龍の子~コミュ障、異世界にて龍になる。そして彼は、絆を知る

雀チュンチュン

一章 紅龍の覚醒 編

第1話 コミュ障、異世界に行く

 季節は夏。

 頭上に上った太陽の日差しがアスファルトを焦がす下、一人の男が哀切を漂わせながら歩いていた。


「もう死んでしまいたい」


 そう呟いた男の言葉が嘘偽りの無い本心である事は、誰であろうともハッキリと理解できたに違いない。

 実際口からつい漏れたこの言葉が、今の男の心の内を表すものであることは間違い無かった。



 この男。八田朔太はちたさくたという人物をあえて一言で表すのなら、コミュ障という言葉が最も適切であるだろう。

 コミュニティ障がいとは、主に対話スキルに問題のある人物を指す意味として広く使われるが、彼の場合はそもそも人と会話することが出来ないタイプのコミュ障であった。

 そのコミュ障レベルは非常に高く、小中高と学校に通う中で出来た友達の数はゼロ。

 辛うじて会話のしたことがある人物でさえも、一桁の位で足りるといった悲惨なものであった。

 いっそ病的なまでに対人、対話で緊張をしてしまう性格。

 それは学生時代では根暗な陰キャという烙印を押されるのに十分すぎる理由だった。

 そんな彼の性質は社会に出てからも当然変わる事は無かった。

 何とか就職出来た職場でもすぐに空気と化し、唯一話しかけてくる上司からは叱責される毎日を送ることになる。

 我慢ばかりの日々にも遂に限界がきて、半ば周囲の合意の上で静かに辞表を出してきたのが、今日の昼のことであった。


「俺だって──」


 しかし自他共に認めるコミュ障である朔太だが、決して人と仲良くなる事を毛嫌いしている訳では無い。

 むしろその逆で、自分から仲良くなろうと様々な努力をしてきたのだ。

 例えば、テストに消しゴムを忘れた女子の机にコッソリと自分の消しゴムを置いたり。

 例えば、クラスの中で好きな本を敢えてブックカバーを付けずに読んだり。

 果ては人と仲良くなる方法を真剣にネットで勉強していた時さえあった。

 けれどもどんな努力をしても、結局会話になった途端に朔太の口は流暢には動かず、言葉を発そうとするほど鉛のように硬くなるばかりであった。

 いっそ人嫌いな性格であったならどれだけ楽だろうかと、そう考えた回数は一度や二度ではない。


「友達を作りたかった──」


 皆が当たり前のようにしている事が何故これ程までに難しいのか。

 唯一の救いがあるとすれば彼がブサイクでは無かった事だろう。

 仮にこれで見た目すらも悪ければ、恐らくいじめの対象にでもなっていたに違いない。


「恋人だって作ってみたかった──」


 朔太の口から出る言葉がまだまだ若い年齢であるにも関わらず過去形になってしまうのは、本人が既に諦めてしまっている事の証明であった。


「俺だって……俺だって……俺だって俺だって俺だって俺だって俺だって…………」


 この役立たずの口は、独り言では随分と良く動く。

 この皮肉を笑える余裕など、とうの昔に無くしてしまった。


「誰かの役に立ちたかった──」


 口に出してしまえば虚しさだけが残った。

 誰とも関わりを持てない、誰からも必要とされない、そんな事実がどうしようもないほどに辛かった。

 実際今日朔太が辞表を出す際にも、止める人間はおろか、話を聞いてくれる人すら一人もいなかった。

 それもこれも自分の性質のせいであることを考えれば、虚しさしかない。


「誰かの役に立ってるよ」


 だがそんな誰に向けたでも無い独り言に、耳元から返答が返ってきた。


「え?」


 驚いて周囲を見るが、自分の近くには誰もいない。

 ここで自分が思ったよりも大きな声で独り言を言っていた事実に気づいて、とっくに手遅れな羞恥心に赤面する。


「こっちこっち」


 そんなこちらの事情など全く関係ないとばかりに再び声がかけられる。

 それもやはり耳元、自分のすぐ真横から。

 声のする方向──ゆっくりと後ろを振り向くようにして首を回すと……自分の肩に人が乗っていた。

 いや、それを人と形容するのは明らかに正しく無い。

 人の肩に乗っかって足をブラブラとさせられる程の大きさしかなく、その小さな身体にしては大きな翼が生えている。

 その姿を見ても人だと思える感性を、朔太は持ち合わせていない。

 しいて言うのならば妖精?だろうか。

 怪奇すぎる現実に呆気に取られていると、鳥を思わせるような大きな羽を動かし、その妖精(?)が飛び立つ。

 ばさりと音がした気がした。


「不思議そうな顔だね」


 そうして明らかに物理法則を無視した動きで朔太の顔の前に浮かぶと、妖精(?)は止まった。

 もう羽を動かしてはいないが、落ちる様子はない。


「辛そうな顔もしてる」


 朔太の事を慈愛に満ちたような顔で見つめるその姿は十二歳程の少女に見える。

 輝くような金の髪を片方の肩に流し、細く白い手でくるくると髪をいじっている。

 妖精というよりかは天使に近いかもしれないと思った。


「生きるのが嫌なの?」


 何か答えなければ。

 そう思うのだが、やはりここでも朔太の口は上手く動いてくれない。

 あり得ない事態に理解が追い付いていないのもあるだろう。


「え、あ、その……綺麗……です」


 だから色々口どもった後にでたのは、そんな率直な感想だった。

 小さな(物理的にも年齢的にも)女の子にいきなり言う言葉では無いと自分でも思ったが、言った言葉は戻せない。


「アハッ、アハハッ」


 少女は一瞬呆気に取られた表情をしたが、すぐに可笑しくてたまらないといった様子で笑いだす。


「やっぱり最高だねーお兄さん。うん、やっぱり勿体ないよ」


 ひとしきり笑った後、目尻に溜まった涙を拭い、少女はそんな事を言い出す。

 「最高」なんて朔太の記憶では言われたことのない言葉だった。


「輪廻変生」


 少女が手をまっすぐ前に突き出す。

 すると空間が揺れるのが分かった。

 まるで地震が起こり、地面だけでなく、空気そのものを揺らがしているかのような感覚。

 何かとんでもない事が起ころうとしている、それだけは確かであると直感で確信した。


「安心して大丈夫だよ」


「何が……」

 

 この状況の何が大丈夫なんだと聞こうとしたが、揺れがさらに強くなりそれどころでは無くなる。

 空間にひび割れたガラスのような亀裂が入り、まるで自分が2Dの世界にいるかのような感覚に襲われた。


「お兄さんはただ好きなように生きればいいよ、そうすればきっと皆から必要とされる」

 

 次第に空間は完全にひび割れ、あらわれた無の世界で意識さえも遠のく。


「だから頑張って、私を助けたみたいに──」


 完全に意識が無くなる直前に聞こえた言葉には、全く身に覚えがなかった





──────


面白かったらフォロー、評価頂けたら嬉しいです。

感想はモチベ上がります。酷評でも待ってます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る