第14話 「前触れ」
台風が近づいてきて、その日は小ぶりの雨が降った。タマネギの一件以降、ムスリカから魔族の処置を頼まれて何人かの魔族にゼーラと同様の処置を行った。俺の抗魔力の容量と要領、それを加味して日に3人ほど魔族と対面して同じ事をした。会う魔族の反応は様々な物で睨む者、嫌みを言う者、酷いと一発殴り掛かる者もいた。嫌われぶりを再確認しながらも、何か言うでも、するでもない魔族が居たのも事実だった。
そしてこの処置をやる上でこの抗魔力が改めて魔族にとって毒となる物だとわかった。処置を施した者の内、2名が処置中に暴走が活発になり、俺とゼーラはその魔族を。
「そう上手くいくわけじゃないか…」
その暴走した魔族の一人の遺体を見ながら、無感情にそう呟いた。
考え事をしながら皿を洗うのにも少し慣れてきた。今週はこのままいけば夢の割った皿0枚を達成。
「阿久井さんが倒れた!!」
「えぇ?!」
パリン、夢は夢のまま。声は当然ゼーラのものだった、マスターは少し呆れたようにその倒れた者を見下ろしていた。
こんな営業真っ只中で倒れたとなれば店中大騒ぎとなるだろう。なのに、そのお客様はと言うと何故か平然としているし、ゼーラは指で阿久井さんを突っ突いてどこか楽しんでいるようだった。
「え、これ救急車を」
「いや、呼ばなくて良い…」
なんとか立ち上がろうとする姿はさながら生まれたての小鹿、手までついていると野生に還ったようで笑いを我慢しきれなかった。カウンターに捕まってようやくその顔を拝むことが出来たが、表情は相変わらず、顔色だけが血の気が引いてすごく青い。
「ぜ、全身の。筋肉痛、だ」
「何したらそうなるんですか?」
「ろ、ロッククライミング…」
こんなぎりぎり田舎じゃないような町にそんな設備あっただろうか。もしかしたらできたのかもしれない。あるならやってみたいが、ここ最近は忙しくてカフェのシフトも少し穴が多い以上は当分余裕は無さそうだ。
周りを見ても何も騒ぎになってないなら、俺だけあたふたするのもおかしいだろう。まぁ普段からあれだけきびきび働いている阿久井さんの姿を考えればその動きのつけが来たのだろう。気にしたら負けと言うものだ。
そんな一悶着あったさなか、カフェの入口が開いて客が入ってきたと挨拶を発したが。
「ムスリカ…」
来店したのはムスリカだった。魔族への処置を初めて魔族に対していろいろ働きかけているが、処置中にでた魔族の死亡者の話の説明で大変だったそうだ。顔色がやや優れないのが分かるが、両足でまともに立ててない情けない奴に比べればそんなのあまり気にならない。
問題はムスリカの後ろにいる人物だった。その魔族の顔はよく知っている、先日さんざん言い合ったばかりのその魔族の特徴的な顔とそれを表したような名前…。
名前が、わからない。
ふらふらな阿久井さんをマスターが叩き起こして、ロボットのようなギクシャクした動きで調理場に入って行く背中をもう少し見たかったが。大事な話があるという雰囲気をマスターが汲み取って少し早いが休憩を貰い、自室で話をすることにした。
「タマネギにも、消滅の兆候が現れました」
俺がその名前を思い出せなかったの鑑みれば、みなまで言わずとも理解できる。だが、そんな危険な状態で俺の元を尋ねた理由がわからない。消滅の兆候が出たから俺に処置を頼みに来た、なんて事もあるわけがない。そんな事をするくらいなら黙って消えるか、自分から命を絶つか。今までの魔族全員がそうしてきた選択肢を取る筈だ。
なら、何故この魔族は俺の元を尋ねたのか。探索魔術行使の媒体を譲ります。なんて言うわけが無いし。
「探索魔術の媒体を貴方に譲るそうです」
「ちょっと待て」
「そうですね。私も驚いています」
魔族の方は黙ったまま何も言葉を発さない。目もどこか虚ろでその真意をくみ取れない。
「わけがわからない。なんで今になってそんな話に」
「タマネギからは貴方とは金輪際口を利きたくないと言われ…」
「いやいや、お前それでも魔王最古参の魔族の一人か!俺が憎いなら、前みたいに嫌味の一つでも」
「一つ、頼みがあるとの事で」
思わずヒートアップしそうになったところでムスリカが何とかそれを御すように遮ってくれた。ただ、次の言葉で俺はその魔族への失望、違うな、期待通りと言うべきだろう頼みに。
「光剣者と戦いたい、との事です」
腰にはもう無いはずの光剣を抜こうしてしまう。
「でなければ、消滅の間際まで町で暴れると」
「それで良いのかよ。ムスリカ」
ムスリカは魔王の言葉に従って魔族たちを今まで守る為に動いていた。その努力は認める。だけど。
「俺にそこまで告げたってことは、他の魔族にだってもう見逃す事は出来ないぞ」
「待ってください!今回だけです!タマネギたっての頼みで」
「例外なんか許さない。誰かを傷つける、それも俺の故郷を荒らすって言うのなら」
魔族は、生かしてはおけない。なんでだ、なんで今さらそんな事を。他の魔族たちは俺やムスリカの知らないところで勝手に消えて、平穏を守ろうとしてきたのに。それ以上に自分から命まで絶ってきたのに。
その魔族はぼそぼそと呟く、ムスリカは口まで耳を持っていきそれを俺に話した。
「探索魔術の媒体を今この場でお前に譲る、だから」
「俺と、戦えと」
魔族は何も返さない。その真意を今の俺が汲み取れるわけがない。
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