第2話 二週目の隙間
入学から数日経ち、クラスの雰囲気も落ち着いてきて、少しずつ友達グループができ始めていた。
僕は、出身中学からただ一人、越境して京都市にあるこの高校に入学したので友達ができるか不安だったけど、無事に山本くん、山下くん、山田くんのグループに入れてもらえた。
トラブルを起こさず、落ち着いた平穏な日々を過ごそう・・・。
中学の頃のような思いはもうごめんだ!
それが高校生活最大の目標なので、まずは友達もできて一安心だ。
「二宮くんの隣の席って誰?お昼休みだけ机と椅子を借りても大丈夫かな?」
「ああ、そこは北条さんの席だよ。昼休みはいつもどこかいっちゃうから大丈夫じゃない?」
「え~!あの美人の先輩の椅子だと思うと緊張するな~。」
「先輩じゃね~し(笑)。」
入学式の後のHRでの自己紹介。北条さんは自己紹介による第一印象の大切さを身をもって教えてくれた。
あの羞恥心を振り切った自己紹介の後、北条さんは人気者になり、あっという間にクラスに溶け込んだ・・・・ようなことはなく、むしろクラスのみんなから警戒され、遠巻きに見られる存在になってしまった。
ただでさえ高校生の1歳差は大きい。
まして、自己紹介であんなに振り切ったキャラを見せつけてきたにもかかわらず、その後はいつも無表情でクールな雰囲気を漂わせている彼女のキャラは絡みづらく、みんな声をかけるのをためらった。
反面、悪目立ちにより関心は集めており、本人がいないところで噂の中心になることも少なくない。
「北条さんって、いったいどこでお昼ごはん食べてるのかな~?」
「二年生の教室じゃね?さすがにそっちには友達いるでしょ。」
「まあ、一年後輩のクラスに溶け込めっていうのも無理だよね・・・。」
山本くん、山下くん、山田くんの話題も北条さんに関することが多い。
ただ、この三人には彼女が苦手というよりも、チャンスがあれば話しかけたいという雰囲気を感じる。
男子の間では、美人な北条さんとお近づきになりたいけど、さりとて勇気を出せないとか、抜け駆けに対する周りの視線が気になるというジレンマがあるみたいだ。
実に興味深い・・・。
「あっ、そうだ今日は5時間目が体育だから準備しとかなくちゃ。ごめんね。先に行くね。」
「ああ、二宮くん。体育係おつかれ~。」
「頑張ってね~。」
急いでお弁当を片付け、一人更衣室で着替えて体育教官室で鍵を預かり、体育倉庫に向かって歩いていると、校舎の切れ目、体育倉庫の手前で何か悪寒を感じた。
あの校舎と体育倉庫の隙間に何かいる気配がする!何かに見られている気がする!!
ビクビクしながら、ゆっくりとそちらに視線を移すと、暗闇にらんらんと光る二つの眼が浮いており、しかも一瞬目が合ってしまった。
「殺られる!!」
すぐに目を逸らして駆け出そうとした刹那、暗闇からにゅっと伸びてきた手に肩をつかまれ、物凄い力であっという間に闇の中へと引っ張り込まれた。
「たすけっ・・・もごごご・・・」
肩をつかまれたまま素早く口をふさがれた。必死で振り払おうとしてるけど、パワーの差があり過ぎてとても振り払えない。
不審者?いや・・・熊か・・・?
ああ・・・短い高校生活だった。
僕はここで殺されるのか・・・こんな獣臭い腕の中で・・・。
・・・・いや、獣臭くないぞ。むしろ桃の花みたいなフローラルな香りがする。じゃあ、この腕は・・・。
「わたしの秘密を知ったな、二宮くん。」
首をひねって振り返ると、視界の端には見覚えのある栗色の髪が・・・。そしてこの声は・・・。
「あっ、あれ?もしかして北条さん?どうしてこんな隙間に?」
「・・・・見ればわかるでしょ。お昼ごはん食べてるのよ。」
確かに足元を見ると、箸が刺さったお弁当箱が置いてあるような・・・。
「こんな暗くて狭くて座る隙間もない場所で立ったまま?なんで?」
「なんでって・・・それはわかるでしょ?」
いや難問が過ぎるでしょ。女子高生が校舎と体育倉庫の隙間に挟まってお弁当食べるってそんなシチュエーション聞いたことないよ。
「すみません・・・本当にわかりません・・・。そういう趣味かなんかですか?」
「わたしが好きでこんなことをしてると思ってるの?」
「いえ・・・てっきり狭いところに挟まって食べるご飯おいし~という人もいるかと・・・。僕はそういう趣味を否定する気はないんで・・・。」
「違うよ。一人で弁当食べられる場所探したらここしかなかったの!」
「何で?一人で・・・?」
「・・・・・友達いないからに決まってるでしょ!」
僕の言葉に一瞬ひるんだ後、北条さんは吐き捨てるように叫んだ。そんな耳元近くで叫ばれると耳がキーンとなる。
「いや、一人で食べるの好きな人もいますよ。それに、一人で食べるにしたって、他にも場所ありますよね。教室とか、中庭とか・・・。」
