第3話『魔王ちゃんの恋心』

 アタシは【黒炎帝】の孫娘、【血濡れの姫ブラッディ・プリンセス】のアイラ。

 おじい様が魔界を統べる大魔王になり、代わりにアタシが人間界の魔王に就任して早3年。

 12歳だったアタシも15歳になりました。


 順調になるはずだった魔王職。

 それを狂わせ悩ませるのが、勇者ユウの存在なの。

 彼は、おじい様に〝死んでも記憶を持ったまま蘇る呪い〟をかけられた。

 この〝記憶を持ったまま〟というのがポイントで。

 死ぬまでに得た経験値は引き継がれるから、少しずつだけど確実に強くなってるし……。

 前回の失敗を反省し、対策を練って、またアタシに挑んでくる。


 ふぅ……。

 ねぇ、これがどーいうことかわかる?


 そーなのっ!

 まるで、〝関係がマンネリ化しないよう一生懸命頑張る彼氏〟みたいじゃん!?

 もー、勇者ってば優しい~。

 そーゆーとこ好きぃ♡

 勇者しゅき~ぃ♡♡♡


 ……って、ちょっと待って、ちょっと待って!

 今、大切なことに気付いた!

 勇者って、いっつも魔王城にやってくるじゃん?

 これって……〝おうちデート〟ってやつなのでは!?!?!?


 じゃあ、じゃあ、アタシは……。


「ねぇ、アタシの部屋……来る? 今日……誰もいないんだ」


 って言わなくちゃいけないんじゃないのっ!?!?!?

 それやばい、やばい、やばーい!

 大人の階段、全力で駆け上がっちゃう的な?

 きゃーーー、顔あつっ、あはははー!!!


『――アイラ様がそのセリフを言えるのは、我々配下が全滅しているときなのですけどね』


 心の中に響く声。

 幸せ妄想を遮られたアタシは、

 むーっ!

 と、頬を膨らませて振り返る。


「バルギウス! アナタはまた人の心を読んで、テレパシーでツッコミを!」

「申し訳ありません、アイラ様。心の声がダダ漏れでしたので、つい」

「つい……じゃないわよ! まったく、アナタが近くにいたら守秘義務もあったもんじゃないわ!」

「いえ、その点はご安心ください。他の幹部の方々は、皆、精神プロテクトをかけておられます。そのため、心を読むことは不可能です」

「え!? ちょ、それ、マ!?」

「マジのマです。ええ、それはもう皆さまガチガチに。こんなにも無防備なアイラ様は、不用心を通り越して純粋無垢じゅんすいむくで可愛らしいこと、ハッハッハ」

「それ……絶対褒めてないよね?」

「ハッハッハ」


 この毒舌メガネはアタシの補佐官、魔神将グレーターデーモンのバルギウス。

 アタシの恋心弱点を知る唯一の者。


 っと、今はそのことは置いといて。


「ねぇ、バルギウス。この前お願いした魔王城のみんなの満足度調査はどうなってる?」

「はい、こちらに纏めてあります」


 そう言って、どこからともなくファイルを取り出す彼。

 パラパラとめくると、そこには魔物たちの名前、種族、特徴などがびっしりと書いてある。


「ありがと。それじゃ、今度は人間たちの調査ね」


 人間たちの情報――何を希望して何が不満なのかを知ることは、この世界を正しく支配するために必要なこと。

 アタシだって、遊んでばっかじゃない。

 こー見えて、魔王としてのお仕事もちゃんとやってるのだ。


 それでそれで、いつの日かアタシの仕事ぶりに気付いた勇者たんに……。


「魔王ちゃんって、流行トレンドに敏感なんだね」


 って、潤んだ瞳で言われちゃう的な! 的な!

