第8話純真なる優しさ

「はあはあっ、幸人。俺、もう我慢出来ねーよ・・・!!!」


「・・・あのさ、龍助。真面目に止めてくんない?本気で怖いんだけど、マジで」


 上半身裸の格好で、自分を見て鼻息を荒くする親友に対して幸人は心の底から怖気おぞけが走った、頭では“大丈夫だ”と解ってはいても、肉体や心が感じるこの言いようの無い恐怖とおぞましさは一体、なんなのであろうか。


「お前さ、本当に止めてくれよな?特に早苗の前でそう言う態度とか取られると、真面目にとんでもない事になるからね?本気で取り返しの付かない事になるから!!!」


「解った、解ったから。幸人、早くしてくれっ。俺、もう耐えられないよっ!!!」


 自室の居間の中央部分に布団を敷いてその上に寝そべり、更にはクーラーをガンガンに効かせつつ龍助が身悶えるが、そんな親友の姿に呆れつつも作務衣さむえに着替えて来た幸人は早速、彼に“波動整体”を施し始める。


 この“波動整体”は太古の昔に彼の先祖が水神である“タカオカミノカミ”並びに“クラオカミノカミ”の二柱の神々から習ったモノで、別名を“筋骨操体流術”とも言ったがこれがまた抜群に気持ち良く、現に1度試しただけなのにも関わらず、龍助と鉄平はすっかりヤミツキになってしまい、疲れている時は競って幸人に施術を強請ねだるようになっていたのだ。


 ちなみに。


 この二人は幸人とは小学校からの付き合いであり、大の仲良しグループであった、彼が早苗と共に“東京に行く”と告げた際に“じゃあ俺達も恋人を連れて一緒に行ってやるよ”と言いだして今に至る、と言う訳だったのだ。


「・・・っくあぁぁっ!!?気っ持ち良いよなぁっ。天国だよ、本当にっっっ♪♪♪♪♪」


「・・・・・」


(ったくもう。いい気なもんだよ、本当に・・・!!!)


 大満足な親友を尻目に幸人が内心で毒づくが、この“操体流術”にはヨガや気功のように時間を掛けても自分でやる“体幹矯正方式”の他に、即効性も高くて体の芯から効き目のある“整体マッサージ方式”が存在していて今、龍助が幸人にやってもらっているのは後者であった。


 これは普通の整体とは異なっており、ただ単に筋骨の凝りを解して体幹を矯正するのみならず、“風門”を始めとする“気の通り道”や体内の“ツボ”に掌や指先から“高次元波動”を注入させて調子を整え、生命力をアップさせる事を目的としており、場合によってはそこに更に“純念”を送り込む事で精神的な健康すらをも立て直させて気力を増幅させる効能もあった。


「ぐぅわっ!!?そ、そこは・・・っ。がはぁっ、はあはあ・・・っ♪♪♪♪♪」


「一々喘ぐなって・・・。ほら、終わったぞ!!?」


 一通り、施術を完了させた幸人は龍助の背を“パァンッ!!!”と叩く。


「ぐぉあっ!!?」


「気合いが入ったか?ったくもう、早苗が帰って来る前に終わらせておいて良かったよ。本当に・・・!!!」


 そう言うと幸人はいそいそと自分の部屋へと帰り支度を始めた、ちなみにくだんの早苗は今現在、隣町の“ひばりが丘”まですみれや渚と言った女子連中と共にちょっとした買い物に出掛けていたのだ。


「いやぁ~、悪いな幸人。毎度毎度さ?だけど俺、お前にマッサージしてもらうようになってから体の調子が良いんだ。メチャクチャ快調快便でさ?ついでに言えば快眠だな!!!」


「・・・・・っ。ああ、そうかい。良かったな!!!」


(ったくもう、他人様を散々働かせおいて・・・!!!)


 “気を練るのだって大変なんだぞ?”、“この位自分でやってくれよな・・・!!!”等と胸の内で愚痴ぐちりながらも、しかし幸人は同時に“これは仕方が無い事なんだ”とも思っていた。


(龍助や鉄平には、俺のように高次元の波動法力を大量かつ自在に生成させて操れる力はまだ無いんだ。だったら今は俺が世話してやらなきゃ・・・!!!)


