第23話 みんな、仲間になりました。

 夜明けと共に、大量のゾンビたちは姿を消した。

 

 生き残った者は互いの生還を喜び、失ってしまった者たちへと涙する。


 だが、ネルメは約束通り、倒された者たちの全てをゾンビへと変えていた。


 彼女の手に掛かりゾンビへと姿を変えた者は、やがて元の人間へと戻ることが出来る。つまり、負傷者ゼロ、完全なるアークグリッド軍の勝利という訳だ。


「……ゆ、勇者……殿……」


「な、なんなんだ今のは……」


 勇者魔法フォートレスサレンダーは、仲間の魔法力を借りて放つ大魔法だ。


 しかし、白銀の騎士ベルザバに魔法力は無く、童貞バツイチ中年王子もレベルが低く、魔法力がそんなに高くはない。


 どうやら勇者魔法フォートレスサレンダーは、無い者たちからも強引に魔法力を奪って放つ魔法らしい。


 魔法力が無い場合、恐らく代替えとして奪われるのは生命力だ。


 脳筋バカの二人は今、生死の境を彷徨っていた。

 全身を痙攣させながら、泡を吹いている。


 だがまぁ命に別状は無さそうだし。

 宿屋で一日寝れば回復してくれることだろう。


 そう信じ、俺は二人と共に戦場を後にした。



「不死の軍団の幹部を討ち取ったこと、アークグリッド公国が王、アークグリッド・ムサイセン・エルドランドに代わり、礼を述べさせてもらう。勇者よ、此度の活躍、まこと見事であった」


 俺達三人が腐薔薇の騎士、ドラゴンゾンビ、オークキングゾンビを討ち取ったことを数多の兵士が目撃していた。これにより、俺の目標である『戦争での貢献』は達成出来たと言っても良い。


 残るはネルメを仕留めるという部分だが、それに関しては楽勝だと言えよう。ネルメに扮した俺を太陽の巫女が倒したことにすれば、それで終わる。


 ささやかな宴を催してもらうと、俺は夜に備えないといけないと皆に伝え、家へと戻り、地下通路を経由してネルメの居城へと一人向かった。


「大変お疲れ様でした」


 さっそく出迎えてくれた太陽の巫女……じゃなかった、相変わらず目のやり場が困る衣装を着込んだダークメイデンから仮面を受け取り、マントを羽織る。


 玉座に座ると、自然と溜息が出てしまった。

 疲れてるんだろうな、それと眠い。

 

 このまましばらく眠ってしまおうか。

 そう思っていた俺の足を、誰かが引っ張る。


 見ると、そこにいるは一人の少女だった。


「……ん? 禁忌の魔術師か?」


 青髪に緑のメッシュが入ったボブカットの少女、見た目が十代だが、ネルメの仲間ということは十代にして殺された少女、という意味でもあるのだろう。無意識に彼女の頭を撫でる。


「勇者、アイツ等の硬貨、わたしに渡すの」


 アイツ等の硬貨? 

 ああ、腐薔薇の騎士たちのか?


「そうなの。早く渡すの」


 敵を倒すと手に入る硬貨。


 この硬貨は不思議なことに十枚を超えると一枚になり、中央部分に枚数が記載される。一円玉が勝手に十円玉になるようなものだ。そしてその制限はなく、どこまでも増えていく。


 腐薔薇の騎士を倒した時なんかは二万枚の硬貨だったのだから、内心喜んでいたりもしたのだが。


「ありがとうなの。ネルメ様の所に持っていくの」


 ネルメ様……。

 ああ、そういえば会っていなかったな。


 童貞バツイチ中年王子をゾンビから戻してくれたことの感謝も伝えないといけないし、彼女の部下を討ち取ってしまったことも伝えないといけない。


 俺も一緒に行くよ。

 そう伝え、少女と共に魔操室へと向かった。


 魔操室、なんて名前だから毒々しいものを勝手に想像していたんだが、意外や意外、入ってみたら中は綺麗なもんだった。


 ドーム状の部屋、天井には天使の輪みたいな黄色く光る円形の何かが浮かんでいて、壁には数多の宝石が埋め込まれてある。部屋にはベッドも用意されているし、普通に生活だって出来そうな空間だ。


「ネルメさまーなのー」


 禁忌の魔術師が部屋の中央、せり上がった台座のような場所に座るネルメへと、とてとてと駆け寄る。 


「お、キーちゃんもお疲れだったねー、しっかり見てたよ? ちゃんと勝てて良かったじゃん」


「にへへへへ」


 わしゃわしゃと禁忌の魔術師の頭を撫でた後、彼女は俺へと近づき、口元を緩める笑顔を見せる。


「勇者様もお疲れ、どうだった? アタシの部下、強かったっしょ?」


 ……ああ、強かったな。

 強すぎて勝てないかと思ったよ。


「にゃっはははは、勇者が負けたらアタシの立場がないっつーの」


 だが、本気ではないことも分かっていた。


「んー? そうなの?」


 もしネルメたちが本気で俺を殺そうとしたのなら、太陽の巫女を人質として利用したはずだからな。それをしなかった以上、純粋に力比べがしたかったのだろう。だからこそ、俺も本気で戦ったよ。


「へへ……さすが勇者様だね。アタシに勝つだけのことはあるよ」


 だが、すまなかったな。

 

「んー? 何が?」


 何がって、俺はお前の部下を。


「あー、ダイジョブ、禁忌の魔術師、硬貨、全部回収出来た?」


「出来たの。ここに全部持ってきたの」


「ありがと、じゃあ早速蘇らすか」


 蘇らす? 


