第9話 「試練は突然に」

 「さて、改めて来てもらったわけだが」


 お互い床に座って、すぐに話を始める。


 「葵さん、私としては毎日でも頭を下げに来るつもりでした」

 「そ、そうか」

 「だからわからないのです。昨日からどんな心変わりがあったのか」

 「別に大したことじゃない。ただ…」


 ただ、少し思い出した。そして、思い直す機会があっただけ。

 昔馴染みに諭されて、何も知らない上司に怒られただけに過ぎない。


 「昨日の提案、受けてもいい」


 深呼吸して落ち着かせる。阿久井さんには感謝しないといけない、昼間の出来事で今は全身に血を巡らせられる。自分でも冷静だと実感できる。


 「だけど条件がある」


 ただ提案を受ける事は無い。俺にはこいつらの頼みを受ける義理も道理もない、こんなやつらがどうなろうと知ったことではない。


 だけど今の俺、俺だって同じだ。ムスリカは目の前で消えていく魔族たちをどうすることも出来ない。俺は父さんや母さん、妹を探したい。なのに、その行方を追う為の情報も足がかりもない。

 

 こっちの世界に戻ってきていろいろ知ることが出来た。10年前なんかよりずっと技術も発達して便利になってた。こんな田舎でもコンビニのレジにはタッチパッドで自分で操作出来たし、高校生の頃に行ったファミレスに久しぶり行ってみれば、配膳をロボットがやってた。

 

 これが10年後の日本かと、感動すら覚えた。

 

 だから、人探しだってそんなに難しくないと楽観視していた。


 「俺には探している人たちがいる」

 「貴方の家族、ですか?」

 「そうだ」


 話はゼーラから聞いていたのだろう。


 倉屋に聞いたが、行方不明者は本来7年以上経過した時点で死亡と見做される。現に俺も鬼籍に入っていたところを戻す手続きの最中だ。


 多分だけど、生きてない可能性の方が高い。


 「俺からの条件は、家族の捜索を手伝ってほしい。俺一人じゃ足がかりすら掴めない」


 空を掴むような状況が続いている。何もわからない。自分じゃ何もできない、俺は自分のことで精いっぱいなのに、それがいつまでも変わらない状況。


 「俺には何も出来てない。だからお前らに頼む」

 「私たちにですか?」

 「向こうの世界だと探索の魔術があった。俺は魔術を行使できないが、お前らは魔術に関しては向こうの人間以上だ。もし、その魔術を行使する手段があり、俺に協力するのなら、お前らの提案を受けて良い」


 そうだ、魔族を助ける為に提案を呑むんじゃない。あくまでも俺自身の為に利用する。

 

 そう思えば、腹も立つことはない。これは対等な取引なのだから。

 ただ一つの懸念があるとすれば、魔族たちにとって恐らくこの条件は吞みづらいということだ。


 現状、魔族たちが消滅する理由として少なくなった滅魔力が一因となる。

 しかし、消滅する直接の理由は自分たちの魔力が少なくなるのが原因だ。


 魔術を行使するという事は、魔力を消費する事。そんな自殺行為を魔族側が果たして受けるかどうか。


 「良いですよ」

 

 え。


 「むしろ、そんな事で良ければよろこんで協力させてください」

 「??????????」


 え。


 「い、良いのか?!お前ら魔力が無くなったら消えるんだぞ?!」

 「それは魔王様の滅魔力によって完全に消えたらそうですが」


 そうだ魔力が消える事が原因なんだから魔術を行使すれば。


 「ですが、葵さんが私たちを助けてくれるのであれば。その問題は当面解消されます。ならば、こちらとしては願ってもない条件です」


 どういう事だ?俺が手を貸せば問題ない?


 「葵さんは抗魔力をどこまで使えますか?」

 「俺の?細かい操作とか緻密な動きは無理だが、ただ使う分には…」


 手に自分の抗魔力を纏わせる。この魔力は特性として一度放出すれば粘土のように自在に形を変えられながらも、その防御は日本で一番高いっていうタワーから落ちたって俺を無傷で守ってくれるだろう。


 柔軟性と強度が非常に高く、魔術の行使で発生した現象に対してはその特性が跳ね上がる。これは滅魔力ですら例外ではない。


 「その抗魔力を、私たち魔族に分け与えてほしいのです」

 「正気か?そんな事したらお前ら」


 向こうの世界で倒してきた魔族たちの中には、抗魔力を直接体内に流し込んで自身の魔力の流れや供給を阻害、そうしてそのまま倒した奴だっていた。

 本来なら劇薬と評してもおかしくない。


 「貴方の抗魔力は滅魔力に対して強い抵抗力があります。それを使って減少しつつある滅魔力を抑え込んでほしいのです」

 「抑え込むったって…そんなのやったことないぞ」

 「ですがやってほしいのです。私たちにはもうそんな事しか」


 確かに魔王レベルの滅魔力だったら俺でも抑え込めず、抗魔力も丸ごと消滅させられるだろう。だけど、今の魔族たちの滅魔力は配下としての魔力量どころかその半分もあるか怪しい量。確かにそれなら容易に出来るはずだ。


 問題は俺が抗魔力の調整を間違えて、魔族たちの本来の魔力まで抑え込んでしまう可能性があること。


 そうなれば、滅魔力で消えるか、俺の抗魔力で死ぬか、そのどちらかになる。


 危険な賭けだ。石橋を叩けと言われれば喜んで叩くが、今にも崩れそうな朽ち木の橋なんか叩けっこない。


 それに失敗して魔族たちに逆恨みでもされでもしたらたまったもんじゃない。


 「そして、その為に」


 ムスリカがおもむろに、脱ぎ始めた。


 「私がその実験台になる覚悟です」


 何がムスリカをそこまで動かすのか。俺には知る由もないが、その瞳の奥には多分魔王が映っているんだ。こうして対面して、改めてそのの意思の硬さには驚かされる。が。


 「なんで脱ぐんだ?!」

 「いえ、どんな方法か探るべく私の全身をくまなく見てもらおうと…」

 「俺の部屋に痴女を呼んだ覚えはない!!」  


 こっちはまだ思春期が抜けきってないのに、その出るところがしっかり出てる体躯はあまりに刺激が強すぎる。

 

 こんな場面を見たらゼーラに疑惑を深められてしまう。


 目を隠しながらも、己がどうしても男なのだと認めざる得ない、指の隙間から覗こうとした。


 隣で誰かが倒れた。魔族が居た。

 いや、魔族じゃない。違うだろ。一緒に働いてる隣の部屋の…。


 出ない、目の前の魔族の名前が。


 「ゼーラ?!」


 魔族の名前を呼ばれて我に返った。そうだ違う、ゼーラだ。

 この症状には個人差があるのだろか、俺は忘れてしまっていたがムスリカが魔族の傍で呼んでくれたおかげで思い出せた。


 「ムスリカ!」

 「はい、これはかなり進行が…」

 「いや!先に服を着ろ!」


 表情も相まって、ふざけている場合じゃないのに。俺は魔族…じゃない、ゼーラの方を見たいのに、その光景を直視したいのに、すっごくしたいけど、やっぱりそれだけは何かすごい敗北感があるから。


 「わかったから!?協力!協力するからまず服を頼む!!」


 後日、声を阿久井さんがしっかり聞いてて、阿久井さんまで当分疑うようになった。

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