第19話目覚めぬ彼と見守る俺 1≪???視点≫
≪???視点≫
冷たく無機質な色の病室に一人の男が眠りについている。
いつもこいつが見せる無駄に大人びたような顔は平時とは異なり、17という年にそぐわず酷く幼いように見えた。
健康的に引き締まった肉体には様々な管がつながっており、ありとあらゆる場所に包帯がまかれていてとても痛々しい姿だ。
こいつが病院に運び込まれ、1か月の間眠り続けている。もう、こいつの……光希のこんな痛々しい姿を見ることはないものだと思っていた。
どこか慢心していたのだろう、現実逃避をしていたのだろう。
1か月前、その日は早めの時間に学校へ行った。いつもなら、遅すぎず早すぎない時間に行くのに、その日だけはなぜだか早くいかなければならないと思った。
もしかしたら、これは何らかの予兆だったのかもしれない――今気づいたところでもう遅いが。
教室に向かうと、ほんの微かにだが話し声が聞こえた。一人は光希のものであるとことは分かるが、もう一人の声に聞き慣れないものだった。
全く聞いたことがない声ではなく、教室にいるのが珍しい人物のものだ。それでも、二人の楽しそうな様子がひしひしと伝わってくる。
俺は一息ついてから、そっと教室に入る。音に気付いたのか俺が予想していた二人はこちらに振り向いた。
「おはよう、涼介。今日はいつもよりずっと早いじゃないか。何か用事でもあったか?あれ?お前、今日は非番じゃなかったか?」
「おはようございます、涼介さん。珍しいですね。涼介さんはこの時間よりも遅い時間に教室へいらっしゃいますし、何より寝癖が付いたままですよ。急いできたのですか?」
光希が速い学校に来るのと、俺に対して少しぶっきらぼうに聞こえるような口調であいさつするのはいつも通りのことだった。けれど、その日は少しだけ違った。
「おはよう、光希。お前いつも学校に来るの早いよな。俺が早く来たのには特に理由なんかねぇよ。……それよりも、せせらぎさんがいることの方が気になるわ。」
俺が彼らの方を向くと、「それの何がおかしい」とでも言いたげな視線をこちらに寄こす。二人は依然として、友人にしては距離が近く、恋人にしては距離が遠いというような絶妙な距離感を保ちながら会話を続けている。
せせらぎ――光希と契約した『自称・弱い水神』は少女というには余りにも大人びていて、女性というには余りにも幼い、それがあまりにも歪に感じた。そういうところを見るとやはり彼女は人ではないのだと痛感する。
そして、なんといっても彼女はとても泣き虫だ。俺が彼女を見かけるときは大体泣いていた。ある時はこけた拍子で痛みから泣き、またある時は「無理です。無理です。私には無理です。」と泣きながら、敵前逃亡しようとすることもある。
まぁ、そんなときは光希がずっと慰めている。だからこそ、今日の彼女の非常に落ち着いた様子は嵐の前触れのように感じた。
「今日、調査があるからな。ほら、大災害が起きてから摘発された施設の。」
『そういえば、何日か前に呼び出されていたが、このことだったか。』と思い出しながら、ふと彼女を見て見ると、ほんの一瞬……ほんの一瞬だけど顔をしかめているように見えた。
初めてだった。彼女は基本的に穏やかな笑顔でニコニコしているか、自己嫌悪に陥って泣き顔になることがほとんどだった。
だからこそ……何かに怒りを抱いているような、焦っているような様子が不自然に感じた。
それから、光希とたわいもない会話を続けた。その間も彼女は何か考え込んでいるようだったが、彼女がこちらを何かを覚悟したような目で見つめていた。
しばらくして、光希が調査のことだろうか、先生に呼び出されると教室を出ていった。しかし、せせらぎは教室に残ったままで、こちらに何か言いたげな視線を寄こしていた。
「ん?あんたは光希に着いていかなくてもいいのか?」
「えぇ、……まぁ、光希君なら大丈夫ですよ。
いつもと同じようなことを言っているように聞こえるが、何かが違うように感じた。いつもなら、肩をすぼめていかにも自信がなさそうなそんな様子だが、何か覚悟を決めたような物言いだ。
「なぁ、あんた何か光希に隠してねぇか?……例えば、今日の調査で行く施設についてだとか。」
「どうして……そう思うのです?」
「光希は気づいちゃいなかったみてぇだが、俺とあいつが話しているときのあんた、すげぇ挙動不審だったぜ。」
「それは……」
彼女が震える声や視線をそらそうとしている様子から恐らく俺の予測は当たっていたのだろう。本当にこういうところは二人そろってそっくりだ。
「見覚えがあったのです。ただ……どこで見たのかを覚えてないし、覚えていないのにそこはかとなく怒りを感じたのです。」
そう淡々と言いながら彼女は光希の机の上に乗っかっている資料を手に取った。調査する際、頭に入れておく必要がある情報なのだろう。彼女がこちらに見せてきたのはある男の写真が貼られた人物試料だった。
男は黒髪黒目で少しひょろっとしているどこにでもいそうな見た目をしていた。
