黒い煙突
奈良まさや
第1話
第一章 黒い湯気
上田誠也は28歳、宅配ドライバー。
彼には誰にも言えない「目」があった。人の頭の上に、煤のような黒い湯気が立ちのぼるのが見えるのだ――それは三日以内に殺人、あるいは過失致死を犯す人間にだけ現れる。能力なのか、呪いなのかはわからない。ただ確かなのは、黒が濃くなるほど死が近いということだった。
最初にそれを見たのは中学生の頃。信号待ちのバイクの男の頭から煤煙が立ち、数分後に女性をはねた。
二度目は高校時代。通学電車で黒煙を上げるサラリーマンを見て、三日目の夕方、その男は路地で通り魔事件を起こした。
三度目は社会人になってから。缶コーヒーを飲む青年の頭に濃い煙を見て後をつけると、暴走事故で親子が犠牲になった。そして現場で、誠也は「黒い和服の男」を見てしまった。瀕死の親子に寄り添い、何事かを囁くその姿――死神だった。
誠也は悟った。自分の見ている黒い湯気は単なる幻ではない。「これから殺す者」と「迎えに来る死神」――その両方に触れる“印”なのだ。だが正体はわからない。だからこそ、誰にも言えなかった。
第二章 友人との再会
ある夜、誠也は大学時代の友人・村井翔太と居酒屋で再会した。翔太は海外旅行系YouTuberを始めたばかりで、唐揚げを頬張りながら軽やかに語った。
「マレーシアは飯もうまいし安い。……まあ、健康保険は払ってないけどな」
翔太の腕に新しい傷跡があったが、誠也は深くは聞かなかった。酒が進み、翔太は「明日からインドだ」と言い、誠也は「来月トラックを買って独立する」と笑って返した。
帰り道、ショーウィンドウに映った自分の姿に息が止まる。
頭上に――もやのような黒い湯気が立ちのぼっていた。
第三章 死神の影
「俺が……?」
言葉にならない。
自分が人を殺す? 事故を起こす?
その時、背後で低い声がした。
「ようやく気づいたか」
振り返ると、薄闇に立つ死神がこちらを見ていた。
黒い瞳が誠也を射抜く。
「黒い湯気は、運命の兆候。逃れられぬ死と殺意のサイン。お前はこれから、他人の命を奪う側に立つ」
誠也の喉は渇き、心臓は暴れ馬のように跳ねた。
誠也は震えた。だが同時に、幼いころからの経験が胸をよぎる。黒い湯気は常に「他者」の死を告げてきた。だがそれが「自分の上」に立ったことはなかった。自分が加害者になるという感覚は、底なしの恐怖を呼んだ。
心の奥で、ある考えが浮かんだ。死神は本来、殺される人の前に現れるのではないか。成仏させて魂を持って行くために。だとしたら、自分は……。
「加害者であり、被害者でもあるのか」
第四章 運命の輪
明日、中古トラックの契約がある。考えれば考えるほど、事故の光景が脳裏に浮かぶ。買ったその日に、誰かを轢き、その事故で自分も……。
ならば契約をやめればいい。運転しなければ事故は起こらない。
だが湯気は消えない。むしろ濃くなるばかりだった。
第五章 逃避行
翌朝、誠也は恋人の佐知子と箱根へ一泊旅行に出た。彼女の明るさに癒され、サイドミラーを覗くと湯気は薄くなった気がした。だが後部座席に、黒い影がちらりと映った。死神は、まだそこにいた。
第六章 温泉での不安
露天風呂で星空を見上げると、平穏が戻ったように思えた。だが部屋に戻り鏡を見れば、湯気はさらに濃い。
縁側に立つ死神が言った。
「逃げても無駄だ。明日の夕方、全てが明らかになる」
誠也は叫ぶ。「運命は変えられないのか!」
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