第九話 武器訓練
訓練生の嘲る視線を背中に受けつつ、僕は振り返らずに踵を返して蔵を後にした。四班が使用する訓練場へ戻る道すがら、隣を歩く舞さんに言葉をかける。
「舞さん、色々物色してたけど結局槍を選んだんだね」
「ええ、実は実家が道場を営んでいてね。子供の頃から一番馴染みがあるの。どうかな、似合う?」
歩みを止めて、その場で槍を華麗に回転させて美しい穂先が視線を引く。。華やかな容姿と相まって、まるで巴御前の再来と思わせる凛々しさ。その姿はまさに一幅の絵のようだった。
「道理で。初日の訓練から、その立ち回りや姿勢が違った。何かしらの武術の素養があるはずだと思っていたよ」
脳裏に焼き付いた彼女の軽やかな動きを思い出しながら感想を呟く。
それにしても、舞さんの実家の道場か……きっと彼女の性格から両親や門下生にも慕われているんだろうなと勝手に連想する。
「ふふ、ありがと」
それを聞いた彼女は照れたように笑い。槍を空に一閃させ、僕を見つめる。宝石の様に輝く黒い瞳に吸い込まれそうだ。
「まぁ~、一応利点が多い武器を選んだけど塔の加護によっては全く異なる武器を使うかもしれないけどね!」
おちゃらけた風に笑う彼女の言葉に肯定の意味を込めてうなずく。確かに塔から授かる加護によって武器の適正はがらりと変化する。
「そうだね。でも、加護を得る前に訓練場を卒業しなきゃね」
「ふふっ是が非でも筆記、実技試験を突破して許可状を貰わないとね!」
そんな会話を交わし気付けば第四班が使う練習場へ戻って来た。稽古用とは言え、初めて手にする武器に心が波立ち興奮する訓練生たち、特に男子の様子はそわそわ猛火で炙りたてるような感情の熱量。
「四班集合!」
蔵の入り口を施錠して広場に戻ってきた教官の号令に一同集まる。横二列に並んだ訓練生を端から端まで見渡し、口が開いた。
「無事に武器を選び終えたようですね。明日から、いよいよ武器を使った本格的な鍛錬に入ります。武器の持ち方、素振り、基本の構え、足の運び方、回避のコツ…これらは塔の階層で生き延びるための基本です。心して取り組みなさい」
「「「はい‼」」」
いつになく真剣な表情で語る教官に表情を引き締め、姿勢を正した皆の返事が広場に響く。そんな僕たちをしばらく見つめた桜木教官は小さく頷く。
「では、互いの武器が触れ合わない間隔を取って。今日は武器の種類を問わず、すべての基本中の基本となる『構え』から始めます。正しい持ち方と姿勢を覚えなければ、攻撃も防御も成り立ちません」
そう説明した教官の指導が開始された。僕たちはそれぞれの武器を手に、教官の指示に従いながら練習を始めた。舞さんは槍を構え、その優雅な動きで基礎練習を行っていた。その美しく舞う蝶の姿に目線が動きそうだが、気合で目の前に集中する。
僕も六尺棒を両手で握り込み頭上へ持ち上げる。重さと平衡を手の平に感じて――一気に振り落とす。風切り音が耳を打ち、空気を切り裂いた感覚と共に心地よい手応えを感じる。突き、薙ぎ払い、振り下ろしを反復する。
「純君、腕に力が入り過ぎよ。もっと足に集中して体全体を動くことを意識してみて」
傍で僕の動きを観察していた舞さんの手厳しい助言を参考にして再び六尺棒を構えた。
桜木教官も時折見回りながら、素振りを行う各訓練生に指導を伝えていた。基礎をしっかりと習得ことが、これからの試練において重要であると何度も強調した。
素振りの時間はほんの一時間程度だったが、僕たちは汗だくになり、疲労困憊の様子で地面に座り込み、肩で息をしていた。
訓練生たちは教官の指示に従いながら武器の扱いを学んでいったが、中には武器に振り回される者もおり、基礎練習は難航していた。慣れない筋肉の使い方、一歩間違えば他人を傷つけかねない精神的な疲れ、いつも以上に体を酷使する。
半面、手にした武器を初日で使いこなす訓練生もいた。舞さんは当然ながら、根川も刀の扱い方をすぐに会得した。天性の才能を感じさせる動き…悔しくないと言ったら嘘になる。
「ご苦労!稽古武器を蔵に仕舞って今日の訓練は終わりです。五分間の小休憩を与えます、体力が回復した者から行きなさい。では、解散前に一つ助言を…技の型を学ぶにはまだまだ道のりは長いですが、図書室には各武器の技の型が示された書物が保管されています。もし学びたいなら、時間があるときに是非訪れて自分に合った武器の使い方や技の習得に努めてください。解散!」
桜木教官が締め挨拶を言い残し、蔵の施錠を行うため訓練場を去っていった。残された僕たちも疲労困憊で地面に座り込む者が多くいた。僕は舞さんに一言断りを入れて、水分補給のため水飲み場に足を向けた。
蛇口を捻り、勢いよく流れる水に頭を突っ込み一気に冷やす。火照った体が徐々に落ち着きを取り戻していく。
「あぁ~きっつい!」
「(この塔に挑むと決めてから覚悟はしていたけど……実際に武器を手にすると想像以上の重圧を感じるぞ)」
訓練とはいえ大怪我も有り得る。…根も葉もある恐怖心と不安感が波のように押し寄せる。
僕は自分の心を静めるように、顔を洗い、手拭いで水気を拭き取った。一息ついたところで蔵へ視線を向けると、武器を仕舞いに行く訓練生たちが続々と蔵へ向かう姿が見えた。
「お待たせ舞さん!僕たちも行こうか?」
「ええ」
待っていた彼女に声を掛け僕たちも武器を収納した。
「純君、これからどうする?明日の午前授業まで自由時間だけど」
舞さんの問いかけに、僕は一瞬視線を落としてから答えた。
「夕暮れまで図書室にこもろうかな。教官が言ってたんだ、六尺棒の杖術は書物で調べないとわからないって。少しでも役立つ知識を増やしておきたいから」
舞さんは微笑みながら「勉強熱心だね。私も一緒に行っていい?」と尋ねた。
「勿論、一緒に行こう」
笑顔で応じた僕は、一緒に目的地へ足を運ぶことにした。
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