第26話 新天地

 アークグリッド公国の北側、ホルファと呼ばれる地方一帯が、俺に与えられた領地だ。ホルファには主要都市が東西南に三つ存在する。


 東のマリンド。

 西のサイソレル。

 南のゴッファ。


 中でも一番大きい都市がマリンドであり、都市中央に設けられた城は大きさもそこそこながら、立派な造りをしている。とはいえ、カルケットさんがいたら「内部調査が必要ですね」とでも言い出しそうなぐらいには歴史がありそうではある。


 古くて大きい城。

 俺的には大満足な城なんだが。


 走る馬車の窓から町並みや城を眺めては、各々好き勝手な感想を言い始める。


「僕の城と比べると、ちょっと手狭ですね」


「私は神殿みたいな閉塞感がなくて好きですよ?」


「さすがに小さいかなー? アタシのゾンビ軍団の手にかかれば一日で今の倍ぐらいの大きさに出来ると思うけど、勇者様、してもいい?」


 王子がけなし、巫女が遠回しに小さいと言い、ネルメが改築を要求する。


 はいはい、みんな王族だったり魔王軍幹部だったりで良かったですね。どうせ俺の住んでいた家は戸建ての小さい家ですよ。


 でも、嫁と娘がこの城を見たらきっと大喜びするだろうな。勇者の宝物庫に行って古代魔法を手に入れたら、二人もこの城に呼んじゃおうかな。


「あ、うそうそ、アタシあのサイズが好きだから」


「私も別に、小さいだなんて言ってませんよ?」


 まぁ、別にどうでもいいけどね。

 この城に永住するつもりはないし。


「伯爵様、長旅、お疲れ様でございます」


 馬車を下りると、白髪をきっちりと七三で整えた執事さんが出迎えてくれた。お顔を拝見するに御年七十ぐらいはいってそうな雰囲気だが、身長は高く、背筋はぴんっと伸びている。


 その伸びた背筋をすっと曲げて、執事さんが自己紹介を始めてくれた。


「執事長のカウシーンと申します。皆様には各々専属の執事、メイドが付きますので、お気軽にお声がけ下さいませ。では伯爵様、お部屋へとご案内いたします、どうぞこちらへ」


 カウシーンさんの後へと続くと、ドラマや漫画でしか見たことのない執事さんやメイドさんが勢揃いしての「伯爵様、お帰りなさいませ」を受けてしまった。

 

 こんな凄いの受けたことがない。

 そんな感じで一人感動していたのだが。


「どうしたのですか、早く進んで下さい」


 微塵も感動していない童貞変態バツイチ中年王子に背中を押されることに。とても気分を害したのだが、とりあえずは前へと進むことにした。

 

「このマリンドは港町でもあり漁が盛んです。対して西のサイソレルは鉱山があり、石炭採掘で成り立っている都市です。南のゴッファは比較的温暖な気候のため、農業、遊牧が盛んです。この三つの都市を結ぶ道こそがホルファラインと呼ばれ、この地方を生きていくのに必要不可欠な道であると言えます」


 という話を、部屋に到着するなりカウシーンさんから教わることになった。


 ぶっちゃけゲーム内でも歩く場所だから街や村の存在は知っていたが、人々の営みまでは把握してた訳ではないので、なるほどな、と一人感心する。


「以上になります、他に何かご質問があればベルをお鳴らし下さい。このカウシーン、いつでも伯爵様の下へと馳せ参じます故」


 言いながら、カウシーンさんは部屋の壁際まで行くと、その場に立った。てっきりどこかに行くのかと思っていたのに、部屋の中にいるらしい。


 他にも数名、女性のメイドさんが壁沿いに並んで立っている。


 貴族の生活とか全然知らなかったけど、こんなにもプライバシーがない生活だったのか? それともこの世界がゲーム世界だから? 


 なんにしても落ち着かない。

 誰かに見られながら横になるとか出来んぞ。


「城内の鍵の確認……ですか? かしこまりました、では、メイド達にやらせるとしましょう」


 とりあえずの仕事を与え、部屋から出ていってもらうことにした。庭の剪定作業や城内の掃除、与える仕事は何でもいいから外に行って欲しい。


「執事、メイドたちの監視……かしこまりました、勇者様は手抜きを許さないお方なのでしょう。とても立派なことでございます。このカウシーン、執事長としての役目を果たして参りたいと存じ上げます。では、失礼いたします」


 最後まで粘っていたカウシーンさんも部屋から出ていき、やれやれとベッドで横になった瞬間「勇者様!」と元気な声と共にネルメが部屋へとやってきた。数名のメイドと共に。


 やっと一人になれたのに……とは口には出さず、飛びついてきたネルメを受け止める。


「へっへへー、今なら勇者様が一人きりだと思ってさ。だって馬車の中とか、全然二人きりになれなかったじゃん? ようやくって感じだよ」


 いやいや、メイドさんたちいるから。

 というか、ネルメはこういうの平気なの?