「ばっか!そんな人目につくとこで・・・一人で食べてるところを見られるなんて恥ずかしくて死んじゃうでしょ!」
「じゃあトイレとか・・・」
「そこまで落ちぶれてないわよ!」
いや、この暗闇でのランチはもう最下層クラスだと思うよ。
「ま、まあ・・・いずれにしてもこの隙間から早く出ましょうよ。ちょうど体育倉庫の鍵を持っているのでそこで座って食べてはどうですか?よければお話を聞きますよ・・・。」
「なんか汗臭そうだけど仕方ないわね。よっし、見つからないようにすぐに移動するわよ。弁当箱持ってさっさと来なさい!」
僕の手から体育倉庫の鍵を奪って駆け出す北条さんを、足元の弁当箱を拾ってから追いかけた。
◇
「それで、二宮くん。わたしに恥をかかせた落とし前はどうつけてくれるのかな?」
北条由里子さんは、体育倉庫で6段重ねの跳び箱に座りお弁当を食べながら、体操マットに正座している僕を詰問調で責めてくる。
責められている僕はと言えば、さっきから目の前にある、チェックのスカートの下から伸びた白くて長い脚が気になって視線を上げられない。マットの縫い目の数でも数えて雑念を振り払おう。
「恥って・・・。そもそも僕しか見ていないので、僕が黙っておけばいいのでは?」
「しかし、君に見られた事実は変わらないでしょ!しかも、君には、入学式の日の貸しがあるし。」
「入学式の日に何か借りましたっけ?」
「一目で、わたしが留年してて先輩だって見抜いたじゃないの。最初は留年を隠して、しれっとみんなと一緒に入学したフリをしてやり過ごそうとしてたんだよ。でも君に見抜かれたせいで観念して、プランBの自己紹介をせざるを得なくなって・・・。その結果があの空気よ。いったいどうしてくれるのよ?」
一応、あの自己紹介で地獄みたいな空気になったことはちゃんと認識してたんだ・・・。しかし逆恨みもいいとこだ。
「いや、みんな留年自体はそんなに気にしてないと思いますけど。問題は間違った方向に振り切った自己紹介の方だったと思いますよ。」
「そんなわけないでしょ!きっとみんな心の中では、わたしの顔を見るたびに、『あっ北条先輩、おはようございます!いや、先輩じゃね~し(笑)』とか、『二周目、乙で~す。いや、周回遅れか~。』とか思ってるに違いないんだから!だからみんな教室で話しかけてくれないんだわ~!!もう死にたい。」
架空の生徒のモノマネうまいな。でも、口では死にたいと言いながら、生きるための食欲は旺盛なようで、お弁当を食べる箸は止まらない・・・。
「考えすぎですって・・・。ほら、待ってないで北条さんの方から話しかけたらどうですか?『一緒にお弁当食べよう』とか言って誘えばいいじゃないですか。」
「・・・・・・そんなの、恥ずかしくてできない・・・。」
頬に右手を当てて、いやいやといった感じで首を振る。
「いや、大丈夫ですって。勇気を出してみたらどうですか?」
「でも、そう誘ったらさっ、きっと『ごめん、このグループは定員4人なんだ』とかさっ、『北条さんは、あっちのギャルグループの方がいいんじゃないかな・・・。』とかさ、『いや、北条が一緒にご飯食べるとかマジうけんだけど~。』とか言われるに違いないし・・・。」
「いや、何の妄想ですか?そんなこと言う人この学校にいませんよ。」
「全部、一周目に経験済みの話なんだけど・・・・。」
「ああ、そうでしたか・・・それは僕の考えが至りませんでした。すみません。傷をえぐってしまって・・・。」
「どうしてくれるのよ・・・わたしの高校生活・・・。」
いや、そんなジトっとした目で見つめて、どうしてくれるのと言われても・・・・。
正直、僕が責任感じなきゃいけない要素が1ミリも思い当たらないんだけど。
でも困ったな。このままだと、5時間目の体育の準備ができない。
「・・・じゃあ、明日のお昼休み。僕が声をかけますから。それで僕のお昼ごはんグループに入れてもらうというのはどうですか?それをきっかけに色々な人と話していけば、意外に気さくな人だと印象付けられて、少しずつクラスに溶け込めるんじゃないでしょうか。」
「いいの?」
北条さんの表情がパッと明るくなった。教室ではクールな表情しか見せていないのに、この場ではさっきから表情が猫の目のようにくるくる変わってめまぐるしい。
「まあ、乗りかかった舟ですので。じゃあ、僕は体育の準備があるのでこのあたりで・・・。」
「ありがとう!じゃあ明日よろしくね☆」
意味がわからない崩れたピースらしきハンドサインをして、やっと僕を解放してくれた。
思わぬ時間をとられちゃった。急いでハードルを出さないと・・・。
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