2284年 12月 本拠地 ナノの部屋

首から記憶をコピーし終わった俺たちは、ナノの部屋へ向かう。

記憶は解析用にコピーしただけで、本体はしばらくそのままにしておくという。

マリはいつもより静かで、淡々と説明しながらも――怒っていた。

…マリ、怒らさんとこ。


部屋をそっと覗くと、ナノがハル少年に抱きついて眠っていた。

どうやら、今日はちゃんと服を着ているらしい。

俺たちもそれを確認して、静かに部屋を後にした。


そして翌朝――。


その日は、悲鳴から始まった。


「きゃあああああああっ!」


その声に反射的に飛び起き、ナノの部屋へ駆け込む。


「大丈夫!?」


ドアを開けると、ハル少年がナノに組み伏せられていた。


「お姉ちゃん、服!」

「マキおねえちゃん、裸だよ!」


…忘れてた。


顔が一気に熱くなる。俺はそのままナノの部屋を飛び出した。

廊下には、すでに服をちゃんと着たマリが立っており、笑いを堪えながら服を差し出してきた。


「フフッ、ハル少年の教育に悪いぞ?」

「くっ!…何も言えねえ!」


服を着てリビングへ向かう。

少しして、ナノがハル少年の手を引いてやってきた。

ハル少年は――ナノのメイド服を着せられていた。


「よく似合ってるよ。」

「うむ、可愛いな。」

「やっぱりみんな褒めてくれるの!」


ハル少年は顔を真っ赤にして俯きながら、もじもじと答える。


「あ、あ、ありがとうございます……」


「ちょっと朝食作ってくるよ。」

「ふむ、手伝おう。」

「ナノも!」

「ナノはハルくんと遊んでて?」

「わかったの!」


マリと二人でキッチンへ向い、マリに教えながら朝食を作る。

久々に“まともな材料”でイングリッシュブレックファーストを作った。

ハル少年は夢中で食べ、ナノは少しむくれ顔。

うん、どちらも可愛い。


食後に本日の予定を話す。


「マリ、そろそろの解析が終わるんだろ?」

「うむ。あと一時間はかかるまいよ。」

「でね、ハルくん。お父さんとお母さんが見つかるまでは、うちにいるといいよ。」

「いいの?」

「うん。ただ、昼間は探しに出かけるから、詰所で待っててほしいんだ?」

「ナノおねえちゃんも?」

「フフッ、ナノは中々強いからな?」


ナノは胸を張って「なの!」と答える。

ハル少年がキラキラした顔でナノを見る。

そんな光景を見ながら、マリは紅茶を啜り微笑んだ。

穏やかな朝の光が差し込む――

つかの間の、平和な時間だった。



――――――

一時間後。

研究室では、義体の首を繋いだ端末が淡い光を放っていた。

その前で、マリが腕を組んで立つ。


「ふむ。転送先の座標は割れた。」

「おっ、さっすが!」

「フフッ、照れるな。―で、だ。問題はここからだ。」

「なんかあったのか?」

「コイツらの“人攫い”の目的だよ。」


そう言って、マリは赤いラインが明滅する首を軽くペシペシ叩いた。


「…聞きたいような、聞きたくないような。」

「まぁ、聞いておけ。―コイツら、人間の機能と見た目をしたを作ろうとしているようだ。」

「……は?」

「フフッ、時代遅れでアプローチだ。フフッ、凡人の限界よ。」

「ステルスとか転送装置とかは?」

「ソレは――から持っていった技術だ。」


マリの声に、笑みの奥で微かに怒りが滲んでいた。


「で、転送先はどこなんだ?」

「うむ。転送先の座標は…ヒノデコロニーだ…。」

「えっ…?」

「この転送技術は、転送先で電力を大量に食うんだ。そこら辺の荒野では使えんよ。」

「どうすっか…」

「フフッ、取られたら取り返す。やられたら、やり返す。―荒野のルールだろ?」

「…だな。一応、詰所に話だけはしておこう。」

「ふむ、そのまま乗り込んでもよいのでは?」

「ここの街の住民証で入れるんだ、話を通しておくことで後の面倒が減るかもしれん。」

「む…マキが言うなら。」


マリが小さく息をつき、俺たちは装備を整え始める。


「弾とグレネード類はしっかり持てよ。」

「はいなの!」

「ナノ、このバックパックを一個持っていってくれ。」

「…なにそれ?」

「フフッ、度し難い愚か者に対する、俺の"愛"だ。」

