第22話 偶然
佐伯の会社に電話したのは昼過ぎだった。ちょうど自分の仕事の合間、気晴らしも兼ねて番号を調べ、受話器を取った。
「はい、〇〇株式会社です。ご用件をお願いします。」
「私、東雲日報で記者をしております三浦というものです。先日亡くなったそちらの元社員である佐伯さんについてお話を伺うことは可能でしょうか?」
「……少々お待ちください。」
応対した女性は電話を一度保留にし、その後責任者の総務の人物は、予想通りの答えを返した。
「申し訳ございませんが、社員に関することは回答をご遠慮させていただいております。」
通話はそこで終わった。受話器を置いた瞬間、わかっていたことだろ、と心の中で舌打ちする。
──やっぱりな。会社何かを話すはずがない。ましてアパートでの集団自殺だ、他の記者も散々聞き回ったのだろう。
それでも、どうしても佐伯の死の直前を知る必要があった。
金曜の午後、半休を取って都内の佐伯の勤務先へ向かった。会社の近辺を歩き回り、聞き込みを試みる。
周囲の店員や警備員にそれとなく尋ねてみても、有力な情報は得られなかった。皆「あの事件、あそこの会社の社員さんだったんだね」と口を揃えるばかりで、中身のある言葉は出てこない。
陽はすでに傾き始めていた。街灯がぼんやりと灯り、金曜のオフィス街には疲れ切った背広姿があふれ出す。
「…くそ、収穫は無しか。日も暮れてきたし、とりあえず飲み屋にでも入るか」
独り言を呟いて、目についた赤提灯に足を踏み入れた。
カウンターに腰を下ろし、冷えたビールを一杯。不思議なもので奇妙な話を追っている最中でも酒は飲む、腹は減る。運ばれてきた焼き鳥に手を伸ばす。
あいつもタバコはやらなかったがよく飲んだな…。
一杯目がほぼ泡だけになり、二杯目を注文する頃だった。
「すみません。」
隣に座ったスーツの男が、不意にこちらへ声をかけてきた。
「佐伯さんのこと、会社に電話したの、あなたですか?この辺で佐伯さんのこと聞いて回ってるって聞いて。」
思わずグラスを持つ手が止まった。
振り向いた先の男は、こちらを真っ直ぐに見ていた。
「あいつは友人だったんです。一応、記者ですが仕事じゃありませんよ。個人的に調査してるってやつです。あなたは?」
「すみません、こちらも名乗りもせず…。僕、田所って言います。佐伯さんの後輩になります。佐伯さんやっぱり何か変なことに巻き込まれてたんじゃないかと思ってて…。」
田所と名乗る人物はどうやら佐伯の後輩らしい。真面目…いや、張り詰めた表情…。
「分かりました。お話聞かせていただけますか?あと、録音しても大丈夫ですか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします。」
田所は不意に周りを見る。
飲み屋喧騒、流行りのBGMの中インタビューの録音を開始した。
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