 あははー、やだもー、アタシってば仕事できる女子ぃ。


 頬に手を当て、にへ~と笑うアタシに、バルギウスは新たなファイルを取り出した。


「そう言うと思いまして、こちらに用意しておきました」


 手渡されたファイルの束。

 その分厚さは、さっきの比どころの話じゃない。


「流石ね……。んじゃ、次は最近の世界情勢と環境問題を……」

「こちらに対策をまとめておきました」

「じゃ、じゃあ、物価高騰への対応を……」

「それはこちらです」

「街で流行りのスイーツ……」

「はい、どうぞ」


 次々と取り出されるファイル。

 その全てが完璧な仕上がりで。


「オォゥ……仕事できる男子ぃ……」


 山のような資料を前に、アタシは「くぅ」とうなった。


 バルギウスって、なんだかんだ言っても仕事はできるし、顔だって悪くない。

 これで性格が良かったら最高だったのにぃ……。

 数々の毒舌が頭の中に蘇って、思わず口からため息が漏れた。


「……ところでアイラ様」

「ん?」

「勇者と言えば、敵の最重要人物と言っても過言ではない者。色ボケ魔王様とはいえ、よくもまあ恋に落ちましたね」

「え? え? なになにバルギウス、それ聞いちゃう? 理由が知りたくて仕方ない系?」

「アイラ様は言いたくて仕方ない系ですね……。でも、確かに気にはなりますね」

「ふふっ、素直でよろしい~。そう、あれはアタシが5歳のときだったわ……」




* * *




「おお、アイラ。こっちに来てごらん」

「なぁに、おじいさま?」


 膝の上に座ったアタシに、おじい様は遠見の水晶球を出してきた。

 映し出されるのは、のどかな村の一角。

 そこには、アタシと同い年くらいの男の子がいたの。


 彼は手にした剣でひたすら素振りを続けてる。

 その姿は、のどかな村には不釣り合いな気がして、アタシはおじい様の顔を見た。


「おじいさま、この子は?」

「この子はユウ・フォルビアと言ってな、ワシの最大のライバルだった勇者の一人息子じゃ。歳は6歳、アイラのひとつ上じゃな」

「ふぅん……」


 勇者の話は聞いたことがあった。

 なんでも、おじい様のライバルなんだとか。

 この魔王城に乗り込んできたのは、つい最近のこと。

 もちろん、おじい様が撃退したのだけれど。


「おじいさま、この子がどーしたの?」


 アタシがそうたずねると、おじい様は目を細めて微笑んだ。


「フフフ、ユウはワシの呪いを受けておるのじゃ」

「のろいー?」

「そうじゃ。ユウが16歳になるとそれは発動する。死んでも、記憶を持ったまま誕生日の朝に巻き戻る呪いがな」

「んー? いきかえるってことー? でも、それって、うれしいことじゃないのー?」


 首を傾げるアタシの頭を、おじい様は優しく撫でた。


「アイラは剣で刺されるのはどうじゃ?」

「やーよ! だって、すっごくいたいもん!」

「そうじゃろう。じゃが、この子はその痛みを何度も受けることとなる。死の苦しみも、後悔も、屈辱も……全てを抱えたまま再び目を覚ます。それが、どんなに耐えがたいものだったとしてもじゃ」

「えー!!」

「そして、ユウが死ぬとこの村も一緒に巻き戻る。じゃが、村人どもは記憶を引き継ぐことはない」

「はぇー? それって?」

「ユウの死に戻りは言わば局所的なもの。世界全体の時間は戻らぬからじゃ。村人どもは外界から取り残されていることも知らず、かごの中の虫ケラと同じように変わらぬ時を延々と生きてゆくのじゃ」


 そう言っておじい様は、喉を鳴らして笑ったわ。

 それは、たまらなく楽しそうだったことを今でも覚えてる。


「ユウは、帰らぬ父の後を継いで勇者になろうと日々稽古に励んでおる。ワシを倒すため、呪いを解くためにな。ククク……無力な人間風情が無駄な努力に明け暮れる。その姿は、あまりに滑稽こっけいで微笑ましいではないか!」


