水槽屋奇譚

吉高 都司 (ヨシダカ ツツジ)

 プロローグ

 エアポンプの泡が、その発生する音と、水の中を漂い、割れる音とが途切れなく、部屋の中にその音だけが延々続いていた。


 エアポンプのモーターは低い音を発しながら、そのポンプが生み出した泡の先程の音と相まって泡という自然の音と、ポンプという人工の音が部屋中にその音だけがずっと続いていた。




 ここにいた魚は何て言うの、彼女は水槽の中を見ていった。




 特に。


 男はぶっきらぼうな声のトーンで答えた。




 ・・・。


 小さく溜息を彼女が付くのを聞き逃さなかった。




 一匹だけ?


 彼女は目線は相変わらず、水槽の魚に向けたまま。




 つがいで買っても、別に繁殖させるわけでもないし。


 男。




 一匹じゃかわいそう。


 彼女。




 じゃあ、もう一匹買う?


 男。




 コンコン水槽を叩きながら。


 一人じゃ寂しいよね。


 彼女。




 本当は、三匹居たんだ。


 男。




 え。じゃあその三匹は?


 彼女。




 さあ。


 男。




 フーン。と言いながら相変わらず彼女は、水槽から目を離さない。




 なんでだと思う。


 男。




 コンコン叩いていた手を止め。


 彼女。


 どうして。




 一匹じゃかわいそうだから。


 男。




 え。可哀想?・・・三匹でしょ。


 彼女。




 そう、死んだのはね。一人で死ぬのはかわいそうだから。一緒に逝ってあげればと思って。


 男。




 彼女は、スッと、水槽を叩いていた手を引いて、目線を水槽から外すが、決してこっちを見ない。




 いや、一緒にしてあげたんだよ。


 男。




 だから、なのね。


 彼女。


 だからこの水槽は空なのね。




 エアポンプと泡の音が部屋中に響いている。主の居ない水槽の中にはエアポンプから作られた泡と、浄水機から吐き出される水の音が部屋に充満していた。




 カーテン越しに、日が傾いてきた事を、オレンジ色をした日の明かりが知らせた。

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