最高の恋人アイリス
遠藤孝祐
熱に浮かされた一目惚れ アイリスとの一夜 ※
夕暮れが照らす先に、二十歳ほどの女性が池に
水面から伸びるセレストブルーのロングヘア。その優美さは、咲き誇る花に引けを取らない。
肢体に張り付くロンTの
仕事帰りにふらっと立ち寄った公園で、この世の物とは思えない美貌に囚われた。
女性は恋太に気づき視線を向ける。
青みがかった薄紫――イリス色の瞳。
目が合う。一瞬だけ世界が止まる。後に心臓が射貫かれたように呼応する。一瞬で燃え上がる、炎のような感情。爆ぜそうな脈動は苦しいぐらいに狂おしい。
恋太は女性に歩み寄った。蜜に誘われた虫のように、フラフラと吸い寄せられていた。
池に
「こんなところで、なにしてんだ?」
恋太の声は震えていた。恐怖を自覚している。精巧すぎる女性の造形に。長くカールした
美しさに恐怖を感じるなんて、生まれて初めての経験だった。
シャツが張り付き、盛り上がる胸部が主張されていた。ドキリと思考も乱される。
「わからないデス」
甘える子猫のような声色。内容に状況を察するヒントもなく、何一つ解決につながらない。それでも、声を聴けただけで幸せにすら感じる。
何を言うべきか迷っていると、女性は両手を恋太に掲げた。抱っこをねだる赤ん坊の様に、庇護欲をくすぐる仕草。
「さむイ」
心をくすぐる上目遣い。死んでもいいくらい可愛いに満たされる。
ドクンと心臓が跳ねる。自分の鼓動が明確に聞こえるくらいに、血流が全身を巡る。鮮烈な欲望が言葉となって
この女性を、自分の物にしてしまいたい。
普段の自分自身では、考えられない非倫理的な思考。まるで催眠にかけられたように、恋の欲望が脳を支配する。
触れたい。抱きしめたい。
たとえそれが、破滅に繋がる道だとしても。
衝動は止められず、恋太は女性を抱きしめていた。
マナーもルールも意識から外されていた。ぐつぐつと煮立つ欲望から行動をおこしていた。
慈しみからではなく、純粋な欲望からだった。
「あっ……ンッ」
女性から吐息が漏れる。艶めかしく、どこか満足気なニュアンス。更に欲望は渦巻くように巡っている。
ドキドキ。
「……いいのか?」
どうしてかはわからない。
素性どころか、名前すらわからない女性に対して言う言葉ではない。そんなことはわかっていた。
でも、このまま奪ってしまいたい。もう下の方は限界だ。ケモノとして生きたいという本能が、主張するように張りつめている。
女性は全てを許すように笑みを浮かべた。
「いいデスヨ」
恋太の住むアパートで、
月さえも嫉妬するほどの、熱く激しい夜だった。
恋太は二の腕にもたれる女性を見ながら考えていた。
(俺はもしかしたら、この子と出会うために生まれてきたのかもしれない)
女性はみじろぎ、
なぜだろう。ただ目が合っただけなのに、コントロールを奪われているように釘付けにされた。
「名前はなんデスカ?」
訊かれたことに苦笑が漏れた。
あれだけお互いを探りあったのに、まだ名前も知らないなんておかしな話だと思った。
「花平恋太。しがない会社員だよ。君は?」
女性は笑顔を向けた。
魅了の魔法を乗せたような、あまりにも悪魔染みた笑顔を。
「アイリス、デスヨ。
ダーリン」
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