 “それに二人とも疲れているのはよく解る”、“多分隠れて特訓でもやっているんだろうな・・・”等とまだ若いみぎりにも関わらず、色々と苦労をしてきた幸人にはそれなりに“気遣いの能力”が醸成されており、この場合でもそれは遺憾なく発揮されて、親友に対する密かな気配りを見せた。


(取り敢えず、だ。まずは施術が無事に終わって良かった、龍助は元気になったし・・・。それに早苗にも見付からずに済んだ、あの子の事だから僕が友人達にこんな事をやらされている、等と知ったら滅茶苦茶怒るだろうし。第一それ以上に傷付くんだろうな、そんな事はしたくない・・・)


 “あの子を泣かせたくはない”と、幸人は心の中で切に願うが本当は幸人は早苗を戦いの渦中になど、間違っても放り込みたくはなかった、あの子にはいつも平和と安寧の光りの中にいて、優しく笑っていて欲しかったのだ、出来る事なら傷一つ付けさせたくは無かったのである。


 だけど。


(自分が甘ちゃんだって事は解ってる。戦いの日々を宿命付けられた家系に生まれたんだから、切った張ったの世界で暮らすのはどうしたって仕方が無い。だけどそれでも、どうしても・・・!!!)


 早苗の事だけは諦められないし割り切れない、あの子が傷付き苦しむのはどうにも我慢が出来ないし、どうしたって見たくもなかった、だから。


 “祈る”と言う事を学んでからと言うもの、例えどれだけ忙しかろうと、また草臥れ果てていようと幸人は密かに、毎日のように天上の神々に祈りを捧げて来たのである、“早苗が自分の夫となる存在以外の何者にも打ち負けなければ、決してその身が汚される事もありませんように”と。


 “あの子が常に平和と安寧の光りの中で微笑み続けていられますように”と。


 この二つの内、前半は幸人と早苗の二人が心の底からこいねがっていた事柄であり、後半は主に幸人が望んでいた願いだったのだが、神々はそれをちゃんと叶えてくれたらしく、最初の内は1時間前後は掛かっていた祈りも今では15分程度で済ませられるようになっていた、神々に意識を集中させると“もう大丈夫だから”と言う圧が跳ね返って来るようになっていたのだ。


 そうだ、幸人は“どうすれば祈りが神々にまで届くのか”と言う事を知っており、そして尚且つ“この世で何が一番大切なのか”と言う事もおよそ理解していた、理解していてそれをその通りに実践した、即ち“誠意を尽くした”のである。


 人には誰にでも“神に通じる力”である“神通力”が備わっており、それは誠意を尽くし切る事で初めてこの世に顕現させる事が出来るのだが、幸人はそれを“実家での修行”の合間に体得して以降、ずっと早苗の為に、早苗の為だけに活かし続けて来たのであった。


(例え自分は死んでも良い。だけど早苗はこんな俺に愛を教えてくれた人なんだ、せめてあの子に恩を返したい・・・!!!)


 最初の頃はそれが幸人の偽らざる本心であり、本音であったがこの後も更に鍛錬や祈祷を続けて行く中で、遂には彼はそれすらも置き去りにして本当にただただ早苗の身の安全と幸せだけを一心に願うようになっていったのであるモノの本来、それは誰にも言ってはいけない事であり、墓の下まで持って行かねばならない密事であった。


 “願い事は決して他人に漏らしてはいけない”、“例えそれが対象者当人であったとしても”。


 これが神々との間に日下部家の先人達が交わした約定やくじょうであったが幸人は敢えて“それ”をした、要はそれだけ早苗の事を大切に、かつ愛しく思っていた、と言う事に他ならなかったのであるモノの、それは言うならば誰にも知られず、気付かれもせず、また評価される事も無い“秘めたる優しさ”そのものであった。


 “早苗の事が愛しくて堪らない、どうにも自分を抑えられない”、“なんでだとかどうしてだとか、そんな事は関係ない。理屈じゃ無いんだこの気持ちは!!!”、“こんな自分に愛を教えてくれた人を、なんとしてでも守りたい”。


 それのみが幸人をして奮い立たせ、どんなに疲れていようとも、またどんなに大変な時期であっても毎日のように1時間ずつの懸命な祈りを捧げる原動力となっていたのだが、それはまさに見返りを全く求めない、この地球上で最も純化された愛情の形であったのだ。

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