「こういうのって、メイドのこと? アタシこう見えてもそこそこだったからさ、常に護衛はいたんだよね。だから別に平気って感じ」


 そういうものか、いずれ慣れるのかな。


「勇者、失礼します」


 そしてすぐに太陽の巫女も部屋へとやってきた。ネルメと同じく数名の……若い執事だな、男を引き連れている。


 俺とネルメが白い目で見るも、巫女は毅然とした態度のまま近寄り、俺のベッドへと座った。


「別に、私がお願いした訳じゃありませんよ? 到着して部屋へと案内されると、既に室内に待機していたものですから、そのままにしているだけです」


 到着直後、太陽の巫女は「勇者夫人」と呼ばれていたものな。手配に剣聖ネゾが絡んでいる以上、俺達のことを夫婦だと完全に勘違いしていてもおかしくはない。ネルメは怒ってたけど。


「おお、この部屋に勢揃いしていたのか」


 そして次にやってきたのは、白銀の騎士ベルザバだった。これまた数名の騎士を引き連れてきたものだから、既に俺の部屋の中には二十人近い人で埋まっている。


 というか、なぜベルザバ君がここに?


 論功行賞を辞退し騎士を続けることは知っていたけど、ホルファに来るとは聞いてないぞ?


「ここホルファも魔王軍と敵対している領地だからな。戦地から戦地へと渡り歩くのは騎士の務めだ。そしてホルファの魔王軍はネルメ以上だとも耳にしている。ふっ、だが、俺と勇者がいれば負けはない。今から戦いになるのが楽しみだ」


 まぁ、確かに。


 そもそもネルメとの戦いがゲーム終盤戦なんだ。

 次の敵を攻略すると、残るは魔王のみとなる。

 

 次の敵、六人衆最後の一人。

 冥帝の魔剣士シャウザ。 

 

 北の大地ホルファから更に北上した位置に、魔剣士シャウザの城が存在する。それを踏まえると、俺達がこうしてホルファの領主になったのは、いろいろな意味を込めて都合がいいとも言えよう。

 

「ネルメ様ーなのー」


「ふむ、ここは賑やかでいいですね」


 そこから更にキーちゃんも部屋へと入ってきて、彼女を追いかけるように腐薔薇の騎士も部屋へと入ってきた。


 もちろん執事、メイド付き。

 どれだけ俺の部屋に人が入るんだよ。


「キーちゃん、どうしたの?」


「オークちゃんが来てるみたいなの」


「オークちゃんが? 勇者様、アタシちょっと外させてもらうね」


 オークちゃん……オークキングゾンビ♀だろうか? 確かドラゴンゾンビ♀と共に山に帰ったはずだが、こんな北の大地にまでやってきたのか?


「勇者伯爵、失礼します!」


 ネルメたちが部屋から出ようとすると、血相を変えた執事たちが俺の部屋へと入り込んできた。確かこの執事は、童貞変態バツイチ中年王子に付いた執事さんたちだけど、どうした?


「グラーテン王子が誘拐されました!」

 

 あの王子が? 誰に?


「い、いきなりの襲来でしたので我々も護衛の兵も動けず……とても凶暴な一匹の豚の化け物でした。部屋へと飛び込んでくるなり王子を鷲掴みにし、そのまま屋外へと逃げてしまったのです!」


