第20話 二周目の和解

次の日の早朝、僕は集合時間の30分前にロビーに下りた。


「慎太郎、遅いよ。」


約束の時間より早くロビーのソファで待っていた北条さんが不満そうな顔なので、謝りながら慌てて隣に座る。


「昨日はごめんね。弱いところを見せちゃって。でも、慎太郎も頑張ってくれてるし、最後まで頑張るよ。」


言葉は気丈だけど、やはり目に力がない。表情にも疲れの色が見える。


「それはよかったです。そういえば、昨日北条さんのお母さんとメールしたんですけど。」


「ああ、どうだって?みんな元気にしてる?」


「ええ、元気みたいです。なんかご家族で有馬温泉に行かれているみたいですよ。」


「えっ・・・・。そっか、たしか前からそういう予定だったけど、わたしだけ合宿だから行けなくなったんだった・・・。」


またガックリとうなだれてしまった。


「でもほら、合宿が終わっても夏休みは、まだ2週間くらい残ってますし・・・・。」


「うちは仕事でお盆以降忙しくなるから、家族で遊びに行けるのは今しかない・・・。」


「あ~そうなんですね・・・。」


やっぱり繊細になってるのかな。普段はこんなことでは落ち込まないのに・・・。


「あっ、そういえばクラスでユニバに遊びに行く話ってなかった?」


うなだれていた北条さんがぱっと顔をあげた。でも僕はゆっくりと首を振るしかない・・・。


「・・・あれは・・・今日ですね・・・。」


「そっか・・・。たった一度の高校1年生の夏休みなのに・・・何も楽しいことなく終わっちゃうのかな・・・。」


いつもだったら『北条さんの高校1年生の夏休みは2度目でしょうが!』と軽口を叩くところだけど、がっくり落ち込んでしまった北条さんを前に、とてもそんなことを言える雰囲気じゃない。


北条さんを元気づけるために僕に何ができるだろうか?

これならもしかして・・・。


僕は少しためらったけど、勇気を出して口を開いた。


「じゃあ、合宿が終わったら僕とどっか遊びに行きましょうか?どこでも好きなところに。」


「えっ?ほんと?」


顔をあげた彼女の表情は、わずかだが明るくなったようだ。


また変な約束をしてしまったと後悔する気持ちもあるけど、少しでも元気になってくれたならそれでいい。


「どこがいいかな~。う~ん。」


彼女がニコニコしながら首をひねり思案している様子をぼんやりと見ていると、その後方からもう一人の待ち人がこちらへ歩いてくる様子が見えた。


南城先輩だ!!僕は目でこっちですと合図をした。


「慎太郎、由里子、おはよう。」


「南城先輩、おはようございます。ここに座ってください。」


南城先輩は、北条さんが座るソファと半身で向かい合う椅子に座った。


南城先輩は、北条さんのことを友達だと言ってくれたし、誤解が解ければ関係が改善するきっかけになるかもしれない。そう思って北条さんと話してくれるようにお願いしたんだけど・・・。


「・・・・・・・。」


案の定、北条さんが黙って席を立とうとしたので、Tシャツの裾を引っ張って強引に座らせ、「この人は敵じゃないです。聞いてあげてください。」と耳打ちした。


「・・・・・・・・。」


「・・・・・・・・。」


北条さんはおとなしく座ってくれたけど、そのままうつむいて沈黙した。

南城先輩もあらぬ方向に視線をやって黙っている。


「ううんっ!」


僕は咳払いをして、南城先輩に目線を送った。昨日頼んだことお願いします、というメッセージを込めて。


「ユリコ、わたしはユリコのトモダチだと思ってる。また仲良くして欲しい。」


南城先輩は斜め上の宙を見つめたまま微動だにしない。だけど南城先輩の言葉を聞いた北条さんが小刻みに震え出した。


「わ、わたっ、わたし、わたしは・・・・。」


瞳も揺れているけど、必死に思いを言葉にしようと頑張っている。

僕は少しでも後押しになればと、彼女の背中に手を添えた。

その背中は汗でぐっしょりと濡れていたけど、体は冷たかった。


『北条さんの味方はここにいます。僕がいます。』


そう念じながら、背中に添えた手に力を込めた。


「わたしは・・・友理奈のこと・・・友達と思ってた。だけど・・・怖くなった・・・裏で・・・他の女子と一緒に・・・わたしのこと嫌ってるんじゃないかって・・・。そしたら・・・前みたいに話しかけられなくなって・・・。」


下を向きながら、声も震えながら、でも必死で気持ちを言葉にしようとしている!

