第37話どうか彼の帰る場所が安寧でありますように≪刹那視点≫

≪刹那視点≫

「お、刹那。おかえり。ありがとな、飲み物まで買ってきてくれて。……って、どうした? なんか顔、暗くないか?」


 訓練場に戻ると、光希さんはすでに休憩を終え、結界の練習に打ち込んでいた。うまくいかないらしく、苛立ちを紛らわすように頭をガシガシとかいている。

 

 しかし、そこには退院する時に見せたような『絶望』は存在しない。絶対に自分のものにして見せると言う強固な『決意』を宿している。


 「別に、何でもありませんよ。それよりも結界の練習はいかがですか?」


 ――どうか、彼が今僕の考えていることが分かりませんように。

 

 何でもないように、声をかける。うまく喋れているのだろうか。緊張のあまり早鐘のように打つ心臓の音が、彼に聞こえてしまっていないだろうか。不安になる気持ちを抑えながらいつも通りの自分を装う。


 「……それならいいけど。だいぶ薄く張れるようにはなったんだけど、見えないくらいになるとやっぱ難しいな。」


 本当に彼のこういう優しさにはいつも救われる。気づいていたとしても気づかないふりをして、そっとする。それはなかなか難しいことなのだ。


 「う~ん、そうですねぇ……霊力の“にごり”と言えばいいでしょうか。必要のない成分が混じって、それが色となって発現しているんです。」

 「霊力の”にごり”?それってどういう意味だ?」


 彼の周りにある結界のかけらを拾う。それらはガラスのようにキラキラと輝いていて幻想的だ。そして、光に透かすと薄っすらと色が現れる。


 「この”にごり”はいわゆる霊力が微細に物質へと変換されてしまっているものです。こちらの破片を見てください。何色に見えますか?」

 「水色……ああ、本当だ。どれも同じ色だな。」


 この破片たちの中で一番出来立てだと思われるものを手に取る。これは見る角度によっては透明だと思えるほどの精度だ。持ったら割れそうなぐらいの薄さも持っている。


 「もしかしたら、光希さんは『色』を消すのは不可能なのかもしれません。」


 首をかしげる彼の顔をまじまじと覗き込む。僕の突然の奇行とも取れる行動に、海のような青き瞳は戸惑いを隠せないようだ。


 「刹那、どうしたんだ?ちょ、ちょっと、この体勢、恥ずかしい。」

 

 恐らく、この青い瞳は、せせらぎさんの加護の影響だろう。彼女の力には霊力を『水』に変換する性質がある。まるで、その権能の一部が、彼に宿っているかのように。


 故に、できない。無意識のうちに刷り込まれた技術を下手に消してしまうのはかえって危険だ。


 「これなら十分実戦に耐えられます。あとは、同じ質の結界を何度も張れるように意識していきましょう。」


 正直、霊術の再現性を高めることに関しては心配していない。彼の性質上、一度できたことを再現することにかなりこだわっている節があるからだ。だから、このまま放っておいてもできるようになっていてもおかしくない。


 問題は、彼の体を動かす遅さと判断の遅さがこれに足を引っ張ってしまうこと。それを自覚させなければ今日教えたことを上手く扱うことはできない。どうにか、彼に自覚させなければ……。


 「さて、今から近接戦闘を実践してみましょうか。いいです、僕もあなたも武器を使いません。ただし霊術の使用は可です。今日教えたことを存分に発揮してください。」


 とりあえず、頭を狙って蹴りを入れる。予想通り僕の動きを見切られ上手く躱されるが、すぐさま次の動きに移る。近接戦闘では少しの判断の遅さが命取りになる。


 「いいですね!今日訓練した内容が実践できています。でも、これはどうでしょうか」

 