 そんなおじい様の思惑なんて知らず、水晶球の中の彼は剣の稽古に打ち込んでる。

 歳なんてアタシとそう変わらないのに。

 遊びたいこと、やりたいことだって、いっぱいあるだろうに。

 それでも前だけを見つめ、ひたむきに剣を振り続けている。


 その瞳は真っ直ぐで。

 そのあどけない顔は真剣で。

 その飛び散る汗はキラキラと輝いて。


 ――トキメキキューン♡


 不意に謎の音が響いたと思ったら、アタシはもう彼から目が離せなくなってた。

 胸の中に高まってゆく感情。

 それが一目惚れだと知ったのは、しばらく経ってからのことだったわ……。



 それから10年の時が流れて……。

 15歳の誕生日。

 アタシが人間界の魔王を引き継いで、ちょうど3年目の日のこと。


 忙しい日々と流れる月日で、彼のことは遠い過去の思い出になっていたとき――。


 突然、玉座の間に飛び込んできた少年に、アタシは思わず息を呑んだ。


 そう、それは勇者になった彼だったの。

 おじい様の膝の上で見たときより、立派でカッコよくなってたけれど。

 でも、あどけなさの残る顔と、真っ直ぐな瞳はあのときのままだった。


 アタシは5秒で再び恋に落ちていた……。




* * *




「ねぇ、バルギウス……。愛し合う二人が敵同士って、残酷な運命を感じちゃわない?」

「そうですね。愛し合っているかどうかは別にして……残酷といいますか、迂闊うかつといいますか」


 アタシはポーンと玉座から飛び降りると、バルギウスの顔を覗き込む。


「それにしても……バルギウスって、なんでアタシのこと黙ってくれるの? 大魔王のおじい様や大宰相だいさいしょうのお父様に報告したら報酬だってもらえるだろうし、もしかしたらアタシに代わって人間界の魔王になれるかもしれないじゃん?」

「アイラ様、私を見くびらないで頂きたい!」


 そう言ってバルギウスはキッとアタシを睨む。

 その目はいつになく真剣マジだ。


「報酬? 魔王職? そんなものに興味はありません! 私はただ、アイラ様のお側にいて、アイラ様を見つめていたいのです!」

「え、な、何よ急に。もー、そーやってまた心にもないことを……」

「いいえ、私は本気です!」

「ふえぇ!? そ、そーなの!?」


 えーーーー!!!!!

 ちょっと待って、ちょっと待って、なになになに!?!?!?

 バルギウスってアタシのことが好きだったの!?!?!?

 ぜんぜん気付かなかったーーーー!!!!


 アタシを見つめる瞳。

 インテリメガネの向こうに見える切れ長の目。

 キリッとした顔立ちにサラサラで涼やかな氷色の髪。

 シュッとしたスタイルのスリムなボディ。

 一緒に歩いてたら、女子はみんな振り返っちゃうだろう。

 

 勢いに気圧されて、アタシは思わず後ずさる。

 だけど、それを彼は許してくれない。

 アタシが下がる以上に、バルギウスは前に詰めてくる。


 ちょちょちょ、ちょっとちょっとちょっと!

 何が起きてるの!?

 突然の展開過ぎて、頭が付いていかないんですけどーーーっっっ!!!


「アイラ様……私は貴女あなたのことをずっと思っておりました」

「や、や、や! ね、ねぇ、一回落ち着こう? ね? ね? ね?」

「私はいつでも冷静です」


 アタシの背中が壁にぶつかった。

 ど、ど、ど、どーやら、壁際まで追い込まれちゃってたみたいー!!


「ちょ、マ!? バルギウス、ちょっと待って! ちょっと待って!」

「もう待てません」


 ドン!!


 彼の手がアタシの顔の横をすり抜け壁を突く。

 んきゃーーーーー!!!!

 こ、これ!!!

 ウワサに聞く〝壁ドン〟ってやつなのではーーー!?!?!?


「私の気持ち、今こそアイラ様にお伝えいたします」


 うーあー!!

 もー、こんなの、はわわ、はわわするしかないっっっ!!!


 そんなアタシを見詰め、彼は静かに口を開いた。


「私は……アイラ様のことをずっと――オモチャだと思っております」

「ダメーーーッ!!! アタシには心に決めた人が――って、なんですと!?」

「はい。ですから、アイラ様は私のオモチャです。魔王が勇者に恋をする、こんなにも面白い喜劇を見逃すわけにはいきません!」


 嬉々として語る彼。

 思わず力が抜けて、アタシはズリズリと壁を擦るようにして尻餅をついた。

 口からは地獄の底みたいなため息が漏れている。


 そんなアタシに向き直り、バルギウスはニコッと爽やかスマイル。


「あれ? 何か勘違いしちゃいました? 私はただ、楽しいことが大好きなだけですよ」

「あ……あぁ、そぅ……」

「ふふっ、このことは二人だけの秘密ですよ?」


 そして、人差し指を口に当てると、片目を閉じて決めポーズ。


「これからも、私を楽しませてくださいね」

「アナタって……ほんっっと性格悪いわ……」




~その後のアイラ&バルギウス~


「ちなみに、アイラ様には本日のオヤツはありません」

「え、なんでよ!? アタシ、楽しみにしてたのにぃ!」

「ありません」

「……あ~、もしかして、性格悪いって言ったこと気にしちゃってる~?」

「……あげません」

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