頑張れ!!背中に添えた手にさらに力をこめる。


「私は悲しい。ユリコが信じてくれなかったこと。」


南城先輩はまだ宙を見つめたまま。だけど注意してよく見ると小刻みに震え始めている。


「ごめんね・・・ごめんね。あの頃は、周りがみんな敵に見えて・・・。」


北条さんは、頬に零れ落ちた涙を指で拭いた。


「わたしもごめん。由里子を守れなくて・・・。よければまた仲良くしてほしい。」


南城先輩がやっと北条さんに視線を向けた。その瞬間、瞳にたまった涙が溢れた・・・。


そのまま南城先輩は、ゆっくりと北条さんの肩を抱き、それを合図のように二人で嗚咽を漏らした。


僕は、それを見て静かに席を立った。



その日の朝食時間、北条さんは2年生の集団の中にいた。まだ緊張で顔が引きつっているけど、周りの部員とちらほら話しているように見える。

昼食時間も、北条さんは2年生部員と一緒にテーブルについていた。

夕食時間には、もう探さなければ北条さんがどこにいるのかわからないくらい溶け込んでいた・・・。



次の日の朝、念のため30分早く起きてロビーに下りたけど、そこには誰もいなかった。


よかった。じゃあ、もう僕のサポートはいらないのかな。


そう認めてしまった瞬間、胸にズキッとした痛みを感じ、それが寂しさだと気づくのに少し時間がかかった。



「せっかく早起きしたから散歩でもしようかな」


高原の朝の爽やかな朝日を浴びれば気が紛れるかもしれない。

明るく独り言を言いながら勝手口の方に足を向けた。


「ちょっと!慎太郎!どこ行くのよ?」


久しぶりに聞くあの能天気な声!! 

懐かしくなり振り返ると、そこには笑顔の北条さんが手に腰を当てて立っていた。

その自信にあふれたクールな表情も、久々に見る気がする。


「散歩に行こうと思って。」


「わたしと毎朝30分おしゃべりする約束でしょ。忘れないでよ。」


ニヤリと笑いながら右手の人差し指で僕のおでこにつついた。


「2年生の先輩方とうまくいっているようなので、もういらないかと思って。」


「それはそれ、慎太郎は慎太郎よ。まだ夏休みにどこに遊びに行くか決めてないでしょ。せっかくだし歩きながら話しましょ!」


彼女は僕の肘のあたりをつかんで勝手口の方へ引っ張った。

相変わらずの強引さに閉口しながらも、頬が緩むのが止められない。


「北条さんはどこに行きたいですか?」


「えっと、ユニバと海遊館と任天堂ミュージアムと、あっ奈良公園も行きたいわね。」


「そんなに行けませんよ。一か所でお願いします。」


「え~!あっ、家族旅行で行けなかった有馬温泉とか。二泊三日。」


「泊りは勘弁してください。」


「え~、わがままだな~!じゃあどこがいいの~?」


「・・・ところで北条さん、その前に忘れてませんか?この合宿の最終日に追試があるんですけど、準備は大丈夫ですか?」


僕の冷静な一言に北条さんはピタリと動きを止めた。視線も泳いでいる。


「あ・・・あれ?ああ、そうね。保健体育なんて暗記すればいいだけだから余裕よ。」


「そのセリフ、テストの前にも言ってましたよね。それで赤点・・・。」


「あれは慎太郎が協力してくれなかったからだって。あっ、今日から練習終わった後に保健体育の勉強教えてよ。またテスト問題作ってね!よろしく、慎太郎!」


少し照れくさかったのか、彼女は、そのまま勢いよく勝手口から飛び出した。そして振り返ったその顔は弾けるような笑顔で、朝日がキラキラ反射してまぶしかった。

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