第5話 聖女のお迎え ひげパパの元バディのヘンリク
雪の降りしきるある日、その客人は何の前触れもなく現れた。クッカが五歳になったばかりの頃だった。
玄関の扉をノックする音が聞こえた。
ひげパパが扉を開けるとそこには白いローブの男が一人立っていた。ローブのフードや方にに積もった雪を皮の手袋を履いた手で払い、フードを脱いだ。雪と同じ色の美しい銀髪を後ろで一纏めにした美男だった。
クッカはその男のアイスブルーの瞳をエリサのスカートの陰から見つめた。男はクッカの視線に気がついたのか、クッカにニコリと微笑んだ。
「久しぶりだな、パルタ。元気にしていたか?」
「ヘンリク! わざわざ会いに来てくれたのか! 嬉しいよ! さあ、入ってくれ。歓迎する」
ひげパパはヘンリクの背中を叩きながら家の中へと招き入れた。
「ヘンリク、紹介するよ。妻のエリサに娘のクッカだ」
ヘンリクと呼ばれた男とエリサが握手をし、クッカはペコリとお辞儀した。
「はじめましてヘンリクさん。あなたの話は主人からよく聞いています。勇者時代のバディだったんですよね?」
エリサはひげパパからヘンリクの話を聞いていたらしく、ヘンリクの事を知っていた。そういえば、以前ひげパパが話して聞かせてくれた武勇伝でもヘンリクの話をしていたような気がするとクッカを朧気に思い出していた。
「はじめまして、エリサ。その通りです。私もパルタからの手紙であなたたちのことは知っていますよ」
ヘンリクはエリサとクッカに目配せした。
「あぁ、失礼しました! 立ち話もなんですから、どうぞ座ってください」
エリサは慌ててダイニングの椅子を引き、ヘンリクを座らせた。エリサがお茶の準備をするのにキッチンに行くので、クッカもエリサのスカートに掴まって付いて行く。この家に誰が来たのはこれが初めてなので、クッカはドキドキしてエリサから離れられないのだ。
「それで、今日は急にどうしたんだ? 手紙をくれれば歓迎の準備をしておいたのに」
ひげパパはヘンリクの向かい側に座った。
「急に来てすまなかったね……
実は今日は、王命でここに来てるんだ……」
ヘンリクは自身の手を触りながら、少しずつ話をした。何か言いづらいことでもあるのか、なかなか本題を話さない。
しばらく黙った後に、ヘンリクは決心したようにひげパパに用件を話し始めた。
「パルタ…… 落ち着いて聞いてくれ……
実は君の娘のクッカが聖女に選ばれた。できるだけ早く王都に連れていきたいんだ」
ひげパパはガタンと音を立てて立ち上がった。
「クッカが聖女だって!? ……いくらなんでも、早すぎるだろ」
ひげパパの大きな声にヘンリクは困ったように眉間に皺を寄せて笑った。
「『早すぎる』ってことは、いつかは選ばれるとは思ってたんだろ?」
「それは……」
ひげパパは力なく座った。テーブルにひじを突き、両の手を自身の額の前に組んだ。
「……お前に隠し事は出来ないな……
その通りだ。うちの娘は親の贔屓目抜きで見ても天才だ。いつかは聖女に選ばれるだろうとは思っていた…… だが、早すぎやしないか? まだ5歳だぞ?」
ひげパパは今にも泣きそうな悲痛な表情を浮かべている。後ろに立っていたエリサも同じ顔だった。クッカはエリサのスカートにぎゅっとしがみついた。
「そうだな。歴代最年少選出だそうだ。
王宮でも姫巫女の神託に大勢の人が驚いていたよ」
「なぁ、何とかならないのか? まだクッカと離れたくない……」
ひげパパはかつてのバディに頼み込んだが、ヘンリクは首を横に振った。
「パルタも分かってるだろ? 神託は絶対だ。この決定は覆らない。
パルタが心配するだろうと思って、私がクッカの指導役を名乗り出た。クッカのことは私が責任を持って育てるし、様子も逐一手紙で知らせる。だから、クッカを私に預けてくれないか?」
しばらくの静寂が訪れた。暖炉の火がパチパチと燃える音だけが部屋の中の唯一の音だった。
ひげパパは頭を抱えて苦心しているようだった。
「……わかったよ」
神託を覆すことは出来ないことは、かつて勇者だったひげパパが一番よく分かっていた。
ひげパパはがっくりと肩を落とし、エリサはしゃがんでクッカを抱きしめた。
クッカは自分が聖女に選ばれて、両親が自分との別れを惜しんでくれていることを理解していた。
前世の知識があるせいで、普通の子供のようには両親と接することができなかったが、クッカは両親のことを愛していた。
エリサの涙がクッカの肩に染みた。クッカはエリサの頭を小さい手で撫でた。
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