第九話「ヴァインベルク公国の建国」
王国の布告を受け、新しい国が産声を上げた。
国名は、セレスティーナの家名を受け継ぎ、「ヴァインベルク公国」。そして、彼女自身が初代大公として即位することになった。
建国の式典は、王都ではなく、アキト村――今や新国家の首都となるこの場所で、ささやかながらも温かい雰囲気の中で執り行われた。
俺は、大公となったセレスティーナを支える最高顧問という役職に就いた。だが、そんな肩書は、俺たちの関係性の中では些細なことだった。俺は彼女の最も信頼するパートナーとして、そして、いずれ夫となる男として、彼女と共に国づくりに奔走していく。
俺たちの国づくりは、他の国とは全く異なるアプローチを取った。
武力による領土拡大や、権謀術数渦巻く外交ではない。俺たちの武器は、ただ一つ。圧倒的な食糧生産能力という、「生命線」そのものだった。
まず、俺は【大地創造】の力を使い、国土全体の基盤整備に取り掛かった。
長年の治水に悩まされていた川の流れを穏やかに変え、豊かな水源を確保する。災害に備え、巨大な地下貯水池を創り出し、戦略的な備蓄を可能にした。禿げ山だった場所には、多種多様な樹木が育つ豊かな森を「創造」し、国土の保水力を高め、生態系を豊かにした。
俺の力によって、ヴァインベルク公国の国土は、文字通り、災害に強く、あらゆる生命にとって理想的な楽園へと生まれ変わっていった。
一方、セレスティーナは内政において、その卓越した手腕を発揮した。
彼女がまず設立したのは、身分に関係なく、誰もが読み書きや専門知識を学べる学校だった。知識こそが国を豊かにするという、彼女の信念の表れだった。
税制も改革した。収穫量に応じた公平な税率を導入し、民の負担を軽減する。さらに、商業ギルドを整備し、自由で公正な取引を奨励した。彼女の打ち出す革新的な政策は、次々と国民の支持を得ていった。
周辺国は当初、この新しく生まれた小さな農業国家を侮っていた。「武力も持たない国など、すぐにどこかに飲み込まれるだろう」と。
しかし、彼らはすぐに自分たちの過ちに気づくことになる。
大陸全体を覆う食糧不安の中、ヴァインベルク公国だけが、毎年、有り余るほどの高品質な食料を生産し続けていたのだ。
やがて、周辺国の民衆の間で、「ヴァインベルクに行けば、腹いっぱい食べられる」という噂が広まり、国境を越えて食料を求める人々が後を絶たなくなった。
各国の王たちは、自国の民の暴動を恐れ、プライドを捨ててヴァインベルク公国に食糧支援を要請せざるを得なくなった。
こうして、ヴァインベルク公国は、武力を用いずして、他国と対等、いや、それ以上の影響力を持つ「食糧外交」という新たな力で、大陸における独自の地位を築き上げていったのだ。
国の未来に、確かな光明が見えたある日の夕暮れ。
俺とセレスティーナは、公国の礎となった、最初の畑が見える丘の上にいた。
眼下には、夕日に照らされて黄金色に輝く、広大な麦畑が広がっている。それは、俺たちが二人で築き上げてきた、奇跡の結晶だった。
風が、麦の穂を優しく揺らす。
俺は、隣に立つセレスティーナに向き直り、覚悟を決めた。ずっと、このタイミングを待っていた。
俺は彼女の前に跪き、道端に咲いていた素朴な花を差し出した。
「セレスティーナ」
初めて、彼女を敬称なしで呼んだ。彼女が、驚きに目を見開く。
「俺と、結婚してください。大公としてではなく、一人の女性としてのあなたが好きです。あなたの隣で、この国を、そしてあなたを、一生守りたい」
俺の言葉に、彼女の紫色の瞳から、大粒の涙がいくつもこぼれ落ちた。それは、悲しみの涙ではない。彼女は、涙に濡れた顔で、今まで見た中で一番美しい笑顔を見せてくれた。
「……はい。喜んで、アキト」
涙ながらに、彼女は頷いてくれた。
俺は立ち上がり、彼女をそっと抱きしめた。黄金色の麦畑が、俺たち二人を祝福するように、優しくざわめいていた。
数ヶ月後、俺たちの結婚式とセレスティーナの正式な戴冠式が、首都で盛大に執り行われた。
国民からの万雷の祝福を受け、俺たちは、ヴァインベルク公国の未来を、そしてお互いの未来を、共に歩んでいくことを固く誓った。
貧しい農家の三男と、追放された公爵令嬢の物語は、ここで一つの頂点を迎え、そして、新しい伝説の始まりを告げたのだった。
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