第8話 一撃。ぶちかましますわよ。

 ドラゴンに弾かれ、三本もの木々を突き破っていたフロリアーナは四本目に衝突する前に魔力を脚に込め、幹を蹴って自らの軌道を変えた。衝撃を殺すと同時に、膝を折って着地。そのまま体は数メートル後ろへ引き摺られる。

 フロリアーナは身体の節々に血をにじませ、ドレスは破れていた。しかしまだ動ける。


「なんて威力ですの……」


 淡く光る治癒の魔法。出血が止まり、傷口が閉じていく。完全な回復ではないがこれ以上傷が酷くならなければ問題はない。


「ああ、もう。ドレスが汚れましたわ」


 フロリアーナの目の奥には火が残っている。地を踏みしめて立ち上がる。一瞬だけ足元がぐらついたのが――笑みは消えない。


「ここまでキツいとは思ってませんでしたわね。しゃーねぇですわ……あんまり使いたくねぇですけど」


 フロリアーナにはまだ策があった。それは生まれつき持っていた特別な力。それは制限しなくては身体が耐えられない程の魔力量。

 ただ、それを開放してもなお、フロリアーナは勝てる見込みがあまりなかった。だが負ける気は微塵もない。ただ、ぶちかまして――何とかする。


「制限、解放――ぶちかましてやりますわよ」


 身体のそこからとめどなく溢れてくる魔力の大波。フロリアーナの身体を満たすばかりか、それ以上に供給していく。それ大半は殴るための腕に。後は走るための脚に。防御に回していない。爪でもなんでも、掠れば致命傷。それを考えてしまえばゾクゾクする。


 腕への魔力を圧縮、濃縮。ただ、力を溜めていく。狙いをつけられたら終わりと思っていい。視線の先、先ほどまでの交戦地でミセラがドラゴンの気を引いているのが見えた。その瞬間をフロリアーナは逃がさない。倒せる自信はなくとも確実に痛手は負わせられるという自信と、それをぶち込みに行く覚悟を持って走り出した。


「さっきはよくも、やってくれましたわね――ッ!」


 ミセラの槍がドラゴンの攻撃でひしゃげ、追撃が迫るその瞬間、フロリアーナはドラゴンの胴に拳を打ち込んだ。


「――――ォォォオ‼‼‼‼」


ドラゴンは初めて、痛みに吠えた。


「はん、こっからはわたくし達の番ですわよ。覚悟しやがりなさいな」


「守りはお任せを。私が、全て受け止めますので」


 ミセラは、手の中の槍を見つめた。柄が歪んだそれは、もう使い物にならない。ならば主が攻めに集中できるようにこの身体で守るだけだ。そう決意し、ミセラは槍を地面に落とす。


 視線の先のフロリアーナは魔力を掌に収束させながら、薄く笑っていた。


「言われずとも。あんたが盾になってくれるなら、遠慮なくぶん殴れますわ」


 そう言ってフロリアーナは、魔力の球をドラゴンの顔面に向かって投げる。鋭く直線的な軌道で頭部にぶつかり、衝撃音が山に響く。

 続けざまに二発、三発。ぐらっと体勢を崩したドラゴン。ミセラがそこに蹴りを入れる。フロリアーナ程に強くなくとも、重い一撃はドラゴンに立て直す隙を与えない。


 ふたりの動きは一分の隙もなく噛み合い、次々とドラゴンの防御を崩していく。


「空には逃がしませんわよッ!」


 ドラゴンが呻く。その巨躯が揺れ、翼が大きく広がった。

 次の瞬間には、飛び上がるだろう。このまま空を取られれば、戦局は一変する。


 その刹那、ミセラは動いた。踏み込みの音が鋭く響く。


「――っ、ミセラ! やめなさい!!」


 フロリアーナの制止に足を止めずミセラはドラゴンの真正面へと飛び出していた。飛び上がるのを阻止するために。

 それにドラゴンは反応し、翼の動作を中断、脚で払い飛ばすように叩くその一撃が、ミセラを真正面から打ち据えた。


 爆音――地鳴りのような衝撃音。


「――ッッ!」


 フロリアーナは叫ばなかった。その一瞬を見逃すことなく、即座に魔力を練り上げる。圧縮する。限界まで。破裂寸前の密度。それをドラゴンの翼の付けに向けて放った。


 ――轟音と爆裂。


 ドラゴンの翼が、ねじれた。音を立てて折れ曲がり、翼はその本分を果たせなくなった。


「馬鹿。そんなことせずとも墜としてみせましたわよ」


 フロリアーナは次の一撃を組み立てていた。その眼差しの端、吹き飛ばされたミセラの姿があった。


 ――まだ生きていますわね。


 相対するドラゴンは飛べぬ体を地に伏せ、翼を引きずりながら、頭をもたげる。その双眸にはまだ、滾る殺意と業火の色が残っていた。


 ドラゴンが口を開く。そこに宿るのは、空すら焼き払う紅蓮。


 ――来る。全てを焼き尽くす炎が。


 しかしフロリアーナは動じなかった。魔力による防壁を展開。通常ならそれで受けるなど自殺行為とも言えるが、フロリアーナは自ら命を捨てるわけではない。受けきれる。そんな自信があった。


 吐き出された炎が、それにぶつかる。


 轟音。視界が赤に染まり、空が焼ける。炎が魔力に拮抗し、とてつもない熱量が、フロリアーナの周囲を包む。


 皮膚が焦げる感触があった。熱された空気で喉が焼ける。それでも、踏みとどまる。


「やかましいですわねッ、もう負けてるんですのよ……!」


 魔力をさらに押し出す。暴風のような力が広がり、炎を押し返す。

 そして――火が尽きた。

 フロリアーナの周囲にはただ焦げた土と灰だけが残されていた。ドラゴンが動きを緩めたその瞬間を、彼女は見逃さなかった。


 魔力を収束させる。溢れ出してくる魔力だけでは足りない。無理やり引き出して拳に込める。


「くたばりやがれですわ――ッ!!!」


 ドラゴンとの距離を詰めて拳を振るう。前腕が振るわれるより先にフロリアーナの拳は胸元に直撃し、穿つ。

 断末魔の咆哮。巨体がゆっくりと、地に崩れ落ちる。地響きの中、塵が舞い上がり、辺りは静寂に包まれた。

 フロリアーナは、ひとつだけ深く息を吐いた。勝った――それだけの事実が、地面を踏む足の感触と共に、静かに広がっていった。

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