第2話初恋との邂逅
「爺さん、心配していたんだぞ?お前の事を大層可愛がっていたもんなぁ・・・」
「本当だよ?突然出て行ったきりでたまにしか連絡も寄越さないし、翔弥の時にも帰って来なかったし・・・。今回もお葬式に出なかったらどうしようかって話してたんだよ?」
優弥が実に7年振りに実家に帰ると、そこでは既にお通夜を終えた親族達が待っており、口々に優弥に言葉を掛けて来た。
優弥の父、泰三と母、真奈美は続々とやって来る弔問客の対応に大わらわとなっており、両親達とはほんの二言三言しか口を利けなかったのである。
「お祖父ちゃん、優弥ちゃんの事を大切にしていたのに。突然出て行っちゃうんだもん、本当に大変だったんだからね?」
「ずっとお前の事を気に掛けていたんだぜ?それなのにお前、全然帰省もしないでさ。今まで何処で何をやっていたんだよ!!!」
従姉妹達からも鋭いヤジが飛んでくるが、しかし優弥は揺るがない。
確かに祖父には悪い事をしたとは思う、享年76歳でありこんなに早くに亡くなるのだと知っていたならもっともっと関わりを持つべきだったと今になって反省と後悔が、胸の内に湧き上がって来た。
「おい優弥、ちょっとトイレに行きたいから受け付けを変わってくれないか・・・?」
親族達から厳しい目を向けられつつも優弥が祖父の祭壇の前で手を合わせていると、後ろから父に呼ばれて頼み事をされたために“解った”と了承する。
弔問客はかなりの数に及び、祖父の人徳が偲ばれたが、そんな事を考えながらも優弥が母である真奈美と共に受け付けをこなしているとー。
「・・・優、ちゃん?」
「・・・・・?」
何処か聞き覚えのある、透き通ったソプラノボイスが耳に響いてきて、一人の女性が記帳する手を止めた。
優弥が見上げると、そこには一人のうら若き女性が立っていた、身長は155cm前後の痩せ型であり優弥よりは20cm程低い。
良く整えられた愛らしい顔に清楚な雰囲気と佇まい、それで一発で解った、可奈だ。
「・・・か、可奈か?」
「う、うん。そうだよ?久し振りだね、優ちゃん・・・」
名前を呼ばれた可奈は少し恥ずかしそうに、それでいて照れ臭そうにモジモジとしながら視線を泳がせつつも応えた。
「・・・そうか。凄くキレイになったね、見違えたよ」
思わぬ所で初恋の女の子に再会する事が出来た優弥は、そのあまりに美しく成長した可奈の姿にビックリしてしまうが、それを聞いた可奈は喪服のままで嬉しそうに微笑むと、“優ちゃんも凄く逞しくなったんだね”、“格好良いいよ?”と応じてくれた。
実際に優弥は逞しくなっていた、地元から逃げ出した後は、彼はまるで兄と可奈の事を忘れようとするかのように学業の傍ら陸上部に入り、次いで“トライアスロン”にも手を出した、そうやって自分に暇な時間を過ごさせまいとし、運動と勉学、そして交遊に没頭して行ったのである。
・・・結局、それでも可奈を忘れる事は出来なかったのだが。
だけどその甲斐あって今の彼は子供の頃からは考えられない程に筋肉質で精力的で、非常に好青年な爽やか系男子と化していたのだ。
「ビックリしちゃったよ?だっていきなり東京の高校に行っちゃうんだもん、どうして黙って出て行ったの・・・?」
「・・・まあ自分を見つめ直したかったんだよね、色々と」
まさか“兄とキスしている可奈を見たからいたたまれなくなった”等とは言えずに何とかそう誤魔化して答えたが、可奈の方はそれを聞いてちょっとだけ怪訝そうな面持ちとなった。
「ふ~ん、そうなんだ・・・」
「・・・・・」
そう言った後で沈黙し、少しの間は何事かを考えていた可奈だったがやがて優弥を見ながら言った。
「ねえ優ちゃん。後でちょっと話さない?言いたいことがいっぱいあるんだ、それに連絡先も教えて欲しいし!!!」
「・・・まあ今日はちょっと難しいかな?祖父ちゃんの火葬が終わってからは、みんなで集まって飲むし。まあだけど、その時だったらちょっと位は話せるかも知れないね」
「その時で良いから、ちょっとお話しようね。絶対だよ!!?」
何か余程言いたい事があるのだろう、可奈は凄い気迫でそれだけ言うと、葬儀会場の中へと入っていった。
その後ろ姿を優弥が見送っているとー。
「いやぁ、すまんな優弥。ちょっと遅くなってしまった・・・!!!」
「・・・いや、まあ良いんだけどさ?また何かあったら言ってくれよな、手伝い位は出来るから」
泰三がトイレから帰って来て優弥は再びフリーになったのだが、その後は特に滞りなく葬儀は進行して行き、無事に火葬も終えて親族達全員で会食をする運びとなった。
その席上。
「父さん、ちょっとごめん。電話をして来る・・・」
そう言って優弥は親族達が会食している三階の大部屋から、葬儀屋の受付窓口のある一階へと降りて行くと、果たしてそこには可奈の姿があった。
「こっち・・・」
可奈はそう言って優弥を外へと連れ出すと、“ちょっと歩かない?”と誘い、半強制的に彼を散歩に同行させる。
田舎の冠婚葬祭と言うのは万事に大掛かりで長く続くのが決まりであり、現にその日の会食も午後二時から始まって夕方の六時まで掛かるようになっていたのだ。
「ねえ優ちゃん・・・」
「なんだよ、可奈・・・」
「もしかして私と翔くんの事、知ってたの?」
いきなり単刀直入に核心を突かれて優弥はしかし、殆ど動じる事無く“うん、知ってた”と即答した、別に今更隠すような事では無いし、意地を張る必要も無かったのである。
