世界の中心、花咲く神の塔 (改訂版)
名無しの戦士
プロローグ
…ここは夢の中だろうか?目の前の光景が現実なのかはっきりと断定が出来ない。
暗闇の空間で身動きが封じられた僕は自問自答を繰り返す。確か…家族に内緒で最近ハマっている
声を発しようと喉を震わせるけど、口から言葉が出てこない。踏ん張って四肢をバタバタ動かすが一向にその感覚が無い、虚無感が広がっていく。暗闇の空間をじっと動かずに待つ事しかできない。これが夢であることを強く願いながら。
「(光?)」
…暗闇の中で時間の感覚を失い、どれくらい経ったのか分からない。突如、僕から五米程離れた暗闇の一部が、カチッと照明の釦を押す音と共に天井部分(?)から五燭光の電球が点灯した。さほど明るくはないけど、救いの光のお陰で目を細く凝らして室内を把握できる。
記憶の奥底まで探っても見覚えのない薄闇に染まった部屋、電球の下を良く見ると電気を点けるスイッチが埋め込まれた壁を照らしている。もしかしてあそこまで行って電気を点けてこいって…?
しかし、僕の体はまるで金縛りにあった如くいくら藻掻いても手足、指一本すら自由に動かせない。それどころか頭が固定されているのか一粍も動かせない。僕は棺桶に入れられた死人さながら、無様に口らしき部位を開けながら壁のスイッチをただ眺めるだけ……。
「(っあ、手だ)」
その時ある異変が起こった。濃い影から白く、華奢な腕がスイッチへ伸びていき、釦を押した。
室内全体が明るく照らされた瞬間、瞳を覆う眩しさに思わず目を閉じた。暫くして瞼を開けた瞬間――僕は今までに感じた事のない寒気を感じて全身を小刻みに震わす。夢の中なのに妙に胸が苦しい。
まばゆい光の中心に佇む人影、ぼやけた輪郭が徐々に明確なものへ変化していく。突然、柔らかい風が頬を撫で、心地よい香りが漂ってくる。その香りは懐かしさを感じさせ、心に焼き付いた寒気を蹴散らし安らぎをもたらす。
年齢は十四歳か十五歳だろうか?幼さを残しつつも、目を惹くその美貌は数多の宝玉よりも美しい。抜けるような白い肌、唇は淡い桃色、肩まで伸びた髪は銀河を凝縮したかのように燦然と輝き、その一筋一筋が接眼レンズを覗き込んで見た夜空の星々を思わせる。その髪が風に揺れるたびに、星空の舞を傍観しているかのようだ。
硝子のように透き通った月の瞳。研磨の跡が一つもない金色の髪飾りは星を包み込んだ輝きを放っている。胸元は控えめだが、それを補って余りあるだけの魅力を備えている。
細面の整った顔立ちの真ん中にある二重の瞳はややつり上がって凜々しく、それでいてどこか揶揄うような視線を僕へと向けていた。口元を隠す白い扇はやや大ぶりで、精緻な模様の入った一級品。
桜色の洋風ドレスは柔らかい絹の素材で作られており、光を受けて優雅に輝く。桜の花びらを連想させる薄い桃色が、彼女の肌を一層引き立てている。少女の身体に優しく纏わせた羽衣は、まるで夜空の星々を織り込んだかのように空間を照らし、自ら生命を宿しているかのように自然に身体に沿って流れる。
少女の動きに合わせて、羽衣は軽やかに揺れ、彼女の一部であるかのように幻想的な輝きを放つ。
「ああぁ何たる不幸、何たる不条理、何たる…幸運な子」
一人の少女が芝居がかった所作で話し始める。言葉に秘められた森羅万象が包含した、名状しがたい真理と超越が僕の魂に突き刺さる。夢の中なのに、少女の動作一つ一つに惹きこまれる。 僕の思考は混濁し、混沌の渦へと飲み込まれていく。
大きく扇を振り上げた少女は花の蕾のような唇から言葉を発した。
「夢…?あぁ、可哀想な子。其方は現実と概念の狭間に土足で踏み込む…言わば流れ者。妾の自室に無断で立ち入るなど…相も変わらず人間とは、大胆な種よ」
……自室?少女の言葉を繰り返しながら明るくなった周囲を見渡す。壁、床、天井、あらゆる家具は黄色で統一されており、唯一の照明である電球が天井から二つ点灯している。
