第19話 男同士の約束より妹が大事

ダニエルはジャックの不倫現場に踏み込んだことを熱のこもった真剣な面持ちで語った。その後しばらくの間、部屋の中は重苦しい沈黙が流れた。


「――お兄さん秘密にしてくれるってあの時、約束してくれたじゃないですか」


静寂を破ったのは当事者のジャックだった。悲しそうなげっそりした様子でダニエルに苦情を言う。ジャックはダニエルに妻や両親には絶対に内緒にしておいてくださいねと、すがるような目で見つめて手を合わせて全身全霊をこめて頭を下げた。


わかった。ダニエルが神妙に答えると、ジャックは目を潤ませてダニエルの厚意に感謝する。夫は涙が出るほど心が震えた。妻に内緒にしてくれて本心からありがとうございますと、夫は義兄の恩義に報いる為に命ある限りを誓った。それなのにどうしてみんなの前で言うの?


「人として約束を守るのは最低限の常識だが、お前のようなクズとの約束は守る必要はない!」

「そんな……お兄さんひどい……」


ダニエルは元からジャックとの約束を守るつもりは更々ない。ダニエルの中で妹が一番大事なので、ソフィアを裏切ったジャックをとうてい許せるものではなかった。


へたりと床に腰を下ろしているジャックは、なんだか泣きそうな顔で見上げて、ダニエルにひどく理不尽な仕打ちだと不満を漏らし情けない顔をしていた。


「妹を傷つけておいてそんな約束誰が守るか。それに私に秘密を握られてるくせに最初のはなんだ」

「あれはですよ。いつもとお兄さんへの態度が違ったら怪しいと思われるから」


ダニエルのほうにも言い分があると主張する。話し合いの冒頭に二人は激しい言い争いになった。重大な秘密を知っている自分に対して、ずいぶん噛みついて暴言を吐いてくるじゃないかとイラッとくる。


弱みを握っているのに相当露骨に反抗的な態度を見せるジャックに、お前の恥ずかしい秘密を今すぐ言ってやろうか? とダニエルは瞳が怒りに燃えていた。


ジャックは慌てて演技にすぎないと主張した。ジャックはダニエルの事を妹離れできない兄貴だと、見下すような態度をとることが多い。なので双方の家族が集まる話し合いの場で、日頃からの義兄に対しての態度を変えれば妻も両親も何かと疑問を抱くかもしれないと思いそのように応じたという。


「二人ともふざけた言い合いはやめて。あなた今の話は本当なの?」

「……」

「なに黙ってるんだよ。妹が聞いてるだろ! お前がそういう態度なら『証人』に話してもらうぞ?」


兄と夫の会話に耐えかねてソフィアが口を挟んだ。だが夫は顔色が非常に悪くなって黙り込む。息を止めたように無言になり、何も話さないのでダニエルが注意するように言った。


「まさか……相手の子を呼んでいるのか?」

「彼女は喜んで協力してくれたよ。それにお前と不倫してたことを妹に謝りたいと言っていた。だから私が呼んでこの場に来てもらった」


ダニエルの言葉にジャックは思わずハッと目を開いた。僕の女王様が来てくれたのか? 秘密のマゾクラブのメンバーだったジャックは幸福に満ちた顔に変わっていた。

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