クラスで浮いてた孤高の銀狼系美少女に餌付けをしたらいつの間にか飼い犬みたくデレてくるようになった件

野谷 海

第1話 ぼっちtoぼっち




 ――浮いている。


 この言葉には、2種類の意味がある。


 ひとつは物理的に水面や空中に漂っている状態を指し示すもの。


 そしてもうひとつは、集団の中で他者と隔たりがあることを指す比喩として用いられる。


 俺――犬飼健太いぬかいけんたが高校3年生に進級した今年から同じクラスになった――臼井うすいウルルという人物は、まさに後者だと言えるだろう。


 美人が多いとされる我が校でも一際強く存在感を放つ長く艶めかしい銀色の髪と碧い瞳を持つ麗人。そのメリハリのある女性らしい身体つきは、制服のブレザーでは隠しきれないほどに挑発的且つ魅惑的だ。


 では何故、他校の男子からも噂されるほどの美貌の持ち主がクラスで浮いているのか。


 それは彼女がクラス替えのあった日――つまり昨日、自己紹介でとんでもない台詞を言い放ち教室の空気を冷ややかに震撼させたからだ。


「――私はこの学校で友人を作るつもりはありません。どうか私に話しかけないで下さい」


 こうして、彼女とクラスメイトの間には高く分厚い壁が築き上げられてしまった。


 このように釘を刺されてしまえば男子生徒は勿論のこと、同性の女子生徒すら怖がって近付こうとはせず、彼女に話しかけようとする物好きはとうとう現れなかった。


 小耳に挟んだクラスメイトの陰口によると、どうやら彼女は1年生の時も2年の時も同様の自己紹介をしたらしい。


 そんな彼女についたあだ名が――孤高の銀狼。


 いかにも拗らせた中高生が名付けそうなネーミングだが、言い得て妙であるのもまた事実。


 そしていつしか生徒達の間で、臼井ウルルを見てはいけない、触れてはいけない、話しかけてはいけない。さもなくば消される――などとまことしやかに囁かれるようになったのだとか。

 

 まぁかく言う俺も、他人ひとのことを心配している場合ではないのだが……


 今年こそ友達を作ろうと新学期が始まるまでは意気込んではいたものの、いざ新しいクラスに入ると緊張してしまい、結局また勇気が出せなかった。


 それに高校3年生ともなれば、たとえクラスが変わろうとも既にそれなりの人間関係が構築されてしまっている。


 よって新学期初日から1人寂しく休み時間を過ごしていたのは、俺と臼井さんだけだった。


 ひとつだけ不満があるとすれば、俺にはあだ名すらついていないということ――。


 まるで空気だとでも言わんばかりに、存在そのものが認知されていないかの如く、誰にも関心を抱かれていないのだ。


 確かに外見も能力も何もかもが平均的な俺が彼女と同等な待遇を希望するのも烏滸がましいのかもしれないが、やはりどこか寂しいと思ってしまう自分がいた。


 