広さは二十畳程度だろうか。六本の柱が天井を支えている。部屋の中央から離れた位置に木製の机と椅子があり、その奥に少女の生活空間を匂わせる家具が置かれている。高級そうな寝台の上に特大のぬいぐるみが並んでいる。
何となく台に置かれた昭和ながらの黒電話が不思議と目に留まるが直ぐに興味が薄れた。次に壁掛けの
『地球PFー645ー2008年10月30日』その日付の箇所に星と十字の印が刻まれている。薄い赤色で描かれた文様は僕を見つめているようで気味が悪い。
いや、それよりも拭いきれない違和感を覚えた。
…西暦2008年?腑に落ちない日付、僕の記憶が正しければ今日は2013年8月21日の筈。そして、手前に綴られた地球ピー、エフ645の文字。違和感に満ちた変な感じ、釈然としない気持ち。でも人間の本能が僕に告げる、狂気に呑まれる前に暦から素早く目をそらせ……と。
「(この部屋はヤバい!早く夢から覚めなきゃ!)」
夢の中で額に脂汗が滲み始めた僕を見ながら少女はゆっくりと扇を閉じる。白い手袋に包まれた華奢な指を口元へ添えて妖しく微笑んだ。僕の目は彼女の美貌に釘付けになる。不思議な引力を放つその瞳に思わず生命が吸い込まれてしまいそう。僕の思考を読み取ったのか、少女は口元をさらに釣り上げる。そして、その唇を僅かに開き、言葉を――呟く。
「可哀想な子。幸運にも、精神体のままトンネル効果で障壁を超えて狭間の領域に迷い込んだ哀れな量子個体」
トンネル効果?狭間の領域?意味が分からない…ッ、もう夢なら目覚めて欲しい!全神経を集中させて夢を抜け出そうと足掻く。
僕の様子を面白可笑しく観察していた少女は、閉じた扇を僕へと向ける。そして、扇が三日月を描くと同時に、僕の思考は暗転した。視界から色が消えていき、自分が今立っているのか座っているのか分からなくなる。一瞬の浮遊感の後、確かに少女の言葉を耳にした。
「限りなく零に近い当たり紐を引いた幸運な子に免じて妾が代償なしで現世に戻しましょう。次に会えたら…そうね、愛しのパパを紹介してあげる――」
それを最後、暗闇に呑み込まれる僕の意識は煙のように薄まっていく……。
瞼越しに感じる光、その眩さに思わず目を開く。白い天井が視界に映り込み、自分が自室にいる事を確認した。布団から身体を起こし、腕をピンと伸ばす。涼しい空気が肌に触れるのがわかる。深呼吸すると、冷たい外の空気が肺の中を満たすのが分かる。最後に思いっきり息を吸い込み、酸素を体の隅々へ送り込む……まるで寝起きに行う一連の動作が体に染み込むように。
布団から抜け出して、畳に置いた目覚まし時計に目をやると針は七時十五分を指している。
「変な夢だったなぁ」
無意識に昨晩見た摩訶不思議な夢に対して独り言が零れた。夢の内容を反芻しようと試みるけど、肝心の内容が霞んでいく……。あれ?どんな夢だったけ?う~ん~まぁ何にせよ今日はとても大事な日、さっさと着替えよう――『ッコンッコン』と思った矢先に部屋の扉をこつこつ叩く音が響く。
「お兄ー、純お兄、起きて、もう朝ごはん出来てるよー?早く準備しないと遅刻しちゃうよ」
声の主は妹の美月だった。扉の向こうで立つ美月に「もう起きたからご飯食べてて!」と返答した僕は寝間着を脱ぎ、箪笥の抽斗から衣服を取り出して袖を通す。まだ半覚醒状態の頭で部屋から出た僕は、一階の洗面所へと向かう。
顔を洗って鏡に映る自分を見つめる。
「……うん、酷い寝癖」
水で濡れたままの手で髪を整えて家族が待つ居間へ向かう。
「もぐもぐもぐ…っあ、お兄、起きたんだねー。ご飯冷めない内に早く座らないとお兄の分も食べちゃうぞー」
「ほら純之介、貴方の分はこっちよ」
僕を待たないで既に食事中の美月と母さんと朝の挨拶を交わし、朝食が並ぶ机の前に腰掛ける。
本日の献立は卵焼き、お握り、味噌汁に鮭の塩焼きが置かれている。良い香りがふっと流れてきた。栄養満点の食事を見つめながら、両手を合わせて『いただきます』と静かに言う。その一言に込められた感謝の気持ちが、心の中に響き渡る広がっていく。
母さんが作った料理に感謝しながら箸でおかずを口に運ぶ。うん…今日も美味い!
