課題を済ませていなかったのに気が付き、急いで終わらせると床に就いた。

 聖菜が寝入ってから暫く経って、ふと目を覚ます。なんだか、部屋が肌寒く感じて目を覚ました。

(なんで今日こんな寒いの。もう冬じゃん。昨日まで蒸し暑くて半袖でいいくらいだったのに)

 聖菜は温かいお茶でも飲もうと起き上がろうとした。が、体が動かない。体だけではない。指1本、顔すら動かせない。

(金縛り? でも、あれって頭は起きてるけど体はまだ寝てる状態ってだけよね。ストレスが原因だったりするって何かに書いてあったなー。最近確かにあいつのせいでストレス溜まりまくってるもんなー)

 そんな事を取り留めなく考えている間にも気温はどんどん下がっていく。布団を掛けているにも関わらず寒い。冷凍庫の中に居るように吐く息が凍る。

 すると、部屋の至る所から視線を感じる気がした。誰か部屋にいる様な気配さえしてくる。(お母さん?)と聖菜は思ったが、ドアが開いた音はしなかった。気配は1人ではなく、複数人感じる。

『あいつが憎い』

 はっきりと耳元で囁く声が聞こえた。そんなはずはない。この部屋には誰も居ないのに。気のせいだと聖菜は自分に言い聞かす。

『お前も憎いのだろう? あの女が』

 男とも女ともつかない低い腹に響く声だった。次第に部屋に居る人全てが一斉に呟き始めた。その間も気温はどんどん下がっていく。寒さで体が震える。

(なんなのこれ! 夢? 嫌だ。怖い! 助けて! 誰か……お母さん)

 そこで意識はふつりと途切れた。


10月7日(金)

 朝になり、聖菜は目を覚ます。すぐに起き上がり部屋を見回すが、昨日寝た時と何も変わらない。部屋の鍵は締まったままだし、テレビも点いていない。物が動いている訳でもなかった。

「やっぱり夢か。……それにしても変な夢だったな。妙にリアルで。でも、確かに寒かったんだよね……」

 首を傾げながら自分の体にも目を向けるが、変わった所はない。気を取り直し、朝食を摂ろうと1階に下りる。丁度母親がリビングから出てきたので、階段を下りていた足を止める。

「あんた……体調悪いの? 酷い顔色してるけど」

 聖菜はそのまま洗面台の前に立つ。鏡を睨み自分の顔を確認すると鏡に映った自分は確かに酷い顔色だった。隈は酷く、青白い。「昨日の夢のせいか……」聖菜は溜息を吐くと、リビングへ戻った。

 顔色は最悪だったが、特に体調が悪い訳でもないので、いつも通り学校に行く。学校でも顔色は指摘されたが、心配は無用だと遠回しに釘を刺す。朝から会う人皆に説明していたのでいい加減辟易していた。

 聖菜は無性に苛立っていた。仲の良い月詠つくよにでさえ、話し掛けられるだけで苛ついた。そんな自分の感情を抑えるので精一杯だった。なんとか無事に学校を終え、いつも一緒に帰っている月詠を待たず、帰り支度を整えると直ぐに学校を後にした。

 帰宅し、聖菜はそのまま納屋に足を向ける。農作業に使う麻紐を適当な長さに切り、ロール状に一纏めにして紐で縛ってある藁を一掴み抜き取ると、その2つを持って家族に見つからないよう「ただいま」も言わず忍び足で自分の部屋に上がった。

 部屋の照明を点けたが、いつもよりも眩しく感じて直ぐ照明を消し、テレビを点けた。部屋の鍵を締めると、納屋から取って来た藁を均一な長さにカットし、麻紐で一纏めにしていく。

「聖菜ー? 帰ったの?」

 母親が階段の下から聖菜に声を掛けるが、聖菜は聞こえない振りをし、作業を続ける。

――コンコン――

 母親が2階まで上がってきたらしく、聖菜の部屋のドアをノックする。

「聖菜? どうしたの? やっぱり体調が悪いの? 夕ご飯、何かあっさりした物を作ろうか?」

 母親は心配して声を掛けるが、聖菜はそれすら煩わしく感じる。

「五月蝿いな! なんでもないったら! 夜ご飯も要らないから放っておいて!」

 そう言い放った。母親は「分かった」と一言だけ返事をすると、階段を下りていった。聖菜は構わずその後も作業を続ける。

「本当どいつもこいつも鬱陶しい。特にあいつ……あいつの声聞くだけで殺意が湧いてくる。何が『体調大丈夫? 顔悪いよ? あっごめん……間違えた。顔色悪いよ?』だよ。何が間違えただ! 本当はわざとな癖に。自分の事可愛いとかって思ってる勘違い女。自分中心に世界が回ってるとか思ってんじゃねーの?」

 聖菜はブツブツ呟きながら、藁を麻紐で結ぶ。ある程度形を整えたところで、コルクボードに飾っていた写真を1枚剥ぎ取る。はさみでその写真に写っている人物の顔を四角く切り取ると、先程形を整えた藁に落ちない様にしっかりと固定する。

「殺してやる。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。本当ウザイウザイウザイウザイ」

 外が白み始め、聖菜は緩慢な動きで時計に顔を向ける。

「あと数時間でバイトか。少し仮眠とろ」

 聖菜は藁人形をベッドの下に隠すと、疲れた体を横たえた。


10月9日(土)

 聖菜は朝食を終えると、アルバイト先であるスーパーマーケットへ向かった。母親には止められたが、急に休むと迷惑が掛かる。それに、聖菜自身は周りが言う程体調が悪い訳ではない。寧ろ、頭がすっきりとしていて、いつもより体調がいいとさえ感じている。

 アルバイトは学校が休みの日にだけ月詠つくよと一緒にシフトに入っている。品出しと掃除がメインの仕事だ。

「おはようございます」

 聖菜は、先に来ていたパートのおば様達に挨拶をする。土日に入っている人は年齢が70歳前後の女性と男性が多い。もう子供も大きくなり、働いていた会社も定年退職した人が働いている。

 その年齢差もあってか、聖菜と月詠つくよを孫のように可愛がってくれている。

「聖菜ちゃん! どこか体調悪いの?」

 挨拶すると、聖菜の顔色を見た女性が心配そうに声を掛ける。

「いえ。ただ、昨日夢見が悪くて……。ただの寝不足なので大丈夫です」

 バイト先でも顔を合わせる人皆に心配された。けれど、昨日程の苛立ちはなかった。気持ちが清々していて、いつもより体が軽い。

 バイトが終わり、帰宅すると母親だけでなく父親にも心配された。土曜日なので会社が休みの父親も家に居たのだ。母親から最近の聖菜の様子を聞いていたので、余計に心配していた。

「本当に何でもないから。どこも悪い所なんてないし。いつもより体調いい位。眠くもないし、お腹も空かない。だから、今日も夜ご飯いらないから」

 聖菜は言いたい事だけを言うと飲み物が入ったペットボトルを冷蔵庫から取り出し、リビングを出て行こうとする。

「聖菜! いい加減に何か食べないと。あなた本当に酷い顔色してるのよ。聖菜! 待ちなさい! まだ話は終わってないのよ」

 母親の制止を聞かず、聖菜は早々にリビングのドアを閉め、自分の部屋に閉じ籠った。そして、家族が寝静まるのを待ってから、聖菜は出掛けて行った。

 

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