再び交わる僕らの思い
ほっとけぇき@『レガリアス・カード』連載
1章 大切な人との別れ
第1話 水神様と僕の日常
「せせらぎ、怖いのは分かるけど、泣いていても敵は逃げていかないぞ。」
「なんでこんなに囲まれているんですか! 光希君はどうして平気なのでしょう。」
ピーピー泣きながらも、せせらぎは獣に怯える女の子の前に出た。
口では恐ろしいと言いながら、敵の眼前に立つ彼女は本当に怖がっているのだろうか。
この泣き虫のせせらぎは、僕の誇るべき相棒だ。
優しくて、穏やかで、どこかおっちょこちょいな水神様。
彼女は泣き虫で卑屈になりがちだけど、いざというときは誰よりも強い。
「分かりましたよ、光希くん。それなら私の背中をあなたに預けますね。上手く戦う自信はありませんが、頑張ります。」
「大丈夫さ、せせらぎなら。そんな卑屈になる必要はない。」
海のように青い瞳からは、とどめなく涙が流れている。
それでも、彼女は敵から目を逸らさない。
「嫌だ!」と泣き言を言っていても、決して逃げはしないのだ。
「そうですかぁ? でも、私、人を守ることはできても、自分を守れないので……私のことを守ってくださいね?」
「ヒィ!」と情けなく泣いていても、戦う準備は万全だ。
「もう、ちゃっちゃと倒して、こんな不気味なところから逃げ出しましょう。」
目の前の獣は僕らよりも遥かに大きく、無数の眼でこちらを睨みつけている。
けれど、牙が届くことはなかった。
せせらぎの周囲に、水が淡く揺らめく。――瞬く間に、獣たちを囲む水の檻が立ち上がった。
「させませんよ。そこで大人しくしていてください!」
水面が音を立てて弾ける。その隙を逃さず、僕は弓を引いた。
放たれた矢は光を裂き、獣たちは灰のように崩れ落ちる。
「た、倒せちゃいましたね。気配も私たち以外ないみたいですし、その子を連れて、さっさと
敵がいないことを確認し、せせらぎは異界――曲野に迷い込んだ女の子を抱きかかえる。
ひんやりとしたその体温が心地よいのか、眠る少女の表情は穏やかだった。
「懐かしいですね。昔のあなたのことを思い出します。」
揶揄うように言いながらも、その声には優しさが滲んでいる。
母が子を見守るような、あの穏やかなまなざしで。
「え? 昔の僕を思い出すって、例えばどんなこと?」
「そうですね。雷が怖くて眠れないって言って、一緒に寝た日のこととか。」
そんな恥ずかしいこと、まだ覚えていたのか。
顔にぶわっと熱が集まって、胸の奥がくすぐったい。
せせらぎはそんな僕を見て、また笑った。
*
「本当にありがとうございました、陰陽師さん。あなた方のおかげで娘を失わずに済みました。なにか、お礼でもさせてください。」
「お礼はいいですよ。僕、まだ学生ですし。強いて言えば、これからも元気に生活してもらえれば、それで十分です。」
少女を母親にそっと渡す。
ぐっすりと眠るその顔には、もう恐怖の影はなかった。
――もう、怖い夢は見ませんように。
「それでは、さようなら。」
少女が目を覚ます前に、僕らは母親のもとを離れた。
一般人と関わりすぎるのは、僕らにはよくない。
それに――あの優しい寝顔を見ていたら、きっとまた心が揺れてしまう。
「本当に、あれでよかったのですか?」
転移先の人気のない夜道で、せせらぎが隣に並ぶ。
同じ青の瞳で、静かに僕を見上げながら尋ねた。
「あぁ、良いんだ。変に感傷に浸りそうだったからな。今から任務があるのに、気が緩むのはよくない。」
「あなたがいいのならいいんです。ただ、ちょっと……悲しそうでしたから。」
あぁ、そんなふうに見えていたのか。
確かに、家族がいなくなって一人ぼっちだった頃の記憶が、少し疼いた。
でも――今は違う。
「大丈夫だ。だって、せせらぎがいるし、友達もいる。一人じゃないからな。」
せせらぎは目を見開き、そして花が咲くように微笑んだ。
「そうですか……それなら、うれしいです。」
並んで歩く。
たわいもない会話。柔らかい風。夜の静けさ。
――僕にとって、当たり前のように続くはずの日常。
そのときはまだ知らなかった。
この何気ない時間が、もう二度と戻らないものになるなんて。
――すでに、僕とせせらぎの「別れの時」は静かに近づいていた。
そして、それが“今日”であることを、この時の僕はまだ知らなかった。
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