謎の宣戦布告

 久しぶりに実家に行った。土曜のお昼ごろだったのに、珍しく叔母が一人書斎で事務作業をしていた。

「おじゃましまぁす」

「あら、おかえり」

「今日は現場じゃないんだ」

季菜里きなり流風るかくんに行ってもらってる」

「へぇ。二ヶ月で弟子昇格か。すごいね、流風あいつ

彩子さえこさんって、美人だけど厳しくて有名だったから。きっと叩き込まれたんだと思う。それにしても、あの子は控えめに言って天才だわ。とっくに、括弧お試しも取れちゃった」

 叔母は、座り心地の良さげなゲーミングチェアから立ち上がって眉をしかめて膝を擦り、ゆっくりと伸びをした。そして、たっぷり作ってあった香り立つコーヒーを、二つのカップに注いだ。

「座って。わたしも休憩」

 ヨーロッパ調の刺繍カバーが掛かったソファに深く腰掛け、横のスペースを空ける。叔母の隣りはいつも、ボディクリームの良い匂いがする。

「あれからどう? また、変な目に会ってない?」

 いつもの寄せ集めお菓子に手を伸ばす叔母を見ながら、言葉に詰まる。

 赤い黒眼くろめが動いて、わたしを見た。

 わたしは、コーヒーカップを持ったまま視線を逸らした。

 だって、叔母の抱える仕事を増やしたくない。

「ない」

「あったのね」

「ない。ないない。何の実害もないし」

 やはり当主になるような人物には、それなりのオーラみたいなものがあって、これを前にすると、つい謝りたくなってしまう。

「実害ねぇ」

「ほら、飲んで飲んで」

 いささか早口になりながら、コーヒーを無理矢理持たせると、叔母はくすぶった不満を吐き出すかのように長く息をついた。

「あのね。忘れてるかもしれないけど、わたしにはあんたたちの保護者っていう肩書があるんだから。そこんとこ、分かっといてよね」

 両親が亡くなってから、彼女は自分の世話もそこそこに、わたしたち姉妹の面倒をみてくれた。

「忘れたことなんてないよ」

 だからこそ、これ以上迷惑をかけたくないというのが本音中の本音だ。叔母は、わたしの表情を見て自嘲気味に笑った。

「だめねぇ。どうしても小さい頃のあんたたちが抜けきらなくて、つい、余計に手を出したくなっちゃうのよ。もう、三人が結婚するなんてなったら、わたしどうするのかしら。あらゆる手を使って相手を調べ上げそうで怖いわ」

 笑えないブラックジョークをかました叔母は、改めてコーヒーに口をつけると、まさに子を思う母の顔でわたしを眺めた。

「でもね、余計ついでに言っちゃうと、三ツ稀は多少腹を割ることを覚える必要もあるのかなと思ってる。朝美もずっと心配してるし。相手はわたしたちじゃなくてもいいのよ。誰か、言いたいことを言える相手がいれば。そういう人がいたらね、相手のことを信用してるって意味でも、ちゃんとお腹を見せることよ」

 何と返して良いのか分からず、とうとう「ごめんね」と謝ってしまった。叔母は可笑しそうにわたしを小突いて、「ところでさ」と身を乗り出した。

「例のスナイパーの件を調べてた時に、最近の違法魔法の資料を見つけたんだけど、これが思ってた以上に件数多かったのよね」

 許可証なしで魔法を使うことを、違法魔法という。事件性がなければ、前回のわたしみたいに注意で済まされる。けど……。

「なんか、嫌な感じなのよ」

 その言い方は、耳元をザワザワさせた。

 赤い黒眼が真剣な表情を作り、その場の空気が一気に重たくなる。

「最近急増してる家出人が、軒並み違法魔法の使用歴を持つ人だったの。まるで選ばれたみたいに」

 魔法持ちの大量失踪。倫理観を持っていなければ魔法界隈なんて無法地帯だ。

「でも訓練を積まなきゃ、ある程度のレベルの技は使えないでしょう?」

「そう。いくらお粗末でも、爪楊枝を破壊力のある矢尻にするくらいの魔法はね。だから、【使手】か【見習い】っていう前提で、使手名簿を十年分くらい遡って洗ってみたの。どの家で訓練していたのか分かれば、解決の糸口が見えてくるかなぁと思って」

 いくら、なり手が減ってきているとはいえ、今、生きている現・元魔法使いの総数は、数百人をくだらない。多忙の中、そんな時間を捻出してくれた叔母には頭が下がる。

「だけど、黒な人はいなかったんだよねぇ」

 頭脳もフィジカルも、今や名実ともにトップクラスの彼女は、フームと拳に顎を乗せ、低く唸った。

「ってことはさ、わたしも、協会すら知らない魔女がはびこってるってことになるのよ」

 わたしはごくりと息を飲んだ。

 一昔前のように、統制の取れた業界じゃない。魔法界の常識は、アップデートが必要だ。

「違法に魔法の発動方法を教えて、違法に使う。それも、たくさんの人が。ここに意図的な何かがないってなったら、もう警察いらないわね。それにしても、何が目的なんだろう」

 確かに。

 だけど、わたしが何よりも恐ろしいのは、人を傷つけることを厭わない人がいるってことだ。

 あの事件が、単独犯であったことを願ってまない。

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