第3話【召喚適性:G】の真実
ピッ、ピピッ!
ホイッスルを吹いて、赤く点滅する誘導棒を振ると目の前に止まっていた車列がゆっくりと動きだす。
俺の名前は
同期が就職活動に本腰を入れる中、やりたいことも見つけられず日々アルバイトに精を出す大学三年生である。ちなみに、このままいけば大学ニートまっしぐらだ。
「あちぃ……」
次から次へと首筋を汗が
同期は涼しいオフィスで仕事してるのかなぁ……なんてぼんやり考えていると、俺は突然宙を舞っていた。
――は?
車に突っ込まれた――と気付いたのは、逆の車線でまで吹き飛ばされた頃のこと。
「――!」
「――!? ――――!!」
俺の周りに集まってきた人の悲鳴が
痛みは感じないのに身体はぴくりとも動かない。
…………まさか、死ぬのか?
恐怖が背中を伝う。嫌だ、死ぬなんて嫌だ!!
彼女もいない、やりたいことすら見つかっていないというのに、死んでたまるか。親にだって迷惑かけっぱなしで、ちょっと前に喧嘩したままなんだ……!!
そんな俺の意思に反して
「――この、変態!!」
「いてっ!」
気付いたら、俺は強烈なビンタをお見舞いされていた。
手を振りぬいたまま俺を見下ろすのは、金眼をキュッと吊り上げた五歳くらいの少女。
「馬鹿ルシエル!! 畑の手伝いでもしてきなさいよ!」
どういう状況だ?
目の前の少女は何故か怒り狂っていて俺を指差してルシエル、と呼んでいる。俺の名前は平川光……のはず。
事態がうまく飲み込めずに、地面に倒れたままでいるとズキンと頭が痛み、見知らぬ少年の記憶が脳へ流れ込んでくる。直後、
・
・・
・・・
(――夢、か)
随分と懐かしい……前世の記憶を思い出した時の記憶、か。
あの後、頬につけた紅葉のことを村の皆から
(何でビンタされたんだっけ……そういえば記憶を取り戻す前の俺が、水色の髪の少女――リゼのスカートを
空に視線を向ければ、東の空が白み始めている。
長時間寝ていた気はしないのだが、夜明けが近いようだ。
「お目覚めですか、主様?」
「あ、あぁ……おはよう、アテナ」
俺が目を覚ましていることに気付いたアテナが、穏やかに微笑みかけてきた。まさか、夜通し膝枕していたのか?
「す、すまない! 足は大丈夫か?」
「ふふ、私は丈夫ですから何時間続けても問題ございませんよ」
慌てて体を起こすと、くすくすと笑いながらアテナが自身の太ももを叩いて大丈夫だとアピールしてきた。
ホッと胸を
「ひとまず食べられるものを探しましょう」
「アテナ……」
倒木を動かしたアテナは、
「アテナは……何も思わないのか?」
「主様……?」
アテナはきょとんと首を傾げた後、俺の手を引きながら村の井戸へ向かって歩き出した。
「そう、ですね。この干し肉は、今のままでは食べられないかとは思います」
井戸に辿り着いた俺たちは、無事だった桶で水を
「そうじゃなくて、他人の……しかも死人の物を食べるというのは――ングっ!?」
「主様、生きるためには食べなければなりません。ですが、死者は干し肉を食べることはできません」
有無を言わせず、口に干し肉が突っ込まれる。
まさに早技。アテナの手先がブレたと思った瞬間、口の中に塩味が広がっていた。
「主様が食べなければ、干し肉は腐ります。命を繋ぐのです」
アテナはそう言い残すと、水を張った桶を置いて再び近くを物色し始めた。アテナからもらった干し肉を
(命を繋ぐ、か)
果たして俺は、生き残るべきだったのだろうか。
昨日から、ずっと考えていた。
「…………」
馬車に乗っていた子供たちの叫びが、今でも耳にこびりついている。
死にたくない、助けて――俺は馬車の隅でうずくまっているだけで、何もできなかった。
(俺は生き残るべきだったのだろうか)
畑仕事で分厚くなった両手に視線を落としながら自問自答する。俺は全てを失った。家族も、友も、家も、故郷も……何もかも。自分との約束一つ守れない俺は、この世界で何かを成せるのだろうか。
「げほっ、ごほっ……」
乱暴に干し肉をかみ砕いて飲み込むと、喉の水分が吸われたせいで盛大に
日が登る前に、俺とアテナは村人の埋葬を始めた。
アテナが遺体を回収して、俺が村の外れに穴を掘って一人ずつ
「父さん……母さん……アヒム兄さん……ダニエル兄さん………ラーラ」
頑固で頭も悪いけど、いつも一本芯が通っていた父。
