幼女聖女 〜ぷにぷにほっぺ聖女の冒険譚〜

ポムの狼

幼女聖女誕生

第1話 前世の知識を持つクッカ

 長い長い夢から覚めたような——そんな感じがした。

 夢の内容は思い出せなかったが、それでも十分に心地の良い目覚めだった。




 目が覚めて一番初めに見えたの母親の綺麗な緑の瞳だった。優しく微笑みながら私を見つめてくる。


 視界がぼやけて見にくい。白い靄がかかったようだ。そんな中で、若い男のよく通る声が聞こえた。



「あぁ、なんて可愛い女の子なんだ! ありがとう、エリサ」




——なんだ…… ぼやけて、よく見えない…… ここはどこだ?


 よく見えなかったが会話の様子から、一組の男女が私のことを食い入るように覗き込んでいることが分かった。


 一人は見るからに硬そうな栗色の髪に、もみあげから顎にかけてひげを生やした男。

 もう一人はウォームベージュ髪に優しい表情が特徴の女。私を優しく抱きかかえているようだ。



 手を伸ばしてみた。細くて小さな赤い手。指は風呂上がりのようにふやけていて、爪がやたらと長い。



——なんだか、生まれたばかりの赤子のような手じゃないか…… あれ? なんで私、こんな事知ってるんだっけ?



 考えてみたが、思い出せなかった。

 無理に思い出そうとすると頭が痛んだ。


「あなた見て、赤ちゃんが手を伸ばしてるわ」


 女が私の手を握り、優しくキスをした。



——赤ちゃん…… もしかして、私のこと……?



 段々と意識がはっきりとしてきた。


「この子は、クッカと名付けよう。それにしても可愛いなぁ。このぷにぷにのほっぺ」


 ごわごわのあごひげを生やした男の顔が近づいてきて、私のほっぺに頬ずりをする。


——痛い痛い!! ほっぺが削れる!!! 出血するぅぅ!!


「おぎゃぁ!!おぎゃあ!!ほぎゃあ!!」


「もう! あなた、クッカが泣いてしまったではないですか! あっち行ってください!」


 抱っこしてくれている女性がひげオヤジを叩いて追い払う。


——そうだ、そうだ! あっち行け、ひげオヤジ!


「そんなぁ……」


 ひげオヤジは大きな体を小さくして、がっくりと肩を落とした。








 クッカと命名された女の子には生まれた時から前世の記憶があった。正確に言えば記憶ではなく、前世の漠然とした知識のみが頭の中に残っている状態だ。火は熱い、大怪我をしたら死ぬ——等、赤子には無いはずの一般常識みたいな物がクッカには残っていた。特に魔法の使い方は鮮明に思い出すことができた。

 いったい自分が何者だったのか、性別は男だったのか、女だったのか等の記憶はごっそりと抜け落ちていたが、クッカは自分が前世では人々に恐れられる存在——だったような気がする。

 最初のうちこそ、思い出そうと必死に頭を抱えたが、その度に酷く頭が痛むのでいつしか思い出そうとすることを止めた。




 クッカが生まれたのは、森の中にある一軒家だった。父親であるひげオヤジは森の管理と木材の販売を生業としている。所謂木こりってやつだ。


 クッカは優しい両親に愛情たっぷりで育てられ、すくすくと成長した。変に知識があるせいで、動きの自由が利かない赤ん坊の時期はやや退屈なものだったが、優しい母と父に囲まれた生活はクッカの心を満たした。



 クッカは順調に成長し、三歳になった。

 クッカの性格は好奇心旺盛で天真爛漫。しかし、前世の知識があるせいかどこか大人びた言動をたまにする不思議な子供に成長していた。







「痛!」


 母親のエリサが料理中に少しだけ指を切った。三歳になり、自由に歩き回れるように成長していたクッカはエリサに駆け寄った。


「ママ、見せて」


 クッカはジャンプして、強引にエリサの手をとって傷を見た。包丁で切ってしまったのか、指先から血が出ていて、エリサは苦痛で顔を歪めている。


(軽度の切り傷。回復魔法ですぐに治りそうだ)


 クッカにはどうすればこの怪我が治るのか、容易に推測することができた。


 エリサの切り傷に魔力を込めた息を吹きかけると、エリサの傷はすぐに塞がった。傷跡すら残らず、怪我をする前の状態に戻ったのだ。


 エリサは自分の傷口が塞がるのを見て、息を飲んだ。


「えぇ!? クッカ、魔法が使えるの?」


 エリサは目を見開いてクッカを見つめる。

 隠すことでもないような気がして、クッカは静かに頷くと、エリサのグリーンの瞳が輝いた。


「すごい! こんなに幼いのに魔法が使えるだなんて、天才だわ!」


 エリサはクッカをひょいと抱きかかえて、家の外に駆け出した。


「あなた! クッカがすごいの!」


 外で木を切っていたひげオヤジにエリサは事の経緯を興奮しながら報告した。


 両親二人の話を聞いていてクッカは、どうも自分の魔法はおかしいということを理解した。

 幼いうちから使えることもおかしいし、無詠唱だったこともおかしかったようだ。


 なぜこんな事ができるのか、クッカ自身もよく分からなかったし、考えようとすると酷く頭が痛んだ。









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