08|商談

 魔王は悠々と玉座に腰かけ、うっすらと笑みを浮かべていた。いかにも余裕の表情という感じだ。ただそんなことよりもまずそのサイズ感に圧倒された。身長が4、5メートルほどはある筋骨隆々のグレーの肉体。背中に広がる翼。鋭い爪。黒光りする2つの立派な角。鋭く光る鳶色の瞳。もし彼が何者か知らなかったとしても、魔王だろうとすぐに理解できるだろう。全身から、仕草や表情の機微から、彼が何者かを示す風格が伝わってくる。


 彼が魔素まそを放っているというのもわかる。防御壁バリアが反応してチリチリと音を立てている。


「ここまで辿りつく人間か。面白いな。歓迎しよう。まあ、帰れるとは思わぬがな」


 おそらく反射的にだろうが、すかさずアレンの手が腰の剣に伸びたのが横目で見えたため、私は一歩前に出た。この旅路でずっと役立たずだった私が働ける唯一の場所なのだから。


「お初にお目にかかります! 私、国王の名代みょうだいとして参りました、転生者カオルと申します。本日は魔王ヴァルゼリオス様に、我々人間とおん……魔王様はじめとする魔族の皆様とwin-winの関係になれるプランをご提案するために参りました」

「お……ん? ……うぃん……?」


 この場では転生者であることをわざわざ言う必然性はないのだが、「転生者は珍しいから話の掴みにもネタにもなる、自己紹介のときは言っておけ」というジョーの教えがすっかり身に沁みついていた。


 あと、相手が企業なら御社だが、この場合なんて言うのが正解なのだろうか? よくわからないため途中適当に誤魔化してしまった。それと、魔王の名前は事前に聞いていたのだが、ちょっと発音しにくい。噛まないように注意したいところだ。


 当たり前だが、魔王はおそらく我々が剣や杖で技を繰り出し襲い掛かってくることを想定していたはず。そこでスキル無しの私が武器ではなく紙を持って語り始めたわけで、魔王が明らかに戸惑った顔をしている。その顔を見たラルフが後ろでちょっと笑っているのもわかったが、構っている余裕はないためスルーする。


「あくまで私共の推測にはなりますが、現在魔族の皆様は食料物資の不足に悩まれているのではないでしょうか? 魔族の人口が増加傾向にある一方で、物資調達手段が限られ、結果的に人間のものを奪う回数が増えていますよね」


 人間の総数は人口で良いとして、魔族の総数は魔口まこうとでも言った方が良かっただろうか。言いなれないし聞きなれなさすぎて正解がわからない。ここは勢いで押し切る。


「しかしそのせいで、人間によるモンスター討伐数も前年比2.2倍に増えています。ちなみに人間側の人的・物的被害も1.7倍ですので、お互いが被害拡大、デメリットが生じている状態です」

「…………」


 開きかけた口を閉じて魔王が黙っているのは、一応真面目に聞いてくれているのだろうか。


「そこで今回は、お互いのメリットを伸ばせるプランをご提案させていただければと思います!」


 紙をめくる手にも力が入る。城の中はひんやりしているのだが、私の首筋には汗が伝っている。元の世界でパワハラ上司に詰められていたときでも、ここまで真剣にプレゼンしたことはなかった。


「まず我々からは、食糧物資を支援します。その代わりと言ってはなんですが、魔族の皆様からは等価となるジェムの供給をお願いしたいです。こうすることにより、お互いに無駄な被害を出さず、必要な資源を補完し合い、発展していくことが可能となります!」

「……ほう」


 初めて魔王が反応してくれた。今までのどのクライアントの反応よりも嬉しいかもしれない。


「こちらとしては、初月は穀物を中心として4000トンほど供給可能です。詳しい内訳は後ほど別紙をご参照ください。なおこれは人間の場合、人口44万人の1ヶ月分相当となります」


 ちなみに人口44万人は元の世界の規模感に照らし合わせると、神奈川県で2番目に人口が多い藤沢市の人口に匹敵する。これだけの人数を賄うというのだから、結構な大盤振る舞いだ。このあたりは農林水産を担当する大臣と国王の間でかなり激しい口論の末に確約された。