変わり者の俺にも、たくさんの愛を注いでくれた母。
そろそろ村の娘と結婚だって言ってたアヒム兄さん。
家では意地悪だけど、村の子供にいじめられた時は守ってくれたダニエル兄さん。
我が家の太陽、生まれたばかりの妹ラーラ。
父さんたちは、折り重なるようにして木の柱に潰されてしまっていたらしい。ラーラだけでも守ろうと
もう二度と会えない、二度と話もできない。心がズタズタに引き裂かれるような痛みは、失う側に立って初めて分かった。
「主様……」
鼻の奥がツンとして視界がぼやけていく。いつの間にか、
・
・・
・・・
一時間くらいで埋葬は終わった。
『嵐の孤狼』の暴風にやられたのか、全員分の遺体は見つからなかったのだ。木片を突き立てただけの簡素な墓だけど、許して欲しい。
「俺……生きても、良いのかな」
不規則に立ち並ぶ墓を前に、ぽつりと口をついて出た。
村の皆を埋葬している時、ふと思ったのだ。
「良いに決まっています。主様の父君も母君も、兄妹もそう望まれているはずです。私も、主様をお
『嵐の孤狼』の荒々しい金眼とは異なる、澄んだ眼が俺を
「なあ、アテナ」
「どうされましたか?」
村に着いてから今まで、考えていたことがある。
この十年間、熱に浮かされたように『召喚士アルノーみたいな英雄になる!』と言ってきた。
だけど、英雄ってなんだ?
『嵐の孤狼』を倒したら英雄なのか、それとも国を救ったら英雄なのか。
「俺、さ……成し遂げたいことがあったんだ」
ごくり、と唾を飲み込んでアテナの眼を見据える。
朝日に照らされて、アテナの絹糸のような金髪がキラキラと輝く。
「俺、【召喚適性:G】だけど、召喚士になりたかった。笑えるだろ、前代未聞の最低適性の癖にさ」
俺はきっと、情けない顔をしているはず。
「だけど気付いたんだ。俺は別に、アルノーみたいな救国の英雄になりたいわけじゃなかったんだってことに」
身近な誰かを、困ってる誰かを救えるような、そんな召喚士になりたかったんだ。全てを失った今、ようやく分かった。
今更気付いても遅いよな。
「主様……」
「すまん、アテナも嫌だよな。せっかく強い力を持ってるのに、俺なんかに召喚されて――」
「主様ッ!!」
いつの間にか、アテナのつま先を見ていた俺は弾かれるように顔を上げた。
ぱちり、と金眼と見つめ合う。
「言ったはずです、主様をお慕いしていると。それに、主様には力があります」
「俺には何の力もない。俺は【召喚適性:G】だぞ。俺がこうしていられるのも全部、アテナのお陰なんだ!」
「いいえ、違います。私を召喚したという力が、主様にはあります」
なおも主張を曲げないアテナに、俺は段々と腹が立ってきた。
口調が荒くなる俺に対して、アテナは対照的に淡々と事実を述べるように言葉を
「主様、【召喚適性:G】は前代未聞の最低適性ではありません」
「……嘘だ」
「お聞きください!」
アテナは俺の両肩を掴むと、鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで顔を近付けてきた。
あまりに整った容姿に、俺が言葉を発せないでいるとアテナは理解不能なことを言い放つ。
「【召喚適性:G】は最低適性を指していません」
「……」
「おかしいと思いませんか。主様の【召喚適性:G】が本当に最低なら、私のような女神が召喚されるはずがありません」
女神…………女神だと!?!?
動揺する俺を他所に、アテナは諭すような口調で続ける。
「私が思うに……【召喚適性:G】のGはGODのGです。つまり、主様は女神である私を召喚し、従えることができる史上最高の【召喚適性】を持った召喚士ではありませんか?」
【召喚適性:G】が史上最高の【召喚適性】だと!?
急すぎて、何がなんだか分からない。
「そういえば、私としたことが……正式には名乗ってはいませんでしたね。私はアテナ、オリュンポス十二神の一柱にして戦いと知恵を司る女神アテナです。誠心誠意お仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」
いや、よろしくないが。
今度こそ、俺は混乱に
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