霧の都の少女探偵 ―謎の手紙と切り裂き魔の影―

黒田乃蒼

第0話 XXX事件

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 赤。


紅、赫、朱、緋――呼び方は何でもいい。

とにかく、赤だ。


 べたりと粘度の高い赤色が、白い大理石の床を濡らしている。

赤と白の激しいコントラストが目に痛く、――は床に転がる女に目を移した。


 女の目は見開かれ、宙を向いたまま微動だにしない。

長いブロンドの髪は床に広がり、血溜まりの中に沈んでいる。

先程まで忙しなく言葉を発していた口は動きを止め、だらしなく開いたそこから舌が垂れ下がっている。


 口に限らず、彼女の体の全てが、細胞の一つ残らず機能を停止していた。

ただ、赤い血液だけがじわじわと、意志を持った生き物のように床を這い、その面積を広げていく。


 そうか、これだったのか、と――は思う。


 まるで全身に心臓があるかのように、ドクドクと熱い血液が皮膚の下を巡る。

脳髄の奥がけたたましく警告を鳴らしている。


 これ以上はやめろ、これ以上“思考を進めるな”、と。


 それが自身の最後の理性であることは、薄々気づいていた。


 振り返ってみて、もしターニングポイントがあったとしたら、ここだったのだろう。

この時踏みとどまれたら、全ては起こらなかったのかもしれない。


 では、もし自分がこの時に戻れたとしたら、違う道を選べただろうか。


 ――は考える。


 否。


考えるまでもない。


例えどの地点に戻ろうとも、自分は同じ決断をしたであろう。

ここで踏みとどまれるような人間であれば、あの凄惨な事件の数々を起こすことなど、有り得なかったのだ。


 赤が、床に広がっていく。

視界が、赤に染まる。


 醜い皮膚の下から流れ落ちる赤は、ただ、自由で、自由で、自由で――


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