「わかったの!」


絶対ろくでもないものなんだろうと思いつつ、俺達は詰所へ向かうことにした。


――――――

「こんにちわ〜。隊長さんいます〜?」


俺とナノはハル少年の手を引きながら、詰所のドアを開ける。

中は朝の警備交代の時間帯らしく、少し慌ただしい。

カウンターには、珍しく女性の警備兵が立っていた。


「お?マキちゃん。今日は大所帯だね?」

「隊長さんいます?」

「ちょっとまっててね、たたき起こしてくる!」


そう言うと、警備兵は隊長室へ走っていってしまう。


「フフッ、そそっかしい兵だな。」

「悪いことしちゃったな。」


そんな他愛のない会話をしていると、間もなく隊長が姿を現した。

寝起きらしく、まだ髪が乱れている。


「…すまん、寝てた。」

「いえ、こちらこそ急にすみません。」

「いや、いいんだ。で、何かわかったのか?」


「はい。義体から抽出した記録に、いくつかの有力な情報がありました。」


「……!」


隊長の表情が固まる。すぐに、近くの警備兵へ指示を出した。


「おい、ハル少年を頼む。」

「はい!さぁ、ハルくん、こっちでお姉さんと一緒に遊ぼっか。

んふっ…おいしいお菓子とジュースもあるよ?」


この詰所の人は怪しい誘い方しかできんのか…。


「三人はこっちに来てくれ。」


ハル少年が不安そうにこちらを見上げる。

その手を、ナノが優しく握った。


「だいじょうぶなの。お姉ちゃんたち、すぐ戻るの。」


ハル少年は小さく頷き、ナノの手を離す。

その姿を見届けてから、俺たちは隊長室へと向かった。


「そこに掛けてくれ。」


隊長にソファを勧められ、俺たちは並んで腰を下ろした。

隊長は棚からボトル入りの水を取り出し、差し出してくる。

その表情は眠気を残しながらも、すでに指揮官の顔だった。


「分かったことを教えてくれ。」

「はい。まず、奴らは“旧時代”の技術を使って誘拐をしています。」

「ほう?その方法は?」

「信じるかはお任せしますが、を使ったようです。」

「…にわかには信じがたい話だな。」

「フフッ、技術ってのは、思ったよりも人の理解を置き去りにするものだぞ?」

「…そうか。よし、信じることにしよう。で、続きを頼む。」

「ありがとうございます。で、ですね、その転送先が―」


「うむ、ヒノデコロニーの中なんだ。」


「…なるほど。だからわざわざここに来たのか。」

「はい。」


隊長は深く息を吐き、テーブルを指で軽く叩く。


「ちなみにだが…その“理由”とかも分かったりするのか?」


マリが口を開く。

その瞳が、少しだけ冷たく光った。


「うむ。奴ら、人間を攫って、―その肉体を使った機械を作ろうとしているようだ。」


「…は?」


「うむ。そうなるよな。」


沈黙。

隊長の喉がごくりと鳴る音だけが響いた。


マリは薄く笑ってから、冷たく続ける。


「義体化は進んだ。だが、生の肉体を忘れられなかった。

義体の利便性も手放せず、両方を欲した結果―生体部品を多用した義体を作ろうとしたんだ。

ヒノデコロニーの外のを使って、な。」


「…悪趣味すぎるな。」

「うむ。だから、叩くなら早いほうがいい。」


隊長は数秒考え、やがて決断するように立ち上がる。


「分かった。正式な調査として扱う。ただし、相手の拠点がコロニー内部なら―危険だぞ。」

「覚悟はできてます。むしろ放っておけません。」


マリが口角をわずかに上げる。


「フフッ、取られたら取り返す。やられたら、やり返す。―荒野のルールだろう?」


「…ああ。その通りだ。」


隊長は腕を組み、低く呟いた。


「よし。詰所としての公式報告は俺が出す。

ただし、お前たちはとして動け。」

「了解だ。」


マリが満足そうに頷く。

その横でナノが、少し不安そうに隊長を見る。


「隊長さん、ハルきゅんは……?」

「ああ。こっちで預かっておく。約束する、絶対に守る。」


ナノが小さく息を吐き、頷いた。


そして俺たちは朝の賑わう街へ踏み出した。


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