ただ、男の顔は酷く歪んだ笑顔で、瞳は深くよどんている。写真を見ているとだんだん気持ち悪くなるぐらい禍々しい
それと同時に誰かに見られているような恐怖とともに背中に汗が伝っていった。
「なぁ、この写真何なんだよ。見ててすごく気持ち悪いんだが。普通の心霊写真でもここまで禍々しいもんは感じんぞ。」
「この写真は、今日調査に行く施設の施設長の写真です。……やはり、感じますよね。あなたにはこの男がどんな風に見えましたか?」
「男?男自体はおおよそ普通に見えたが。目がすごく気持ち悪いとは思った。……それがどうかしたのか。」
「…………私には彼が人間に見えませんでした。私には彼がクルイモノに見えたのです。」
それから、せせらぎは施設の概要を伝えてくれた。彼女は本来部外者である俺に対しても丁寧に教えてくれた。その内容は非常に不快だった。
いわく、施設では人とクルイモノを融合させ、人間から超越した存在を生み出す研究が行われていたらしい。
加えて、写真に写っている施設長は現在行方不明になっているという。
そもそも、研究施設が見つかったのは、3年前の大災害によって、施設を覆っていた結界が破壊されたことで流出したクルイモノ達が現れたことで発覚したらしい。
話している彼女の眼には、呆れ、怒り、悲しみ、悔しさが見て取れた。心なしか、いつもよりこちら側に感情を向けているように感じる。
彼女はふと外を見る。外には先生と話している光希の姿が見える。彼女はその様子を愛おしそうに見ていたかと思うとこちらにまっすぐと目を向けた。
「それで、あんたの目的はなんだ。わざわざここまで詳しく話すってことは何かあるんだろ?」
「私がいなくなってしまったら、光希君を頼みます。光希君が私の後を追わないように。私は恐らく、いえ、確実にこの男に殺された気がするのです。この写真を見てから、男の声で私を光希君から引きはがそうとするのです。だからこそ、こうしてお願いしているのです。」
「……そうか、そういうことだったのか。」
不思議と彼女が言った言葉を否定する気にはならなかった。それと同時にどこか納得できてしまったからだろう。今話を聞いていても、彼らが調査しに行く場所は普通じゃないことが安易に想像できてしまった。
あの写真だってそうだ。あの禍々しさとにじみ出る人ではない何かの気配、恐らくあれはクルイモノ以上の化け物だ。
反論しようとのどまで出かかった声が言葉にはならず、しぶしぶ言い訳をつくって飲み込むことしかできなかったのだ。
俺は彼女が光希と出会う前のことを覚えていないという話を聞いたことがあった。彼女がどこで生まれ、育ち、何があって神になったのかを誰も知らない。契約者である光希さえもだ。
だからこそ、あったことがないはずの男に見覚えがあると言ったり、その男に激情と言える感情を抱いている様子は異常に見えた。
それに、俺には男に見えたあの写真も彼女にはクルイモノに見えたというところからも男がただものではない存在なのだろう。
もしかしたら、男は自分自身さえ研究材料にしたのかもしれない。それならば男がクルイモノに見えたのも、融合が成功して人でもクルイモノでもない何かになったのだろう。
だから、人を超越した存在になった存在が神であるせせらぎに対抗できる可能性はある。
それを踏まえて彼女は俺に頼んでいるのだろう。だけど、一つ釈然としないことがあった。
「
「それは、私にも分かりません。だけど、なんとなく予感がするのです。実際どうなるのかは分かりませんが。」
なんとなくはぐらかされたような気がしたが、『まぁ、それもそうか』と思いながらその時は頷いた。
それからは、いつもと変わらない一日だった。ただ唯一おかしかったのはせせらぎの様子だ。いつもの彼女は光希を友人あるいは相棒のように接していたが、今日は別れを惜しむ母親のような視線を向けていることが多かった。
俺以外の光希の友人たちも異常をくみ取っていたようで、『あれはどういうことだ』と俺に対して聞いてくる奴がいた。それほどまでに違和感があったのだろう。心なしかみんな授業に集中できていないようだった。
調査のことを知っている奴にはあらかじめせせらぎが違和感を抱いていた旨を伝えると、彼らは急いで情報を精査していた。まぁ、それもそうだろう。
弱小とはいえ神であるせせらぎが本能的に警戒している時点でなにかよからぬものがあるはずだ。そう考えたの半分、割と無茶をする光希の心配半分で動いていた。
そして、授業が一通り終わって下校することになって、光希は調査に俺は自宅に帰る。光希はいつもどおり自分に与えられた任務に対して意欲的な様子だった。
しかし、さすがの彼もせせらぎの異常には気づいていたようで自分一人で行こうとしていたみたいだが、せせらぎはそれを拒否していた。
それだけの違いだったのだ。
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