「魔族の皆様としては、ジェム4000kgを供給いただければと思います、が、いかがでしょうか」


 ここまで一気に喋ったため、魔王の顔色をうかがう。細かいスケジュールや手続きのフローの説明はいったん後回しだ。


 魔王は無表情だった。じっと私のことを見つめている。心情が読めない。彼らにとってメリットのある話のはずではあるのだが、量はあくまで人間側で観測できた範囲の推定値。外している可能性がある。みみっちい話をしにきた小賢しいやつだとでも思われただろうか。


 背後の4人も固唾を飲んでいたが、この張り詰めた空気感を壊したのは魔王の方だった。小さな声だが笑いが漏れてきたと思ったら、すぐに大笑いに変わった。


「ハッハッハ。ここまでわざわざ来る人間はどんな者だろうかと、何度も想像したことがあるが、貴様はそのどれとも違った。面白いやつだ」

「……恐れ入ります」

「貴様の言うことは間違ってはいない。確かに、我々は食い物を求めて人を襲う。人と比べて知能は低いが力がある者が多いぶん、自らはぐくむむよりも力ずくで奪う方が楽だからな」

「では、ご提案内容はニーズに合って……そちらの求めるものとは合っているということですね」

「ああ。ただ、もう少し量が欲しい」

「……と言いますと、どれくらいでしょう」

「そうだな、5000トンでどうだ」

「…………少々お待ちください」


 脳内のソロバンが過去最速で弾かれていく。先ほど私は国王の名代みょうだい、つまり代理人と名乗ったが、このように名乗れるだけの重みが私の肩に乗っている。こちらから提示した条件で通らなかった場合、ある程度の調整は私に一任されている。チャットも電話もないため、国王の承認をいちいち取ることはできないし、持ち帰って2回目の提案ができるかも怪しいという現実的な問題もあり、この場限りで契約内容の決定権が委任されたのだ。


「……まず4300ではどうでしょうか。こちらにも稼働できる労働力に限界があります。調整するための猶予をいただければと」

「4700だな。労働力か……人間は非力だからな」

「ええ、魔族の皆様と比べると、人間ひとりあたりの労働力には限りがあるのです」

「知っている。では、労働力が増えればもっと生産できるのだな? では、モンスターを少し貸してやろう」

「え?」


 思ってもいなかった提案がきた。というか魔王側からの提案が来るとは思っていなかった。


「何も言わねばモンスターは人を襲うが、わしが襲うなと固く禁じれば決して襲わぬし、この者の言うことを聞けと言っておけば従う。そして人よりずっと力がある。労働力になるだろう。畑を耕すのならばオークあたりでどうだ? いくらでも貸すぞ」

「なるほど……。それは魅力的なお話です。ただ、人間は皆モンスターを恐れています。いきなり助けになると言っても耳を貸さないでしょう。まず王宮で直接管理下に置いている農作地で実験的に運用し、国民に安心感を示す必要があり、それから徐々に規模を拡大できればと思います。つきましては、初月は4500でいかがでしょうか」

「……ククッ、良いだろう。カオルと言ったな? 貴様の顔に免じて、それで認めよう」

「ありがとうございます!」


 一歩前進だ。私がここに来た意味があった。


「この場で契約書にサインしていただいても良いでしょうか」

「構わぬ」


 用意した紙はA4だったのだが、魔王の図体と比べるとメモ帳サイズに見える。壁に貼るポスターくらいのサイズの紙で用意すべきだっただろうかとも思ったが、魔王はその爪が目立つデカい手で器用にペンを持ってサインしてくれた。


「人が求むのはジェムだったな。スライムと、ホーンボアと、あとブッシュグランドラビットならば狩りやすいだろう。スライムはともかく残りは肉も食えるしな。弱体化して野に放っておくから勝手に狩れば良い」

「ありがとうございます……が、狩って良いのですか?」

「ジェムは肉体が死なぬと生成されぬ。勝手に狩っておけ」

「その……こちらとしては肉も得られますし良いのですが、魔族として同胞を殺されるのは……」

「気にせぬ。人は何故か『魔族』と呼んで一括りにするが、彼らには特に皆をまとめた自称はない。スライムはスライム、オークはオークで、互いの仲間意識はないし、必要とあれば殺して食うこともある。人が豚や羊を家畜にするのと同じだ」

「なるほど……ではお言葉に甘えて」


 魔族……と呼ぶのが正しいのかもよくわからないが、彼らが気にしないと言うならば甘えよう。今後の最重要取引先のことをもっと学ばねばならない。

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