村人Aの放浪

山崎義材

第1話

村人はその日もいつも通りの朝を迎えた。

魔王の本拠地である大陸の北から遠く離れた大陸の南端に位置する小さな村。見所もなければ特産品もない。たまに何かの間違いで旅人が通過していくがそもそも南側に用がある旅人自体が少ない。そんな小さな町の中央でもなければ端の村八分みたいな位置でもない微妙な位置にある、辛うじて立派といえなくもないログハウス。窓なんてないその寝室の硬いベッドに春の日差しが照り付ける。

村人は気だるげに起き上がり、とっておいた干し肉を食べる。

その後、何をしようかと考える。代わり映えの無い日常を打破したいとどこか漠然と考えていたが、発起に足るきっかけも得られず、いつもの通り禅問答にふける。

だが、そのいつもの考えは怪物の羽音にかき消された。魔王軍四天王のダリウスが攻めてきたのだ。四天王の中でも残虐で知られるダリウスは今まで数々の町を滅ぼしてきた。そんな多くの町と同じようにこの町も滅ぼされようとしていた。

将来は冒険者になって一攫千金でも目指すか、等と冗談めかして言っていた友達は真っ先に魔王軍に立ちはだかり呆気なく倒された。この華の無い村において絶世の美女と言われていた村娘は魔王軍にもてあそばれることもなく串刺しにされた。村人がもう少し小さい頃に使っていた隠れ家のツリーハウスはダリウスの火球によって木片へと成り果てた。ここまでされて村人は戦うことも逃げることも、隠れることすらもできずただ慟哭していた。己の運命を嘆き、立ち尽くす己を呪い、魔王軍を何よりも恨んだ。そして、この困難を自分で解決する術を諦めた。せめてこの不幸を救ってくれる救世主がいれば。だがそんなご都合展開があるはずもなかった。

そして、ダリウスが去った後には人こそ何名か残ったものの、町はボロボロになった。

当然、村人Aの家も破壊されていた。だが、彼の心は破壊されていなかった。否、彼の心はもうずっと前に朽ちていたのかもしれない。代わり映えのしない日常がもう何年も続いていた。漠然とした不安はありつつも行動に移そうとすると足がすくむもどかしさを感じつつも、結局は何も出来なかった。しかし親友も思い出も好きだった人も、全てがなくなった。村を襲った悲劇の炎は枷を吹き飛ばし村人を新たな旅へと押し出す風となったのだ。

目的は新天地を探すこと。これまたざっくりとした目標だが今は風に身を委ねてなるようになりたいのだ。

こうして、村人Aの冒険が幕を開けた。

一方その頃、勇者の冒険も幕を開けた。


どうも、村人です。俺は今森の中を歩いています。そして、暇を持て余しています。なんかかっこいい人を気取って村を飛び出してみましたが予想の二千倍ぐらい世界は広く同じような景色が永遠に広がる森に飽きが来てきました。さらに時折木々の隙間から目を光らせている魔物をよけながら進んでいかないといけないので気が抜けません。

勇者なら魔物を縦横無尽にするのかも知れないけど僕は生憎村人、一体の魔物すら満足に倒せないのです。だから、こうしてゆっくりと隣町に行くしかない。だけど…。

ゆっくり過ぎる!

全速力で駆け抜けたい!

なんなら敵を倒したい!……

なんか、思うだけで虚しくなってきました。

そもそももっと強ければ魔王軍の四天王に町を滅ぼされることも、何人もの友人を失うことも無かっただろうに。だけれど、この村人には恐ろしく武勇の才がないのです。なにせいつも憂うだけで何も行動に移してこなかったからです。しかしいくら過去を悔いても変えることは叶いません。ならば次につなげばいいのですが結局この決心もせいぜい五分ぐらいしか続きません。これが俺が村人たるゆえんかもしれません。

と、突然物音が聞こえた。振り向くと猪型の魔物が突進してきたのだ!

なんとか咄嗟に回避したが、魔物は攻撃の手(彼には足しかないが)を緩めない。これをみて俺は閃きました。魔物を引き付けてすんでのところで避ける!すると、魔物、木に引っ掛かる!そこを素手で(村人にとっては護身用の武器すら手が届かない値段なのだ)殴る。魔物に罪は無いが、これで毛皮を手にいれた。これさえあれば二、三日は食べていけるな、なんて事を思いながら村人は町に到着した。

町は村人がいた町よりも広く漁業が盛んなことで有名な港町だった。周りには羽振りがいい人もちらほら見受けられる。そして、道具屋で手にいれた毛皮を換金すると(しっかり見積り通りの額が手に入った)酒が飲めないのに何故か酒場に入った。

「おい、少年、みない顔だな余所からきたのか?」人のよさそうなスキンヘッドの男性が話しかけてきた。

「はい、そうなんです」答えた村人に、

「実はな、つい2日前にこの町に勇者様が来てよぉ、もう少し遅ければお前さんも会えたかもな」勇者。このセリフに特別な感慨を抱くことはありませんでした。この時は勇者なんか、どうでもよかったです。自分達のピンチを助けなかったからとかそんな理由じゃないと思いたいですが、実際そんな理由です。そんなことを思ったせいか、居心地の悪くなった俺はその日の内にこの町を出て新たな町へと向かいました。

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