「とても恐ろしい魔物でした。グラーテン王子を前にして『ミツケタ……』と言い放ち、牙を見せながらニヤけていて、我々は本当、何も出来ず……!」


 あー、それ多分ほっといて良いやつだ。

 ネルメも察したのか、俺の隣に戻ってきたし。


 オークキングゾンビ♀はグラーテン王子にガチ惚れしてるからな。我慢出来ず実力行使に出たってことだろう。王子もそれなりの実力者だ、そのうち無事に帰ってくるさ。


「ふむ、あの時のオークか? ならば、勇者が出ないのなら我々が出よう。白銀騎士団、グラーテン王子救出作戦に向かうぞ!」


 ああ、いってらっしゃい。

 結構強いから気をつけてね。 


 さて、邪魔者もいなくなったし本題に入ろうか。

 実は、太陽の巫女にお願いがあってね。


「私ですか?」


 ああ、北のゴルメッサ山脈のふもとに古ぼけた神殿があるんだが、そこに向かい破壊神デザウゴーザとの契約を結んで来て欲しいんだ。


「は、破壊神……? あの、勇者の言うことですから間違いなくあるのでしょうけど、なぜ私がそこに行かなければならないのでしょうか?」


 契約を結ぶ条件が【清き乙女】であることだからな。神殿から一歩も出ていない太陽の巫女なら、その条件をクリア出来るはず。


 というか、ゲーム設定なのだから太陽の巫女以外出来ないはずだ。ここで彼女が破壊神を味方に付けることで、魔剣士シャウザの攻略が可能となる。


 なんだけど。

 なんか、嫌そうな顔をしているな。


「い、いえ、あの……私、【清き乙女】と呼ばれるような年齢ではないのですが……」

 

 ん? まさかもう、経験済みとか?


「な、何を言っているのですか! 私は魔王討伐にこの身を捧げた巫女ですよ! つまり、私の身体は勇者以外自由に出来ません!」


「ぷっ、四十歳で処女なんだ」


「まだ四十じゃありません! 三十九歳です!」


 あまり変わらんだろ。

 そういうネルメはどうなんだ?


「アタシ? 相手がいると思う?」


 思わないな。

 つまりネルメでも【清き乙女】が可能ってことか。


「キーちゃんもなのー」


 まぁ、そうだろうな。

 そうじゃなかったら相手を殺しに行くよ。


 いろいろと不安ならしょうがない、全員で行くとするか。ということで話がまとまり、さっそく準備に取り掛かることに。



★☆★☆★☆★☆★☆


※勇者装備

武器……嫁の剣+炎の鞘。

盾……熱波の盾

防具……炎熱の鎧

頭具……炎熱の兜

アクセサリー……エンゲージリング


※太陽の巫女装備

武器……星屑の杖

防具……炎狐のガウン

頭具……灯火のサークレット

アクセサリー……魔光の指輪


※ネルメの装備

武器……不死者の錫杖

防具……ヒートコート

頭具……火鼠の毛皮帽子

アクセサリー……ヒートタイツ


※キーちゃん装備

武器……ぬいぐるみの杖

防具……厚手のダッフルコート

頭具……火鼠の耳当て

アクセサリー……浮遊石のペンダント


※腐薔薇の騎士装備

武器……薔薇の剣

盾……赤熱の盾

防具……サーコート

頭具……ヒートシンクヘルム

アクセサリー……絵心の筆


★☆★☆★☆★☆★☆



「ネルメちゃんの城で得られた武器と防具って、ほとんどが防寒装備だったんですね。本当、売らなくて正解でした」


 ゲームストーリー的にネルメの次が魔剣士シャウザ攻略だからな。こうして耐寒装備が整うのは、ある意味ご都合展開とも言えよう。


「売るつもりだったの?」


 う、ネルメよ、そんな目で見ないでくれ。

 俺達ずっと貧乏パーティなものでね。

  

 今だってある程度の資金は得られたものの、結局船員の支払いは継続しているし、領地経営用の資金も残しておかないといけない。


 何かあったら俺だけの責任じゃ済まなくなっちまったからな、余剰資金はあるだけあった方が良いに決まってる。


 それに、アークグリッドでは勇者の宝物庫の鍵は結局手に入らなかったし、あいも変わらず、我がパーティの台所は火の車のままだ。


 なんか、転生前の生活に戻った気がするよ。

 いや、幸福度は今の方が何百倍も上だけどさ。


「まぁ、アタシの全部は勇者様のものだから、別に売ってもいいけど。でも、その時は一言相談して欲しいな。アタシだってそこそこ貯蓄あるし、勇者様にお願いされたら何でも出しちゃうつもりだからさ」


 いやいや、ネルメにそこまでさせる訳にはいかないよ。アークグリッド攻略だって諦めさせてしまったし、これ以上はさすがに。


「へ? アタシ、別に諦めてないよ?」


 え?


「というか、前の戦争でほとんど目的達成って感じだし。あれ? 気づいてない感じ? ほら、勇者様、アタシの能力思い出してみてよ」


 ネルメの能力? 

 それはゾンビ化を自由自在に…………あ。


「にっひひー、気付いた?」


 前回の戦争で大半の兵士、将軍、大臣がゾンビ化に成功してしまっている。つまり、今のネルメがその気になったら、アークグリッド公国は一晩でゾンビの国に姿を変えるということか。


おおやけには負けたことになってるけどね、アタシ的には全然負けたって感じはしてないの。でも、勇者様がダメって言うだろうから、しないけどね」


 このギャル、只者ではないな。

 本当、仲間にして良かったよ。


——————

次話『温かな雪中冒険』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る