偶像崇拝(アイドル活動)始めました!
風
第1話
──とある下町の一角、古びた一軒家。
表向きは「芸能事務所」を名乗っているが、実際のところは小さな神々のシェアハウスである。
居間のちゃぶ台には、ポテチの袋と炭酸飲料が散乱していた。その中央に鎮座するのは三柱の女神。
とはいえ、誰もが想像するような威厳ある姿ではなく、ジャージ姿に髪をまとめた、どこにでもいそうな若い娘である。
「見よ、この光輝く舞台を!」
道祖神がリモコンを握りしめ、テレビの画面を指差した。そこにはキラキラとライトに照らされ、笑顔を振りまく現代アイドルたちが映っている。
「……なんだ、ただの歌と踊りではないか」
現人神は腕を組み、首を傾げる。彼女の声音にはまだ懐疑が滲んでいる。
「ただの歌と踊りじゃないのよ!」
神柱が身を乗り出す。
「見て、この注目、この歓声、この崇拝! 信仰と何が違うっていうの?」
三人の間に、一瞬沈黙が落ちた。
──信仰。
忘れ去られ、祀られず、近代化とともに力を失って久しい自分たちにとって、それは喉から手が出るほど欲しいものだった。
「……まさか」
道祖神の目がぎらりと光る。
「アイドルというのは、我らにとっての……天職?」
「いやいや待て、それは俗世にすぎぬのでは……」と現人神は一応の反論を試みたものの、画面の中でキラキラ輝くアイドルの笑顔と、それに応える観客の熱狂を見た瞬間、心の中で何かが揺らいだのを自覚していた。
「やるしかないでしょ!」
神柱が拳を握りしめる。
「だって私たち、注目されなきゃ消えちゃうんだもん!」
三柱の視線が交錯する。次の瞬間、ちゃぶ台の上に手が重なった。
「「「偶像崇拝、始めます!」」」
──こうして、世界でいちばん小さな神々による、世界でいちばん大きな挑戦が幕を開けたのである。
―――
翌日、居間は即席のレッスン場と化していた。
「まずは基礎からよ!」と神柱がスマホで検索したアイドル練習メニューを読み上げる。
「発声練習、腹筋、柔軟、それからダンス!」
「ふむ……神楽の舞で鍛えた我の力を見せるとしよう!」
道祖神が胸を張った──その直後、盛大に足をもつれさせてちゃぶ台に突っ込んだ。
「ぎゃあああ! ポテチがぁ!」
「……古式舞踊と現代ダンスは違うのだな」
現人神は冷静に結論を下しつつ、音程チェックアプリに挑む。が、歌声を発した瞬間、画面が真っ赤に点滅した。
『音痴警報』
「なんだこの不敬な判定は!」
一方の神柱はノリノリでダンス動画を真似ていたが、動きが激しすぎて天井の電球を粉砕してしまう。
「きゃっ……! あ、あれ? でも私、なんか一番それっぽくない?」
「それっぽいが破壊力が強すぎる!」
隣近所から苦情が来るのも時間の問題だった。
だが三柱は止まらない。
笑い、転び、歌い損ない、何度もやり直しながらも、彼女たちの瞳にはかつての信仰の光に似た輝きが戻りつつあった。
「──うん、悪くない!」
息を切らしながらも、神柱が笑顔を見せる。
「やっぱり神も努力する時代なのよ!」
―――
数日後、彼女たちは“人生初のオーディション”に挑むこととなった。場所は都心の小さなスタジオ。受付に並ぶのはキラキラした衣装に身を包んだ少女たち。
「……浮いてない?」と現人神。
「ジャージだからね」と道祖神。
「まあまあ! 内なる輝きで勝負よ!」と神柱は胸を張る。
審査員たちの前に立ち、いざパフォーマンス開始──。
「せーの!」
……結果は大惨事だった。
道祖神は開始三秒で足を滑らせ、前転。
現人神の歌声はマイクをビリビリ震わせ、機材を壊すレベル。
神柱のダンスは派手すぎてカメラマンを吹っ飛ばした。
「ちょ、ちょっと待って! 舞台破壊する気!?」
スタジオは阿鼻叫喚。
審査員たちは頭を抱え、他の参加者たちはぽかんと口を開けていた。
それでも三柱は必死に最後までやりきった。
