2284年 12月 ヒノデコロニー ビル地下2階

俺たちは、義体の男が通ってきた階段を降りていた。

空気はひどく冷たく、湿った金属の匂いが鼻を刺す。

階段の奥からは、一定のリズムで低い機械音が響いている。

古い換気ファンの回転音か、それとも――別の何かか。


足元には油と埃が混ざった黒い跡が続いていた。

それは人を引きずったようにも見える。


「…地下二階、間違いないな。」

「うむ。熱源反応、十。生体反応は三つだけだ。」

「攫われた人間、ってことか。」

「そうだろうな。」


ナノが静かに階段の下をのぞき込む。

狐耳カチューシャが淡く光る。


「動いてないの。…でも、機械の反応がいっぱいするの。」

「警戒して行くぞ。音を立てるな。」


俺は小声で指示を出し、銃のセーフティを外した。

マリが頷き、二丁拳銃を構える。


階段を降りた先、薄闇の向こうに、微かな光がちらついていた。


―そこの先の部屋なの。…ちょっと待つの


ナノの通信とともに、狐耳カチューシャが再び淡く光る。


―対処完了なの。

―うむ、助かる。

―あリがとう。


俺達は扉の両側に身を寄せる。


―マキよ、お前は左側から頼む。

―了解だ。ナノ、対象にターゲットマーカーを。ダメな奴にはバツマークでも付けてくれ。

―はいなの。


扉内のターゲットマーカーには動きがない。

バツマークは少し離れた位置にまとまっていた。

ナノがカードリーダーに手のひらから伸ばしたケーブルを通す。


―準備はいい?

―うむ、いつでも

―頼む。

―行くの。三…二…一…今!


ナノの合図とともにドアが開く。


俺とマリが同時に飛び込む。


ピピピシッ!ピピピシッ!ピピピシッ!


俺はターゲットを切り替えながら、短いフルオートで胴体に三発、確実に加えていく。


ババンッ!ババンッ!


マリはは跳び込みながら二丁拳銃で二回放ち、金属と硝煙が混ざった匂いが一気に広がった。


マリの銃声に反応するように、奥の影が二つ動いた。

閃光――マズルフラッシュが視界を裂く。


「ッ!」


世界がわずかに遅くなる。

ナノマシンが反応し、視界の動きが引き伸ばされて見えた。

弾丸が空気のモヤをまとい、迫る。


俺は反射的に横へ跳ぶ。

床が弾け、破片が頬を掠めた。

着地と同時に銃を構え、引き金を絞る。


ピピピシッッ!

短いフルオートで胴体に三発。

義体の装甲が裂け、黒い液体を撒き散らしながらのけ反った。


同時に――

マリが反対側から踏み込み、二丁拳銃をクロスさせるように撃つ。


ババンッ!ババンッ!

閃光と硝煙が重なり、敵の胸部を正確に撃ち抜く。

金属音とともに義体が崩れ落ちた。


…静寂。


焦げた金属と鉄、そして硝煙の匂いが混ざる。

俺は銃口を下げ、耳の奥でまだ残響する銃声を振り払った。


「クリア。」


マリもわずかに頷き、銃口を下ろす。

ナノがセンサーを確認しながら報告した。


「動体反応なし。…敵、全滅なの!」

「俺は情報を抜いておく。マキよ、お前は生存者を頼む。」

「了解だ。」


俺はバツマークのついている、生存者へ向かう。

そこには、先ほどの映像に映っていた少女とハル少年の両親がいた。

少女はハル少年の母に膝枕され、静かに眠っている。


「あ…あなたは…マキさん!?」


ハル少年の父、シバサブ氏が驚いた様子で声を上げる。


「助けに来ました。…もう一人の方は?」

「え?私達がここに連れてこられた時には、この子だけでしたよ?他にも…?」

「そのはずなんですよね…。」


記憶を抜いてきたマリとナノがやってくる。


「マキ姉ちゃんよ、地上二階だ。そこに奴らのラボがある。」

「了解。…シバサブさん。」

「はい?」

「この一つ上の階であたしらがこの建物に入ってきた部屋があります。そこに案内しますので、少しだけそこで待っていてください。」


そう言いながら、レッグホルスターから.45口径を抜いて渡す。

ついでに予備マガジンも一つ渡しておいた。


「…わかりました。話からすると他にもいるんですね?」

「はい。」

「何もできませんが…お願いします。」


そう言うとハル少年の両親は頭を下げる。少女はまだ目覚めない。


―――

目覚めない少女を背負い、上の階へと移動する。

その姿を見て、ハル少年の両親は「力持ちだね」と驚いていた。


先頭をナノが歩き、殿をマリが務める。

入ってきた部屋の扉を開け、三名を中に隠した。


「それじゃ、あたしたちは少し上に行ってきます。ここで待っていてくださいね?」

「ああ、わかった。気を付けて。」

「気を付けてくださいね…。」


シバサブ氏と、ハル少年の母――エレナというらしい――は、再び頭を下げた。


「フフッ、任せるといい。」

「お任せなの!ハルきゅんのお父さんお母さんも、気を付けてなの!」

「なるべく早く戻ります。」


そう言い残し、俺たちは地上を目指して階段を上がっていく。

暗い階段の途中、足音だけが反響していた。


―――

階段を上がりきると、薄暗い廊下が続いていた。

天井の灯りは半分以上が死んでおり、時折ちらつく光が壁を青白く照らす。

腐食した手すりに触れると、ザラリとした感触とともに錆が手袋にこびりついた。


「…ここが、ラボのある階だな。」

「うむ、間違いない。電力がまだ生きておる。ナノ、確認を。」

「了解なの!センサー反応あり…でも、変なの。生体反応が、ひとつだけなの。」


「一つ…?」

「ふむ?他に熱源とかは?」

「人型のはないの。」

「行ってみるか。」

「うむ。」


俺はドア横のカードリーダーを指差す。

ナノがうなずき、手のひらからケーブルを伸ばした。

「準備できたの。三…二…一…今!」


――ピッ。


電子音とともにドアが開く。

中は、異様なまでに静まり返っていた。


壁際には大型のタンクが六基並び、そのうち二基は内部が黒く焦げ、一基は開放されていた。


マリが前に出て、制御盤にケーブルを接続した。


「こいつは…融合再構築実験か? フフッ、懐かしい…。」

「融合再構築?」

「フフッ、要は“ニコイチを作る”装置だ。例えば、人間と義体を素材にしたとする。で、両者を分解して混ぜ合わせて再構築する。すると、機械の中に生物機能を取り込めるかもって寸法だ。


マリは淡々と言う。

だが、その声にはどこか懐かしさと、かすかな嫌悪が混じっていた。


「だがな…あまりにも非効率すぎるし、成功率も低い。だから俺たちはそれを捨てて、“生体アンドロイド”の研究に切り替えた。つまり、俺とナノの身体だな。」


言葉が空気に沈む。

金属の匂いと、焦げた油の臭気が混ざって胸を刺した。


「お姉ちゃん、アレ!」


ナノが指さした先。

――部屋の奥、照明の下で“何か”が横たわっていた。

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