政略結婚の許嫁は狐でした

@Contract

第1話 妖怪なんて見たくない俺と、人間なんか信用しない許嫁

 俺――中村恭一は、どこにでもいる普通の高校二年生だ。

……いや、正確には「普通になりたい」と願う高校生だ。


 なぜなら俺には、見えてはいけないものが見える。

 それは、妖怪だ。


 普通の人間には見えないらしいが、俺だけにははっきり見える。幼い頃からそのせいで「一人で喋っている」「空想癖のある変なやつ」などと後ろ指をさされてきた。だからこそ小学生だった俺は、人並みの「変化のない日常」に強い憧れを抱いた。


 あの事件以降は家の手伝いや仕方のない場合を除き、存在しているモノを存在しないように生活してきた。


 努力が身を結び、高校生になるころにはそんな生活も慣れはじめ、みんなと同じ変わらない平穏で、ありきたりな青春を送っていた。


 ……しかし十七歳の誕生日の今この時、そんな平穏は音を立てて崩れ落ちる。


「恭一。そろそろ話さなければならないことがある」


 夕食の食卓で、父が妙に改まった声を出す。嫌な予感しかしない。


「お前には許嫁がいる」


「は?」

箸を取り落とした。


「しかも相手は――妖怪の狐のお嬢さんだ」


 爆弾が落ちた。


「はああああ!?妖怪!?何言ってんだ親父!?」


「知ってるだろうが、我らが家系は二百年前、日本妖怪大戦で人間軍を率いた陰陽師の末柄だ。その縁で、妖怪側の将の末柄と盟約を結んでいる」


「どんな縁で、どう結んだらそんな頭のおかしいことになるんだよ」


「妖怪の世界も人間の世界もあの大戦からだいぶ経つ。人間は妖怪に対する恐れと敬意を忘れ、妖怪側も大戦を経験した者は一線を離れ、次第に反人間の声が大きくなっててな…」


「なるほど」


「じゃからわしらは人間と妖怪同士でどうにか出来んかと、共にあちらとこちらの穏健派で酒を酌み交わし、腹を割り互いに何度も話し合った…」


「それただの飲み会だろ!」


「そして互いの子供同士、一年の婚約期間の後に結婚させるという結論になった」


「そうはならねぇだろ!どんな飲み会だよ!?」


 俺は普通に人に恋して、いろんな苦労を乗り越え付き合って、普通に結婚して、普通の人生を送るのだ。


 しかし親父は困った顔を浮かべて言った。


「でもよぉ、もうあっちにオッケーって言っちゃったし、頼むよ」


「そんな気軽にこれからの俺とこの世界の未来を決めてんじゃねーよ!」


「でもあちらのお嬢さん、めちゃくちゃ可愛かったぞ?あんな子が嫁に欲しいぞ俺は」


「親父の希望はどうでもいいんだよ!俺は絶対そんなの認めねえからな!」


 ご飯をさっさと食べ終え、俺はこの日逃げるように自分の部屋に戻った。


 ……まさか翌日、本当にその「狐のお嬢さん」が現れるなんて、この時の俺は知る由もなかった。



 まだ朝露が草木を濡らすよく晴れた肌寒い早朝、突然家のチャイムが押された。


「恭一ちょっと手が離せないから出てくれ」


「あー、分かった」


朝食を食べる手を止め玄関に向かう。

家業の関係上この時間に人が尋ねて来るのもそう珍しくなくいつものように家の戸を開け客人に目を向ける。


そこには長い黒髪が朝の光に髪が透け、狐の耳を艶やかに揺らす美しい少女が立っていた。


深い緑色の金色の刺繡が入った上品な着物に赤い羽織を掛け、背筋をぴんと伸ばし大きな琥珀色の瞳は鋭く、まるで心の中までも見透かされているようだ。


目を奪われ何も言えず立ちすくす僕にその少女は問いかけた。


「あなたが……中村恭一?」


「え、あ、そうだけど……」


 どこか神秘的な空気をまとっているのに、第一声から明らかに不機嫌だ。


「ふん。やっぱり。どうして私が、こんな人間と……」


 小さくため息をついたかと思えば、露骨に嫌そうな顔をする。

その瞬間、頭の中で昨日の話が繋がった。


「ちょっと待て、まずは自己紹介くらい――」


「必要ないでしょ。勘違いしないで」


「は?」


「私は人間界なんて大嫌い。こんな埃っぽい空気の中で生活するなんてごめんだわ。

でも、一族の決めたことだから仕方なく来てるだけよ」


 ツンツンというより、もはやトゲトゲだ。

敵意とも言えるその態度に俺は言葉を失った。


「なによ、その顔。私だって好きで来てるんじゃないのよ。さっさと一年我慢してお互いに無理でしたで別れましょ」


嫌そうな顔を隠さず堂々と彼女は俺に向け言い放った。


そんな非常識な妖怪の彼女に俺はあくまで人として常識的に普通に笑顔で明るい声で対応する。


「結構です」


 ガチャリ。


 ……数秒後、玄関の外から「はぁ!?」という怒声が響いた。

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