20,総音研との初対面
放課後の部室前。
ドアの前に立った二宮美羽と四ノ宮澪は、互いに顔を見合わせて一拍置いた。
「……澪ちゃん、ノックした方がいいかな」
「そうだね。初めて入るんだし」
澪が小声で返し、美羽がコンコンと軽くドアを叩く。
「はーい!」
中から元気な声が返り、すぐにドアが開いた。
顔を出したのはアコギを抱えた三ヶ尻弥生。
「わぁ、新入生かな! いらっしゃーい!」
勢いよく迎え入れられ、美羽と澪はそのまま部室へ。
――中は楽器と機材でいっぱいだった。
壁際にアンプが並び、机の上にはケーブルやマイク。
奥には八神先輩がケーブルの山と格闘している。
部屋の真ん中では、六条亮がエフェクターボードを調整し、五十嵐律はノートPCを開いて何か入力していた。
瀬川彩月は丸いガンクを膝に置いて、静かに叩いて音を確かめている。
「わ、すごい……!」
美羽が思わず声を漏らす。マイクがいくつも立てかけられているのを見て、瞳がきらりと光った。
「見たことない型番ばっか……。もしかして、コンデンサもあるんですか?」
「うん、あるよ」
五十嵐が画面から目を離さず答える。
「ただし使い方を誤ると、ノイズの海に沈むからね」
「ノイズ……!」
美羽は逆にテンションが上がっている。
“海”と言われて、嬉々として飛び込むタイプだ。
一方、澪はスマホに小さなコンデンサマイクを取り付けて、部屋の環境音をそっと録音していた。
「ケーブルの擦れる音、残しておこう。部室の“呼吸”だから」
「録音!? 澪ちゃん今!?」
美羽が慌てる。
「だって初めて来た音は、一回しかないから」
その真剣な声に、六条がちらっと顔を上げる。
「……へえ。悪くないな。音は一度きり。録れなかったら二度と帰ってこない」
「ですよね!」
澪がぱっと笑う。
言葉の刃が重なる角度が、すでに“バンド”っぽい。
「新入生、面白いね」
弥生が二人を見回してにっこりする。
「自己紹介してもらっていい?」
美羽が少し前に出て、マイクを一本抱えるようにして頭を下げる。
「二宮美羽です。1年です。……えっと、マイクが大好きです。夢は、マイクに囲まれて暮らすことです!」
「夢がピンポイント!」
弥生が笑い、六条が「変態寄りだな」とぼそっと呟く。
「マイクは人格です。一本一本違う声を持ってるんです!」
「熱量すごっ」
続いて澪が前に出る。
「四ノ宮澪、1年です。趣味は環境音の録音。……ゆくゆくは、録った音を混ぜて“景色を持つ曲”を作りたいです」
「景色を持つ曲……」
五十嵐が興味深そうにノートにメモを取る。
「いいじゃん」
六条が口角をわずかに上げる。
「その音、いつか俺の歪みに混ぜろ」
「はいっ!」
澪の返事は即答だった。
迷いのない“はい”は、音を前に押す。
そんなやり取りを見ていた彩月が、ガンクを指でなぞりながら微笑む。
「倍音……二人の声、重ねたらどんな色が出るんだろう。じゅる……り」
「出たよ!」
弥生が即座に突っ込む。
「最後の“じゅるり”が余計なの!」
「半分は詩。半分は欲望」
彩月は涼しい顔で返す。
部室の“普通”が、初日から開示される。
わいわいしているそのとき。
「……楽しいですねー」
柔らかな声が、不意に背後から降ってきた。
「うわあっ!!!」
全員が一斉に飛び上がる。振り返れば、いつの間にか神前れい子先生が立っていた。
ミント色のカーディガン、にこにこ笑顔、背中には赤いPRSのギグバッグ。
「先生! ノックとかしてくださいよ!」
弥生が叫ぶ。
「しましたよー。心の中で」
「心じゃ聞こえないです!」
れい子先生はにっこりしたまま、美羽と澪を見た。
「新しい仲間ですねー。楽しみですねー」
その言葉に、二人の胸は高鳴った。
部室の密度が、少しだけ増えた気がした。
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