朝食を堪能する僕は今年、中学二年生になった美月の会話を適当に相槌を打っておいた。二個目のお握りを頬張りながらテレビの電源を入れると丁度、情報番組が流れている頃だった。女性アナウンサーが興奮した様子でニュースの内容を述べていく。
「天塔二十五年八月二十一日、五日おきに訪れる霧晴れの儀を迎えた今朝、素晴らしい知らせが飛び込んできました!なんと!日本が誇る登塔者序列一位、白羽岳さん率いる『紅蓮の煌き』が七十五年振りに第五十五階層へ到達!仲間を一人欠けず長期遠征より帰還しました!ご覧ください、塔周辺に駆け付けた応援団による惜しみない拍手を!」
映る画面には、ボロボロの防具だけど笑顔を絶やさない白羽岳さん初め『紅蓮の煌き』の面々が笑顔で手を振っている姿が映し出され、応援団の歓声と拍手が響き渡っている。家の中にもその熱気が伝わってくる。特に眉目秀麗の白羽岳さんにベタ惚れで親衛隊会員にも登録した美月はテレビに釘付け、目を輝かせながら「やっぱ岳様凄いね!お兄!」と興奮している。僕も口元に微笑みを浮かべて頷く。
画面から視線を逸らして食事を再開する。白米を口へ運ぶ、味噌汁を啜る、飲み込む。鮭の身をほぐす……そしてお握りに齧り付く。なんとも幸せな時間だ。
盛られた皿が綺麗になった頃を見計らった美月が口を開いた。
「お兄、今日から三カ月、塔訓練施設で過ごすのでしょ?準備は大丈夫?」
「うん、衣食住は日本塔協会が用意してくれるって。持参する私物も変えの下着くらいかな」
美月からの問いに素直に答えた。去年、高校入学した記念に半分遊び感覚で受けた登塔者選別試験が不覚にも適正数値を突破した僕は今日から訓練施設に寝泊まりして、登塔者の卵である試験者たちが塔の基礎を学ぶ期間が始まる。
十六歳の誕生日も迎えて成人した僕は間もなく、生まれ育った我が家から外へ羽ばたく。
訓練中は日常生活から隔離されその間、友人、家族とも会えない。そして、訓練生が過ごす寮には外部との連絡を遮断する結界が張られて携帯も使用不可。
訓練制度を良く思わない人は牢獄より悪環境だと揶揄するが…内心僕もそう思っている。
「そっか…寂しくなるけど頑張ってね!っあ、岳様に会ったらサイン貰って。絶対だよ!」
今まで見たことない真剣な眼差しを向けてくる美月に、僕は苦笑して、空になった食器を重ねて席を立つ。最後に美月の頭をぽんっと叩いてから洗面所へ歩いて行く。歯を磨き終え、玄関に置いた鞄を背負い心配そうに見送ってくれる母さんと美月に振り返って別れと感謝の言葉を告げた。
「行ってきます!」
その言葉が長い期間親元を離れる僕への後押しとなる。
大きな玄関扉が閉まると共に扉越しに届く家族の温かい声が心に響く。
――僕の名前は
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