 今朝目覚めてから、ずっと布団にくるまって昨日の出来事を思い返しては自己嫌悪に陥っていたが、そろそろ起きる時間だ。


「はぁ……」


 重たいため息を吐き出して、ベッドの上で少しだけ軽くなった体を起こす。


 今日も学校へ行くのが億劫ではあるが、そんなことは言っていられない。


「弁当作るか……」


 欠伸混じりに部屋を出て1階まで降りると、先に父が洗面台を占領していた。


 ヨレヨレのワイシャツに袖を通した歯磨き中の父と、鏡の中で目が合う。


「おはよ、親父」


「おはよう」


「今弁当作るから」


「毎日悪いな……」


「いいよ。好きでやってるし」


 俺は現在、サラリーマンの父とこの小さな一軒家で2人暮らし。母は俺がまだ幼い頃に病気で亡くなった。


 それから我が家の食卓は、料理などほとんどしたことのなかった父がスーパーで買ってくるお惣菜が中心となる。


 その決まりきったメニューに飽き飽きしていた俺は、中学1年生から見よう見まねで料理を覚え始め、それ以降どっぷりハマってしまった。


 動画サイトやインターネットで様々なレシピを調べては実践していくにつれて、俺にとって料理は日常であると同時に、唯一ともいえる趣味になった。


 俺がキッチンで調理を始めてすぐ、身支度を終えた父がダイニングテーブルに腰を下ろし新聞を読み始める。


 パチパチとはぜる油の中で浮かんだ鶏肉を見つめていると、背を向けたままの父が言う。


「今日も仕事で遅くなるから、夕飯は外で食べてくる。お前もたまには外食したかったら言え? 小遣いやるから」


「俺は自分で作るのが好きだからいいよ。それより新しい調理器具の方が欲しいんだけど」


 くるりと体を捻り、呆けた顔を向ける父。


「また料理道具か? 高3にもなって他に欲しいものとかはないのか?」


 ぼっちの俺は友人と遊ぶ予定もなければ、通っている高校はエスカレーター式に進む大学が決まっており、参考書等も買ったことがない。


 自分で言うのもなんだが、手のかからない子供だとつくづく思う。でも父からしてみれば、それはそれで寂しいのかもしれない。


 それに俺は、友達がいないこと以外は今の生活にそこそこ満足もしていた。

 

 料理の際に様々な手順を効率よく並行して美味しいものを作り上げていく過程は、下手なゲームよりよほど楽しいと感じていたから。


 今日も我ながら完成度の高い弁当に自画自賛し蓋を閉じて保温バッグへ詰めると、その内ひとつを父に渡す。


「これ、弁当。今日は鶏の唐揚げ」


「あぁすまん」


「朝飯のおにぎりも一緒に入れてあるから。あと夜帰ってきたら弁当箱ちゃんと水に漬けといてくれよ? 」


「あぁ――」


 新聞の活字に向けている虚ろな目。横から見ると猫背に歪んだ父の背中は、年々小さくなっているように感じる。


 これが俺にとって、いつもの朝だった。



 ***



 登校して席に着くと、小学校からエスカレーター式の学校だけあって、新学期2日目にしてクラス内のグループ構成は既に確立されていた。


 その輪の中へ高校から中途入学の俺が入り込める隙なんて、どこを探しても見当たらない。


 やっぱり俺は卒業まで、もしかすると卒業してからも、このままずっと1人なのだろうか。考えただけでゾッとする。


 昼休みになり、クラスに居辛いと感じた俺は気分を変えて中庭で昼食をとることにした。


 旧校舎と新校舎に挟まれたこの中庭には、ずらりと見事な桜並木が続いている。今の時期は満開の桜に囲まれた絶景スポットにも関わらず、人っこひとり居ないのが不思議だった。


「こんないい場所が空いてるなんてラッキーだな……」


 そこには2人がけのベンチが2つ横並びで設置されており、俺は向かって左側に腰掛けて弁当を広げる。

 

 食事を始めた直後、背後を通りかかった男子生徒のヒソヒソ話が微かに聞こえてきた。


 これは俺の持論だが……ぼっちは大抵、耳が良いのだ。


「おい見ろよ。あの人、銀狼様のナワバリで飯食ってる」

「うぉマジだ……食い殺されるんじゃね?」


 ケラケラと笑う声が遠ざかっていくと、隣のベンチに誰かが音もなく座る。


 ふと首を曲げると、そこには白く長い髪を耳にかける仕草をして佇む一人の少女。


 ――そのあまりの透明感に、思わず息を呑む。


 まるでここら一帯の酸素が根こそぎ食い尽くされてしまったかのような、酷く息苦しい感覚に苛まれた。


 これがもしRPGゲームならば、最初の街でラスボスが登場したくらいの違和感と絶望。


【孤高の銀狼――臼井ウルルがあらわれた】


 

 

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