「・・・・・。そっか、じゃあさ。東京に行ったのもそれが原因?」
「・・・うん、まあね。なんか二人が付き合っているのを知ったらさ、色々と居辛くなっちゃったんだ」
「・・・・・」
“そっか”とだけ可奈は答えたが、少し経ってからまた口を開いた。
「ねえ優ちゃん。いま好きな人って、いるの?」
「・・・居るよ?」
その答えにも躊躇いなく、そして何の悪意も無く優弥は応じた。
「・・・もしかして、東京の子?」
「ううん、違うよ?」
「・・・・・。じゃあ誰?」
「可奈の事が好きだ」
優弥は純粋な気持ちでそう答えたが別に彼は“兄が居なくなったからもう良いだろう”とか“今だったらもしかして・・・”等と思って言ったのでは無い、彼は本当に可奈の事が大好きだった、今でも誰よりも何よりも大好きだった。
でも良く考えたなら自分はまだ可奈に告白すらしていない事が思い出された為に、“せめて思いを伝える位は良いだろう”と心に決めて、それを敢えて口にしたのだ。
すると。
「・・・・・っ。嬉しい」
可奈は少し逡巡した後でそう答えたが、それきり何も言わなくなった、ただただ優弥を何処かに連れて行こうとするかのように、少し前を歩き続けた。
「ねえ、優ちゃん・・・」
「・・・・・?」
「優ちゃんて、もしかしてまだ童貞なの?セックスってしてるのかな・・・」
そんな質問が唐突に可奈の口から飛び出して来て、流石に面食らってしまったがしかし、優弥はそれでも落ち着いていた。
あの清楚で純真なハズの可奈からこんな質問が飛び出して来る事自体が驚きだったがすぐに優弥は直感した、“可奈はもう既にセックスを知っているのだ”と、“何も知らない女の子では無いのだ”と。
そうで無ければ“セックス”だとか“童貞”と言う言葉が飛び出して来る事はまず無いだろうと後から理解が追い付いて来るが、恐らく兄に仕込まれたのだとこの時に気が付いた。
「ねえ優ちゃん、正直に答えて?女の子と付き合った事って、ある・・・?」
「・・・あるよ?」
優弥はここでも正直に即答した、別にそれを言って困る事など彼には何も無かったが問い質した可奈は意外そうな顔付きとなる。
「・・・そ、そうなんだ。もしかして今もいるの?って言うか、なんで?さっき“私が好きだ”って言ったじゃない!!!」
「・・・・・」
“忘れようと思った”と優弥は答えた、“最初はね?兄さんと可奈の事を忘れてしまえば良いと思ったんだ”と。
「実は俺さ、可奈と兄さんがキスをしているのをみちゃったんだよね。当時はそれが凄く辛くて悲しくてさ?だから何とかそれを忘れて乗り越えて、これから先は頑張って行くんだって・・・」
「・・・サイテーだよ?優ちゃん」
「・・・うん、そうだね。俺もそう思う」
自分達の逢瀬を盗み見されていたと知った、可奈の口調が鋭くなるがそれをやんわりと受け流しつつも優弥は続けた。
「何とか可奈の事を忘れようと思って、地元を出て。本当に逃げるように勉強や部活に打ち込んだよ、いま思えば良く出来たと思うよ?マジで必死だったんだな。でさ、そんな事を繰り返している内に何人かの彼女が出来てさ?その・・・。セックスもしたよ」
「・・・・・。何人位の人と付き合ったの?」
「3人かな。ちなみに全員とセックスしたよ?その内の一人は処女の子でさ、あの時は凄い難しかったけれど。だけどそれでも嬉しかったな・・・」
「・・・それで、あの。どうして別れちゃったの?もし良かったら教えてよ」
「・・・可奈が忘れられなかった」
いささか申し訳無さそうにしながらも、それでもグイグイ来る幼馴染に優弥は落ち着いた口調で話し続けた。
「あの子達とお喋りをしている時も、何処かに遊びに行った時も。セックスをしている時さえも、可奈の事が忘れられなくてさ?それでやっと気付いたんだ、“俺はこんなにも可奈の事が好きだったんだな”って。それで・・・」
「・・・そっか」
それを聞いた可奈は少しの間は何事かを考え込んでいたけれど、やがて顔を上げて“こっち!!!”と彼を明確に何処かへと連れて行こうとする。
だがしかし。
「・・・可奈。もうそろそろ戻らないとみんなが心配するから、もう良いだろ?」
「じゃあLINEを交換しようよ。それかもしくは連絡先だけ教えて、後でメッセージを送るから・・・」
そう言われて優弥はLINEを交換した挙げ句、スマートフォンの電話番号とメールアドレスも可奈に伝えた。
すると。
「ねえ優ちゃん。いつまでこっちに居るの・・・?」
「んん?祖父ちゃんの葬式が済んだらすぐに帰るよ。4月から早稲田の大学院に通うから、その準備をしなくちゃならないんだ」
「・・・・・っ。す、凄いね。早稲田に入ったんだ!!!」
その話を聞いた可奈は思わず目を丸くするモノの、しかしすぐに優弥にしがみ付いて懇願して来た。
「ねえ優ちゃん、お願い。あとせめて2、3日はこっちにいて欲しいんだけど。久し振りにもっとゆっくり話しがしたいし、良いでしょ!!?」
「・・・まあ別に?特に予定は無いから、良いけどさ」
優弥の言葉を聞いた可奈はホッとしたような表情を浮かべて“良かった”と呟いた、そして。
「後でLINEするからね?バイバイ!!!」
と言うと笑顔で自宅への道を歩いて行った。
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