 三枚の硬貨を手に取るとネルメは魔操室を出て、そのまま城のバルコニーへと向かう。そして手にした硬貨をバルコニーからーぽーんっと天高く放り投げ、踊りながら呪文を唱えた。


「転生輪廻、魂魂魂コンコンコーン!」


 何その可愛い踊り。 

 両手を頭にやって狐の耳みたいにして踊ってる。

 

 へ? 硬貨がグニョグニョ形を変えて……マジかよ、腐薔薇の騎士とオークキングゾンビ、さらにはドラゴンゾンビまで元に戻っちまったんだが。


 コイツ等、復活出来たのかよ。

 っていうか硬貨から元に戻せんの?


「復活の魔法が、人間だけのものだと思った?」


 いやいやいや、そりゃ思うでしょ。 

 っていうか、これ人間界知ったら大パニックよ?

 

 普段使ってる硬貨を魔物に戻せるって、今や全世界のご家庭に硬貨があるんだから、一斉に魔物に戻してあっという間に征服出来ちまうじゃねぇか。


「あははー、そうかもね。でもしないよ、そんなことしたらアタシ等の魔力だって空っぽになっちゃうからね。人間の蘇生魔法だってそうでしょ? 減る魔法力、半端なくない?」


 まぁ、確かにそうだけど。


「勇者殿」


 お、おお、腐薔薇の騎士さん、さっきぶりですね。なんかちょっと、気まずいんですが。


「最後の技、見事であった。是非とも絵に残したいのだが、宜しいだろうか?」


 ……どうぞ、ご自由に。


「感謝する。完成したら勇者殿にも見て頂きたい」


 それは構わないんだが。

 なんか、戦ってた時と若干キャラが違うような。

 

「あれが素の状態だよ。生前はどこかの帝国の騎士様だったらしいんだけど、本当は戦いなんてしたくなかったんだって。で、そのことを王様に訴えたら裏切り者ってことで処刑されたらしいよ」


 ネルメから聞く新事実。

 なんという理不尽。


 「ねー、ほんっと人間て理解出来ない。あ、勇者様のことは心の底から理解してるからね? っていうか勇者様」


 なんでしょうか? 前かがみになって近寄られると、ちょっと目のやりどころに困るのですが。


「どうして一回も魔操室に来なかったの? アタシいつ来てもいいように部屋にベッドまで用意したんだよ? それなのに全然来ないから、普通にピンチにさせちゃったじゃんか」


 いやいや、行くわけないだろ。

 

「押すな押すなは押せって意味なんじゃないの?」


 違うでしょ。

 それは伝説の芸人さんの持ちネタだ。

 

「まったく……あ、そういえばグラーテン王子だっけ? またゾンビに戻しておいたからね」


 ん、ああ、ありがとうな。


「いいよ、気にしないで。そういえばオークキングゾンビちゃんのこと、王子って力で屈服させたでしょ? オークって種族は力が全てなんだよね。だから彼女、今グラーテン王子にガチ惚れしたみたいだよ? 多分、再会したら秒で求婚されるかもね」


 は? え? あれメスなの? キングなのに?


「メスとか言うなし、それって差別発言だよ」


 ああ、すまない。

 ……差別なのか?


「とりま、後は勇者がアタシの身代わりにやられるだけだね。 巫女ちゃんにお願いする感じなんでしょ? だったら城の外から見える場所にでも座って、やられる感じにする?」


 そうだな。

 それが一番楽でいい。


「わかった、じゃあ勇者様、最後のお勤め頑張ってね。これが終わったら、二人でデート行こうね」


 デートって。

 俺とネルメじゃ親子にしか見えんぞ。

 というか俺には妻子がいてだな。


「アタシには妻子なんか関係ないから。じゃ、まったねー」


 ったく、やりたい放題だな。

 ……でも、デートか。


 娘と二人きりで出かけた事とかないし、それの予行練習って感じでやればいいのかも。


 結構……いや、かなりの月日が流れちまったな。

 元気にしてるかな、二人とも。


「勇者、外に座る椅子作ったの。ほめて」


 ああ、ありがとう。

 禁忌の魔術師はお利口だね。


「そうなの。あたし偉いの。えっへん」


 ふぅ……なんか、物凄い眠気が。 

 外の風でも浴びながら、昼寝でもしようかな。


 バルコニーへと出て……おお、ちょうどいい椅子があるじゃないか。背もたれが斜めになるし、これはこのまま寝れそうだ。


 そういえば、アークグリッド公国には剣聖がいたはずなんだが、全然姿を見ないな。登場当時の年齢が四十歳かそこらの美形中年だった設定だから、二十年経過した今だと六十を超えた辺りか。


 剣聖がいたら、戦争ももっと楽に勝てたんだろうな。……いや、俺の活躍の場を奪われていたかもしれないし、いなくて正解か。


 それぐらい強くて、人気のあるキャラだったんだよな。今はどうしているんだか。


 ————。


 ん? なんだ、首に何か違和感。

 いつのまにか目の前に人、誰だこの人。


「腐肉の王ネルメの首、剣聖ネゾが頂いた」


 このお爺ちゃん、どこかで?


 ……あああああああ、思い出した!


 白銀の騎士ベルザバと訓練していた時にこっちを見ていたご老人! アレが剣聖ネゾだったのか! 全然、会議にも姿を見せていなかったから全く分からなかったぞ! っていうか……え?


 俺……首、切られちゃった? 

 自分の身体が、見え————


——————

次話『勇者死す?』

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