決めポーズをした瞬間──。
「……はい、ありがとうございました。次の方どうぞ」
乾いた拍手と共に、速やかに退出を促される三人。
「…………」
帰り道、しんとした空気が流れる。
だが、やがて神柱が口を開いた。
「……なんかさ、悔しいけど、楽しかったよね?」
「うむ。信仰には程遠いが、確かに胸が熱くなった」 道祖神が頷く。
「……まあ、次はもう少し機材を壊さぬように努力すべきだな」 現人神がぼそりと呟いた。
三柱は思わず顔を見合わせ、同時に笑い出す。
「よし! 次のオーディションこそは、ちゃんと受かってみせるんだから!」
―――
数日後。
三柱は“オーディション”という場が自分たちに向かないことを痛感していた。
派手に失敗して追い出されたのだ。
だがそこで落ち込むような神々ではない。
「……考えたんだけどさ」
神柱がちゃぶ台に肘をつき、にやりと笑う。
「オーディションなんて受けなくても、私たちで始めればいいんじゃない?」
「始める?」
「そう! セルフプロデュース! 地元の商店街でご当地アイドルとして活動して、じわじわ信仰を集めるの!」
「……ご当地……アイドル?」
現人神は眉をひそめたが、すぐに思い浮かんだ光景に頷いた。
人々の笑顔、集まる注目、そして信仰。
「うむ、悪くない!」
道祖神が拳を打ち鳴らす。
「神は道を拓くもの。我らがまずは地元の道を盛り上げるのだ!」
こうして、寂れた商店街を舞台にした“三柱セルフプロデュースご当地アイドル計画”が始動するのだった。
―――
そして迎えた初ライブ当日。
舞台は商店街の真ん中にある広場。
折り畳み式のステージ、手書きポスター、手作りのチラシ。
すべてが手探りの準備だった。
「……客席、すかすかじゃない?」と現人神。
観客は十数人ほど。
しかも半数以上は近所のおじいちゃんおばあちゃんで、買い物袋を下げたまま腰を下ろしているだけだ。
「よ、よし! 数より熱意よ!」
神柱が気合を入れる。
「おじいちゃんおばあちゃんでも、拍手してくれたら立派な信仰ゲットだから!」
「ならば全力でいくしかあるまい!」 道祖神は胸を叩き、声を張り上げる。
音響も手作り、マイクは中古品でハウリングが鳴り響く。
それでも三柱は歌い、踊り、笑顔を振りまいた。
動きはぎこちなく、歌は音程が外れがち。
だが真剣さだけは伝わっていた。
「……あら、なんだか可愛いじゃないの」
前列のおばあちゃんが小さく笑い、手を叩いた。
それにつられて、数人の観客もぽつぽつと拍手を始める。
「おお……! 信仰の気配が!」道祖神の目が輝く。
「まだまだこれからだよ!」神柱が叫ぶ。
「私たちの“偶像崇拝”、ここから広げてみせるんだから!」
こうして、商店街の片隅で三柱の挑戦は小さな一歩を踏み出したのだった。
―――
ライブをきっかけに、商店街の人々との交流が増えていった。
「お嬢ちゃんたち、次もやるんだろ? うちの八百屋の前をステージに使っていいよ!」
「衣装なら布地を安く分けてあげるよ。若い子が頑張るのは応援したいからねぇ」
「商店街の福引イベントに出てくれないかい? 盛り上げ役にちょうどいい!」
おじいちゃんおばあちゃんたちの応援は、派手ではないが温かかった。観客は少なくとも、彼らの真心が小さな神々の力を少しずつ回復させていく。
「……なんだか、信仰ってこういう形でも集まるんだな」 現人神がぽつりと呟く。
「うむ、確かに。参拝客こそ来ぬが、笑顔を向けられるのは心地よいものだ」 道祖神がしみじみと頷く。
「でしょ? だから言ったじゃない!」
神柱は胸を張る。
「小さくてもいいの。私たちがここで輝けば、きっと道は開けるんだから!」
商店街の片隅に、今日も三柱の歌声が響いていた。
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