 あえてわかりやすく大ぶりの拳を振るい、腹部を狙って打ち込む。彼はしっかりと結界で受け止めた。


 しかし、その時にわずかな隙が発生したのを見逃さない。彼にとどめを刺す勢いで攻撃を入れていく。


 「っ、く……今の、防げな……いった、顎……っ!」


 僕の最後の一撃が見事なまでにきれいに顎に決まったらしく、そのまま体勢が大きく崩れてしまう。


 「少し強くやりすぎてしまいましたねぇ。大丈夫ですか?」

 「…………大丈夫だ。それで、さっきの戦闘にはどんな意図があったんだ?」


 ――そんな涙目になりながら言われても説得力はない。

 

 そんな言葉を飲み込んで、彼に手を差し伸べる。立ち上がる姿を見る限り、体幹のブレが減っているように感じる。これだけでも十分な成果だ。

 

 「光希君、あなた戦闘をする際に自分がどんな癖を持っているのかをご存知ですか?」

 「それって……さっき言っていた素早さが足りない、ってことか?」


 この様子だと、判断の遅さは無自覚か。となると、原因は……。


 「いいえ、違います。」

 「それなら、一体何が原因なんだ?」


 「攻撃に踏み込む、その直前にほんのわずかな迷いがある。それが動きの遅れの原因です。これは遠距離攻撃を行使し続けた結果できた癖なのでしょう。」


 せせらぎさんと共に戦う以外の光希さんの戦い方は狩人のようなものだ。獣のように獲物を見つけたらすぐに狩るのではない。獲物が自分の借りやすいところに来るまで、慎重に待ち続ける。


 そして、敵が大きな隙を見せたら一撃で仕留める。


 「最高のタイミングを狙いすぎるのではなく、“今ならいける”という瞬間に攻撃を仕掛ける。まずは、そこを意識してみてください。」

 「確かに、僕は敵を一撃で倒すのにこだわりすぎていたのかもしれない。」


 攻撃が相手に上手くダメージを当てられなかくてもいい。大切なのは相手の動きを上手く崩すこと。騙し手かもしれないがそれで充分だ。


 「刹那、今日は本当にありがとう。また行き詰ったら相談する。」

 「えぇ、もちろん。是非ともそうしてください。訓練以外のことでも頼っていいんですからね。」

 

 課題が分かれば、それを解決するために動くことができる。ひとまず、光希君の課題には目処が立った――そう言っていいだろう。


 「はぁ、今日はなかなか濃い一日でした。」


 光希君が寮に帰るのを横目に近くのベンチに座り込む。戦闘訓練による単純な肉体の疲労はまだいい。涼介さんと接することで発生した精神的疲労がより疲れを助長させる。


 気づけばもう夕暮れ時だ。日は沈みかけてもなお強い光を放っている。

 

 「明日、大隊長に相談しておきましょうか。涼介さんを止められるのは彼女ぐらいしかいませんし。」


 この調子なら光希君は本格的に戦闘に復帰するだろう。それは本人の希望していることでもあり、学生大隊の他の仲間も待っている。大隊長は忙しさゆえに会話ができないことを嘆いていたことを思い出す。


 しかし、今日の涼介さんの様子を見ている限り妨害してくるに違いない。何かに取り憑かれたように行動している彼は何をしでかすか分からない。


『やめろ、あいつのいるべき場所はそこじゃない。』


 彼と話していた時、何かを恐れているようだった。それは恐らく、光希君が不必要に傷つくことだろう。だから、光希君を戦場から引き離そうとしている。

 

 「それにしても、励ましのつもりでも『お前がいなくてもどうにかなる』って言うのはいけないでしょう。」


 光希君のお見舞いに行った日。あまりにも魂の抜けたような顔をしていたことから、涼介さんも何かやらかしたとは思っていたけど。ただでさえせせらぎさんの件で自己肯定感が駄々下がりなのに、とどめを刺す発言じゃないか。

 

 『今回のこれが喧嘩だというのなら、これが初めてだ。』


 喧嘩をろくにやったことがない人間が仲直りの仕方なんて分かるわけがない。それに加えて二人は方向性の異なる頑固さを持っている。どちらも自分の意見を曲げないだろう。

 

 ……せめて、彼が戦場に戻るとき、その背中を押せるのが僕であればいい。

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